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Monday, February 27

朝まだき、目が覚めたら背中に激痛が走り数時間身動きがとれない。週末の旅の疲れか、はたまた奇病か。奇病。恐ろしい言葉があったものだ。私がこれまでにインストールしたiPhoneアプリのなかで飛びぬけて高額の大辞林で「きびょう」と入力してみたならば、奇病とは「原因や治療法がわからない病気」とあり、これもじゅうぶん堪らないものがあるけれど、大辞林の検索結果に目をやれば奇病のすぐ隣には「鬼病」という語彙があり、意味を追えば「鬼神にとりつかれたとしか思えない不思議な病気」というただならぬ事態である。会社を休んでいざ病院へ。原因が外科的なものなのか内科的なものなのかわからないので、レントゲン検査と血液検査をおこなう。すぐに判明するレントゲン検査の結果として医者から告げられたのは、姿勢が悪い。姿勢の問題なのか。鬼病とはずいぶん遠く離れた場所にいる気がする。自宅で安静。

夜ごはん、豚肉と小松菜と葱をのせたあたたかい蕎麦。お酒は控えて、『三時のわたし』(浅生ハルミン/著、本の雑誌社)を読む。

Tuesday, February 28

会社帰りに病院。血液検査の結果は、特に異常なし。患部に湿布を貼ってしばらく様子をみることに。『パリ南西東北』(ブレーズ・サンドラール/著、昼間賢/訳、月曜社)を読む。やたらボリュームのある訳者解説ではじめに触れられているのは、原題を直訳すると「パリ郊外」となるのだが、郊外という日本語とパリという地名との結びつきが、どうもしっくりこなかったからという書名の理由。

サンドラールのもっとも内的な部分を、魔術的な鮮やかさで摘出したポートレイト。その撮影にあたったのが、まだ無名に近いロベール・ドワノーだった。
(中略)
わずかな時間で、南仏の光だけでなく、詩人の内なる光をもドワノーが把握しえたのは、彼らの資質にどこか相通じるものがあったからにちがいない。その証拠に、ドワノーがたまたま持参していた未発表の写真を目にして、サンドラールはただちにその才能を見抜き、励まし、写真集にまとめよう、話が本格化すればぼくが文章を書く、とまで言い切ったのである。しかもそれはただの口約束に終わらなかった。みずから出版社を見つけて、当時としては大冒険といってもいい豪華本の出版を実現してしまうのだ。引き受けてくれたのは、サンドラールの熱心な読者でもあり、《今日の詩人》叢書の成功で知られることになる詩人、ピエール・セゲルスだった。膨大な写真のなかから、サンドラールは百枚ほど選びだし、彼自身の精髄ともいうべきすばらしい散文を添えて、一九四九年、とうとう刊行にこぎつける。それがドワノーの名を世に知らしめた写真集、『パリ郊外』だった。(『郊外へ』、堀江敏幸/著、白水社、pp.13-14)

夜の食卓は、白米、葱の味噌汁、秋刀魚の塩焼き、大根おろし。『装苑』四月号が届く。

Wednesday, February 29

『一冊の本』三月号(朝日新聞出版)。夕餉、白米、大根の味噌汁、冷や奴、胡瓜と味噌、豚肉ともやしの中華風炒めもの、血液検査正常値を祝して麦酒(こういうのがよくないという説もある)。夜、『夜と霧』(アラン・レネ監督、1955年、フランス)を鑑賞。

Thursday, March 1

『アナーキー・国家・ユートピア 国家の正当性とその限界』(ロバート・ノージック/著、嶋津格/訳、木鐸社)。すべてを精読するのはたいへんなので、かいつまんで。自宅に帰って靴とバッグを特集した『装苑』を読んでいたら物欲ではなく靴を磨きたい欲が湧いてきて、玄関でもくもくとゴシゴシ。夕食、茹でた牛肉と小松菜、生卵をのせた温かいうどん、野沢菜。麦酒を飲みながら『BIRTH』(澁谷征司/写真、赤々舎)をめくる。

Friday, March 2

会社にて。一時的に特別加算金が発生するものの将来的には人件費が圧縮できるので今後の企業経営にとっては五〇歳代を中心とする比較的高賃金の従業員はさっさと退職してもらうと助かるという誰にでもわかる「本音」をオブラートにつつむかたちで早期退職優遇制度の導入説明がなされた。なんとなく『写真論』(スーザン・ソンタグ/著、近藤耕人/訳、晶文社)を再読。夜、レッドカレー、スパークリングワイン。生ハムとオリーブオイルで和えた茹でキャベツを麦酒とともにつまみながら、名古屋のON READINGで買った『BOOK THE KNIFE』を読み、ソンタグの『写真論』につられてダイアン・アーバスの写真集を本棚からひっぱりだす。

Saturday, March 3

『写真論』のつづきを山手線で読みながら品川へ。原美術館のカフェ・ダールで食事をしてから写真撮り放題の「ジャン=ミシェル・オトニエル/マイ ウェイ」を鑑賞。乃木坂に移動して「長谷川豪展/スタディとリアル」(ギャラリー間)。六本木ヒルズに向かって歩き、タリーズで休憩。赤々舎での展示を観ようと向かったらなんとお休み。来た道を戻りピラミデビルへ。「梅田哲也/待合室」(オオタファインアーツ)、「ジェームズ・ウェリング/ワイエス」(ワコウ・ワークス・オブ・アート)、「植田正治/砂丘モード」(タカ・イシイギャラリー)、「浜口麻里奈展」(ゼンフォトギャラリー)を鑑賞。ところでこのビル、結婚式の二次会らしきものをしばしばやっているのだが、その店へ向かう客人の風体が軒並みチャラい感じで、ストイックな雰囲気をまとうギャラリー通いの面々との対照が印象的な空間として屹立している。渋谷に移動してBISTRO BAR KUで夕食ののち、「フェルメールからのラブレター展」(Bunkamuraザ・ミュージアム)を鑑賞。病院に行くと医者に「運動はしているか?」と訊かれ、いつも「散歩くらいでしょうか」と答えているのだが、今度からは「毎週末、ものすごく歩いてます」と答えよう。

Sunday, March 4

きのう品川駅構内のPAPER WALLで立ち読みした『TOKYO図書館紀行』(玄光社)の冒頭エッセイが堀江敏幸で、相変わらず細かい仕事をこなす堀江敏幸だけれど、さまざまな媒体に登場する堀江敏幸のこうした小文を最近はいずれ『回送電車』としてまとめられるエッセイ集のための「連載」として読むのが正しいのではないかと思ったりもするのだが、それはさておき、『TOKYO図書館紀行』で紹介されているレンガ造りの区立図書館がぜひとも訪れてみたい建物で、交通機関を駆使して行ってみることにしたのだが、しかし、交通機関を駆使して図書館に行くというのもよくよく考えてみればどうかしている行為で、なるほど東京都立中央図書館には交通機関を駆使して赴くけれども、それは都立図書館という規模だからであって、区立図書館に休日をつぶして訪れるというのはさすがに躊躇いなしとは言えないのであるが、しかしこれが行ってよかった。この図書館、すばらしい。まわりに何もないけど。あと併設のカフェのケーキの品揃えの潤沢さが異常。帰りに八百屋と魚屋と花屋。夕食、鮪とかんぱちの海鮮丼、大根の味噌汁、麦酒。夜、ワコウ・ワークス・オブ・アートで買ったジェームズ・ウェリングの写真集と、ナディッフで買った『アルセーニイ・タルコフスキー詩集 白い、白い日』(前田和泉/訳、鈴木理策/写真、エクリ)を読む。