01. On My Way / GIOVANCA
02. No Moon At All / Elsie Bianchi Trio
03. September / Earth Wind & Fire
04. Moon River / Nicki Parrott
05. Breezy / Wouter Hamel
06. Pink Moon / Nick Drake
07. パスポート / Emi Meyer
08. Polka Dots & Moonbeams / Connie Stevens
09. Que Sera Sera / Doris Day
10. Polka Dots And Moonbeams / 渋谷毅

「今回の選曲は「秋風篇」です」

「「秋と音楽」というテーマで連想する風景は、昼下がり、ポータブルスピーカーを携えて白いタイルのお風呂に浸かり、窓を開けると隣にはぽかんとした草地が広がっている、というものです。その景色を眺めながら音楽を聴くというシチュエーションに猛烈な憧れがあります。そのときの草地の風景は、ぜひとも林田摂子の撮る写真のようであってほしいですね。去年の12月に四谷にあるTOTEM POLE PHOTO GALLERYで観た展示「森をさがす」がとてもよかったので」

「いきなりわからない話になってますが」

「お風呂越しに草地を眺めながら音楽を聴くって、あんまり共感を呼びませんかね?」

「いや、そこまではいいんだけど」

「林田摂子がちがう?」

「ちがうというより、草地の風景の比喩として「林田摂子の撮る写真のようで」というのは、相手の知っていることを借りてきて、それになぞらえて表現する比喩という修辞技法を根底から揺さぶりますよ」

「大丈夫です。一体誰に向けてボールを投げているのかわからないのが自慢のウェブサイトですから、ここは」

「で、なんの話でしたっけ?」

「秋に似合う音楽ですよ。じゃあ、わたしから。ジョヴァンカの「On My Way」は2008年の発売当時、ラジオでもCDショップでもめちゃめちゃかかってまして、ラジオを聴きながらうとうとうたた寝をしてふと目が覚めると耳元でこの曲がかかっている、ということがたびたびでした。以来、聴くたびにじぶんの心に寄り添ってくれる、大好きな曲になって。秋のはじまりにふさわしい一曲です。この対談がアップされている頃は、もう秋も後半戦でしょうけど」

「ではつづいてこちらの番ですが、今回の主題は秋ですけど、ちょっとした裏テーマをもうけまして」

「どんなものを?」

「裏といっても曲名をみればすぐにわかりますけど、タイトルに「月」が入っているものを。空気の澄んだ秋の空に浮かぶ月はいいものです」

「いいですね。今年の中秋の名月は見ましたか? 9月12日、夜が更けてから「あ! そうだ今日は中秋の名月」と思い出して、外に見に行きましたよ」

「たぶん熟睡していたと思う」

「ひどい」

「いや、中秋の名月だからとかのイベントに熱狂せずに、ふと見上げた空に浮かぶ月が麗しければそれでよいのです。いっそ、日が暮れてなくてもいい。太陽の光に隠れて肉眼では見えないけれど、昼間だって月は出ているわけですから。吉田篤弘も書いています。「この世は昼でも月下です。」(クラフト・エヴィング商會『テーブルの上のファーブル』筑摩書房)」

「はあ。ではそろそろ曲紹介を」

「エルシー・ビアンキ・トリオで「No Moon At All」。よく知られた曲だと思いますが、歌詞を追うと出だしが No moon at all, what a night. って……」

「月を否定してますよ」

「まあともかく。これ好きな演奏なんだけど、ボーカルの声にエコーかかりすぎで、まるで風呂で歌ってるかのようでして」

「お! 目の前はきっと草地ですね」

「無理につなげなくていいです」

「ラジオを聴いていると、8月が終わってDJたちが少し照れながらアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「September」の曲紹介をするというのが毎年9月の風物詩でして。ということで、つづいて「September」です。ちなみに先日、菊地成孔がTBSラジオの「粋な夜電波」でこの曲をかけたのですが、そのときの彼の曲紹介、密度の濃い前口上が情熱的でリリカルで。出色でしたね、あれは」

