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Tuesday, February 28

曇り。電車のなかで『親愛なるキティーたちへ』(小林エリカ/著、リトルモア)を読みはじめる。小林エリカは実際にアウシュヴィッツ強制収容所を訪れ、そこで見聞きしたことをどのように言葉に紡いだらよいのかわからない、と正直に切実に綴っていて、ああ、やっぱりと共感する。わたしがアウシュヴィッツに行ったのはもう6、7年前になるけれど、まさにあの、そこにあるもの、自分の身をそこに置いていることに対してどうにも言葉にできず途方に暮れた感情をいまもよく思い出す。アウシュヴィッツのそばに並ぶ黄色や緑のカラフルな色のアパートや、最寄り駅を出ると広がる芝生にうっすら積もっていた雪や、同じようにアウシュビッツに向かう若者たち、街路樹にすずなりに実をつけた紅い実のことを、アウシュヴィッツ・ミュージアム(アウシュヴィッツ強制収容所跡は現在ミュージアムになっている)のなかで見たものと同じくらい強烈にありありと思い出す。

それにしても小林エリカさんは旅にもマニキュアを持って行くのね……えらいー! わたしは塗って出発して剥げてもそのまま帰国。きっと。でも剥がれたマニキュアが許されるほどフォトジェニックな世界にわたしは生きていない。昔、FigaroだったかSPURだったかELLEだったかのファッション誌に名前はわすれてしまったけれどあるモデルのスナップショットが掲載されていて、トウモロコシを丸かじりしていたのだけどそのトウモロコシを持つ両手のマニキュアが剥げ剥げで、そこも含めてヴィヴィッドなスナップショットとしての魅力を放っていたのだった。

夜、夕ごはんを食べながらアンドレア・ポンピリオ(アンディ)の360°を聴く。あまりメジャーではない曲をかける割合が増えた気がする。いいと思う。美術館とギャラリーをどのようにまわるか計画を立てる。日常。

Wednesday, February 29

4年に一度の2月29日。雪。起きたらすでに、窓から見える芝生が一面雪でおおわれていた。傘があるので軽い本をと、すべて読み終えていなかったみすず書房1/2月号「読書アンケート特集」を鞄に入れて家を出る。

午後に雪がやんだ。帰り道、雪の降ったあと、木の枝や軒先から雪解け水がぽたぽたと落ちるさまが、音が、ひそやかながらもしんしんと確実に何かを穿ち続けているように感じられ、幼い頃から愛しくて仕方がなかった。こういう感情を本にも映画にも絵画にも写真にも求めている。 夜、『夜と霧』(アラン・レネ/監督、1955年、フランス)を観る。

まだ雪解け水の音は続いている。ぽたりぽたりぽたりぽたりぽたりぽたりぽたりぽたり。ととととととととととととととととと。ぴちゃん。

Thursday, March 1

晴れ。いよいよ3月。帰り道、久しぶりに超熟マフィンを買う。明日の朝に食べるのだ。夕ごはんを食べながら港千尋と石川直樹がustreamをやるというので楽しみに見る。港さんの話が聴けるというただそれだけの事前情報しか得ておらず、あえて得ようともしなかったのだけど、南仏にある、世界最古といわれる洞窟壁画を描いた3Dドキュメンタリーのトークショーで、監督はなんとヴェルナー・ヘルツォークだったのだった。ヴェンダースもヘルツォークも3Dかー。昨秋、ユーロスペースでフレデリック・ワイズマンの特集上映に何度か足を運んだけれど、すべての作品をきちんと追っていないわたしにとって、近作の『ボクシング・ジム』(2010年)がフィルムなのかデジタルなのかが気になるところで、映画がはじまれば、明るい青空を映した鮮やかなデジタル映像があっけなく差し出されたのだから、ワイズマンが3Dで作品を撮る日も訪れるのかもしれない。

