「京都鴨川のほとりにあるカフェ efish からお送りします」
「すぐ目の前に鴨川が望める特等席に座れて幸運でした。抜群の眺めです。でも、ちょっと怖いですよ、ここ。窓全開ですぐ横がけっこう流れの速い鴨川」
「いまヒューガルデンを注文しちゃったけど、酔っぱらったら間違いなく落ちる」
「崖っぷちですよ」
「崖っぷちからお送りする今回のテーマは、椅子の横においてあるそのパンパンに膨らんだかばんの中身についてですが」
「買っちゃいましたね、どっさりと。かばんが膨らんでいる原因はすべて本ですが」
「旅程に評判の本屋に行くことは組み込んでいたものの、目的はあくまで「京都の本屋」という場所そのものを愉しもうというだけであって」
「本を買うつもりじゃなかった」
「でも買ってしまった。しかもほとんど東京で買える本ばかり買ってる。なんでこんな量の本をわれわれは関西から関東に移動させなきゃいけないのか」
「買ったからですよ」
「最初に行ったのは London Books という嵐電嵯峨駅ちかくの古本屋でした」
「北欧調の店内がいい雰囲気で」
「『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)が7月号で本屋の特集を組んでて、 London Books も紹介されていたのをあとで立ち読みしたんだけど。店主は吉田健一が好きらしい」
「買ってましたよね? 吉田健一」
「吉田健一『作家の肖像』(読売新聞社)を、そんなこと知らずにレジにもっていってた。あと買ったのは岡本かの子の『老妓抄』(新潮文庫)」
「図書館で借りた『百年文庫』の「庭」に収められた岡本かの子の短編が素晴らしかったのを思い出しました。「金魚繚乱」という作品なんですが、もしかしてその文庫に入ってます?」
「ん? えーと、ないね。「金魚繚乱」は青空文庫にも入ってますからそちらの文庫で読んでもらえれば。イヴ・サン=ローランが表紙の『W JAPAN』(WWD for Japan)というファッション雑誌も買いました。資料として。1990年4月号。近過去の雑誌にある垢抜けない感じを漂わせてる」
「わたしは女性シュルレアリストを特集していた『夜想』(ペヨトル工房)を買いました。1984年発行の雑誌です。初日は London Books にしか行かなかったので、この時点ではまだ買いすぎの域ではないですね」
「でも翌日からだんだんおかしくなっていく。まずガケ書房に行ったんだけど」
「店内をくまなくぐるっと回って、いろいろ本や雑誌を手にとりましたけどガケ書房で何を買ったかといえば……」
「雑誌を一冊買った」
「『京都地図本』(京阪神エルマガジン社)」
「京都の個性的な本屋に来て買ったのは、まさかの京都観光ガイド。さっき言及した『Meets Regional』の本屋特集はここで立ち読みしたんだけど、こっちを買うべきだよ普通は ((結局、東京・有楽町の三省堂書店で購入。))」
「夜、食事どころを探すのに便利かなと思ってうっかり買っちゃいましたね」
「で、ここに載ってる店に行ってみたんだけど」
「軒並み混んでて入れず」
「なにやってんですかね。で、この『京都地図本』を読んでたらガケ書房の近くに古書善行堂があると載ってて」
「行ってしまいました」
「このあたりから迷走しはじめる。なぜか今回の旅行中、吉田健一ばかりを探してしまって、『文学が文学でなくなる時』(集英社)も買った。さらには古井由吉の『槿』(福武書店)を。どちらも単行本で函つきで」
「帰りの荷物量を考えない暴挙にでました」
「『槿』は菊池信義の装丁が妙心寺天球院の「籬に朝顔図」なので京都らしいかなと思って買っちゃったんだけど」
「買う動機も強引になってきました。でもわたしも人のこと言えなくて、辻邦生+水村美苗『手紙、栞を添えて』(朝日新聞社)と辻邦生『ちくま少年文学館1 ユリアと魔法の都』(筑摩書房)を選んでしまいました。どちらも単行本で函つきで。『ユリアと魔法の都』は小学生時代に学校の図書館でくり返し借りた本です。何度借りたかわからない」
「何十年越しかに、ついに買ったと。しかも『手紙、栞を添えて』は文庫でもっているのに単行本を買うという迷走ぶり」
「ほかに『CINEMA APIED』(アピエ社)という冊子、これはテーマを設けて映画をめぐるエッセーが載っているものです。わたしが買ったのは「少女たち」というテーマ。執筆者で知ってる名前は山崎まどかくらいで、書いているのはほとんど存じ上げない人ばかりなんですけど、おもしろそうだったので。この冊子、発行元が京都なんですね」
「やっと京都らしい買いものが登場。善行堂は欲しい本がもりだくさんのいい本屋だったんだけど、でもいちばん欲しなと思ったのは大きなポスターが貼ってあったでしょ。あれが欲しくて。たぶん売りものじゃないと思うけど」
「ゴダールのポスターですか?」
「そう。あとコムデギャルソンのポスターもあって。ああいうポスターってどこで売ってるんだろう?」
「あと善行堂でスタンプラリーのチラシをもらいまして」
「店で買いものして三つスタンプを集めると、最後の店で特典がもらえるという」
「じゃあ最後にスタンプをもらう店は恵文社で! と即決」
「自動的に恵文社でも本を買うことが決定事項となってしまった。で、恵文社一乗寺店です」
「恵文社は評判にたがわず素敵な本屋でしたね。いろいろ迷った挙句『水声通信』(水声社)のアナイス・ニン特集を選びました。マヤ・デレンの映画とアナイス・ニンを関連づけた論文が載ってたので、それを読みたくて。それにしてもこんなにアナイス・ニン関連の本が充実している本屋なんてはじめてですよ」
「開店直後に行ったんだけど、ぞくぞくと文化系男女が入店してきて何事かと。巣窟ですよ」
「まわりから見れば加担している一員ですよ、われわれも」
「恵文社ではほかに Luigi Ghirri『It’s beautiful here, isn’t it…』(aperture)という写真集を表紙に惹かれて買ってしまった。序文をウィリアム・エルグストンが書いてる。洋書の写真集ってアマゾンで買ったほうが安いんじゃないかという考えが頭に一瞬浮かんだんだけど」
「値段もそうですけど、持って帰るのがたいへんですよ」
「旅のテンションが人を狂わせる」
「旅のせいなんですかね?」
「たんに印刷物に狂わされているという話もある」
「計画どおり恵文社でスタンプラリーの特典をもらって。「パーティーでも本を読んでいた」というコンピレーションCD。CD-Rに焼いたものですが。恵文社ちかくのカフェ「つばめ」で食事して、最後、萩書房にも立ち寄りました。古本屋らしい古本屋でした」
「一冊だけ買ったんだけど。『CIRCUS-CIRQUE』。表紙がいいでしょ、これ」
「ジャケ買いならぬ、表紙買いですね」
「で、これ楽譜なんだけど」
「J.KRICKAって誰ですかね?」
「誰でしょう?」
「どこの人ですか?」
「どこでしょう?」
「埒があきません」
「もうなんだかよくわからないものに狂わされている気がしてならない」