「「September」って秋を感じるいい曲だと思うけど、このアース・ウィンド・アンド・ファイアーのアルバムジャケットには秋を感じさせる要素が皆無なんだけど」

「濃いですねこれ……」

「残暑の厳しさを感じさせる」

「……えーっと、そちらはつぎも月の曲ですか?」

「つぎは「Moon River」……って王道の曲ばっかり選んでるな。ニッキ・パロットはベースを弾きながら歌う人です」

「そのままウーター・へメルの「Breezy」へ。これはオランダの音楽プロデューサーでシンガーソングライターのベニー・シングスと一緒につくったアルバムで、ベニー・シングスはジョヴァンカもプロデュースしていますね。なんでしょう、オランダ・ポップスは秋が似合うのでしょうか」

「初耳ですな」

「ま、そういうことにしておいてください」

「つぎはニック・ドレイクの「Pink Moon」」

「ウーター・へメルの陽気さがどっか行っちゃいましたよ」

「陽のあとは陰です。月下ですから。ニック・ドレイクのどこまでも荒削りでどこまでも完璧、っていう名盤です。よくある「いちばん好きな何々」ってまったく意味をもたない愚問だと思うけど、いちばん好きなミュージシャンは誰かという問いに無理にでも回答を与えるとするならば、ニック・ドレイクの名前を挙げるのははやぶさかではありません」

「ではわたしの番。エミ・マイヤーの「パスポート」です。この人の歌声は爽やかだけれどくぐもったところもあり、不思議な魅力をたたえていますね。この曲が収録されているアルバム『PASSPORT』は秋冬の肌寒い季節が似合う気がします。相変わらず歌詞をきちんと読んでいないので、たぶんそれ以外の季節の歌もあるでしょうけど。ところでこのアルバムを聴くとなんとなく、多和田葉子の小説『ボルドーの義兄』(講談社)が思い出されます。これは二年前、その年が明けて初めて読んだ小説なのですが、そのままその年のマイベスト1になったという一冊でした。この本を読んでいるときとこのアルバムを聴いているとき、とてもよく似た空気に包まれる気がするのです。冷たく、凛と張りつめた空気に」

「またわからない話がはじまりそうなのでつぎに行かせてもらうと、ジャズのスタンダードナンバー「Polka Dots And Moonbeams」をチャーミングな声のコニー・スティーヴンスの歌で。ではではさくっとラストの曲を」

「わたしが選んだ最後の曲は、言わずと知れた超有名曲、ドリス・デイの「Que Sera Sera」です。ヒッチコックの映画『知りすぎていた男』で、息子のことを案じて胸がつぶれそうになりながらも顔をあげて大きく口を開けて歌うシーンは本当にぐっとくるものがありました。ところで実は、昼下がりの浴室のなかで聴く以外に裏テーマがありまして。そちらの「月」に対抗するなら、こちらは「風」です。「Breezy」はそよ風という意味。アース・ウィンド・アンド・ファイアーは名前にそれが含まれるわけですから言うことなし。「Que Sera Sera」も、意味は「明日は明日の風が吹く」。「パスポート」といえば飛行機、飛行機は風に乗って飛びます。ジョヴァンカの出身はオランダ。オランダは風の国ですよ、風車があります。安眠を誘う映画として有名なドキュメンタリー『オランダの光』にも風車がたくさん映し出されていましたね。以上、どや!!」

「そちらのキャラが崩壊したところで最後の曲です。さきほど挙げた「Polka Dots And Moonbeams」はボーカルもの以外にもピアノ演奏もたくさんあって、自宅のiTunesを検索したらビル・エヴァンスとかバド・パウエルとかハンプトン・ホーズとかでてきたけど今日は渋谷毅を聴いてみましょう。紅葉の見ごろとなる季節へバトンタッチする時期にぴったりの演奏ではないでしょうか」

「いよいよ秋本番、しんみりしてきちゃいました(キャラ戻る)」

2011年10月某日 新宿御苑にて ( 文責:capriciu )