Friday, March 2

曇り。夜、美味しいキャベツのおつまみを会得したくてあれこれ試作して味見していたらなし崩し的に冷蔵庫から生ハムとクリームチーズが出てきて『三時のわたし』(浅生ハルミン/著、本の雑誌社)をぱらぱらめくりながらビールと一緒に試作分をすべてたいらげてしまった。朝ごはんでもマフィンにクリームチーズ(とブルーベリージャム)を塗って食べたし、このところチーズばかり食していてカロリーが恐い。浅生ハルミンの日記には動物(主に猫だけど)の後ろ姿がたくさん出てきて可愛い。動物の後ろ姿はいじらしくて可愛い。あと浅生さんがモーモールルギャバンを聴いていてへえー、と思ったのだけどわたしは浅生さんの著書を読んだのはこれが初めてだしモーモールルギャバンもほんの少し聴いただけだから「へえー」は適切な感想ではないのかもしれない。

Saturday, March 3

晴れ。きょうはジャン=ミシェル・オトニエルの展示を観に行くつもりだったので、光のなかであの作品を観ることができそうで嬉しい。原美術館のカフェ・ダールでツナとフレッシュトマトのペペロンチーノ、珈琲。「ジャン=ミシェル・オトニエル マイ ウェイ」を鑑賞。オトニエルの作品は原ミュージアム アークで「Kokoro」を目にした記憶があるけれど、作家本人については何も知らなかった。事前に雑誌やwebでも大きく取りあげられていた、水の入った円柱や角柱のボトルに人形や星などさまざまな造形のカラフルなガラスを投入した「涙(Lagrimas)」がやはり素晴らしい。安直にもほどがあるけれど、この作品を観て、一昨年の秋に東京大学総合研究博物館小石川分館で観た「ファンタスマ―ケイト・ロードの標本室」を想起してしまった。オーストラリアの現代美術家ケイト・ロードの作品もまた、いくつもの色を纏ったフェイクとしての動植物が円柱型のガラスケースに閉じ込められていた。

乃木坂に移動。「長谷川豪展 スタディとリアル」(ギャラリー間)を鑑賞してから、2008年にリニューアルオープンした洋菓子舗ウエスト(青山ガーデン)でお茶しようと張り切って行ってみたらば待ち人で長蛇の列。不発。不機嫌になる。気を取り直して六本木ヒルズのふもとのタリーズで一服してから赤々舎に向かったら、まさかのお休み。本日2つめの不発。オオタファインアーツで「梅田哲也 待合室」、ワコウ・ワークス・オブ・アートで「ジェームズ・ウェリング ワイエス」、タカ・イシイギャラリーで「植田正治 砂丘モード」、ゼンフォトギャラリーで「浜口麻里奈展」をめぐって渋谷へ。お気に入りの居酒屋BISTRO BAR KUに数年ぶりに入ってみた。雰囲気は変わってないけど、お通しが変わっていた。グリーンサラダ、トマトと生ハムとバジルのピザ、鴨のコンフィ、赤ワインをいただく。Bunkamuraザ・ミュージアムに駆け込み、「フェルメールからのラブレター展」を観る。ミュージアムショップに寄って帰宅。ゴンチチのラジオを聴きながら野沢菜とビールをまたもやついついつまんでしまった。

Sunday, March 4

晴れのち曇り。『TOKYO図書館紀行』(玄光社)で知ることとなった通称“赤レンガ図書館”(?)に行ってみた。誌面で見たとおり、こじんまりとした箱庭のような庭に面して立つ赤レンガの建物が好ましい。図書館本体は現代的なつくりで、そこに赤レンガ部分がくっついた感じ。何が素晴らしいって公開書架の本がとにかく多いので、読みたい本に次々に出会える。図書館に併設されたカフェといえばいまでこそいろいろ趣向を凝らした瀟酒な空間が増えたけれど、ここはケーキの品揃えが豊富過ぎてなんですかこれは。街の人気カフェでしょうか。レジではホールのケーキの予約を受け付けている。なんですかこれは。

帰り道、久しぶりに花屋に寄り、黄色い花とシャトルーズがかったピンク色のカーネーションを買った。黄色い花は名前を訊いたけれど長くて覚えられなかった。

就寝前に『黄色い本』(高野文子/著、講談社)。いい本。Hear! ヒヤ!