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Monday, February 20

『人生と運命』第一巻(ワシーリー・グロスマン/著、齋藤紘一/訳、みすず書房)を読みはじめる。夜、蛤とベーコンとほうれん草のパスタ。ロゼワインと一緒に。

Tuesday, February 21

『人生と運命』のつづき。あわせて『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』(ジョナサン・サフラン・フォア/著、近藤隆文/訳、NHK出版)も読みはじめる。ぶ厚めの本ばかり読んでいる。夕食は、白米、大根の味噌汁、胡瓜と味噌、鰺のひらき、麦酒。

Wednesday, February 22

事前情報ゼロの状態で手にとったので、ああこれはアメリカ同時多発テロの話かと読んでいる途中でいまさらながらに気がついた『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を読了。世事に疎いのでこの小説が映画化されてただいま絶賛上映中だというのを知ったのはつい先日のこと。テキストを攪乱させたり写真をさし挟んだりと「小説」の可能性を意欲的に拡張させる本書をいったいどのように映画にするのだろうと素朴な疑問があたまに浮かぶ。実験的なテキスト構成で思い出すのはたとえば去年読んだ『紙の民』(サルバドール・プラセンシア/著、藤井光/訳、白水社)だったりするけれど、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』はもっとずっとポップな雰囲気。錯綜的なことをやっておきながらもリリカルな物語をつむいでいるのは『紙の民』と『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』は似ているが。それはそうと、このての波乱万丈なテクストで私が好きなのは『ゴーレム100』(アルフレッド・ベスター/著、渡辺佐智江/訳、国書刊行会)で、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』も『紙の民』も愉しく読んだけれど、タイポグラフィ遊戯の小説としては『ゴーレム100』を推したい。ちなみに『ゴーレム100』の解説は「そのへんにいた山形浩生」が書いている。夕餉はビーフハヤシライス、茹で玉子、麦酒。夜、『四月』(オタール・イオセリアーニ監督、1962年、グルジア)を鑑賞。

Thursday, February 23

古井由吉『蜩の声』(講談社)。古井由吉の小説はあいかわらずエロい。文章からじめっとした感触が肌に伝わってくるようで。夜ごはん、葱とコーンと豚肉をのせた醤油ラーメン、麦酒、麦酒。

Friday, February 24

『人生と運命』第一巻。五〇〇ページほどある小説をようやく読み終える。まだ第一巻で、この小説、ぜんぶで第三巻まである。解説を読むと、この小説は旧ソ連において体制側による弾圧に翻弄された道のりを確認できるのだけれど、いくつかのエピソードを拾いながら思うのは、作家の苦闘もあるけれどそれよりむしろ体制側の異常なまでの熱心さである。まずは

グロスマンは1949年、『人生と運命』の前編として書いた同じほどの分量をもつ原稿を「ノーヴイ・ミール」編集部にもちこんだ。検閲では原稿の9語ごとにコメントがつけられ、会議と意見の速記録は小説本体と同分量になり、『正義の事業のために』という書名まで押しつけられてズタズタにされたものが、スターリンの死後の1953年になって初めて刊行された。

とあるのだが、「原稿の9語ごとにコメントがつけられ」って、新潮社の校閲ばりの熟読っぷりに感心。さらにフルシチョフ政権下においても、

この原稿はただちにKGB(国家保安委員会)に通報され、家宅捜索により下書きも資料もすべて没収、タイプライターのインクリボンまで持ち去られた。

うえに、

グロスマンは共産党中央委員会イデオロギー担当書記のスースロフに呼び出され、「200年、出版不可」と宣告される。

らしいのだが、KGBの者らがこんな長大な小説をちゃんと読んだことに感心。超熱心な読者だ。仕事とはいえこれほどまでに小説というものに執着する姿勢は感動的ですらある。むしろファンなんじゃないか。KGBに学ぶ小説愛。しかしKGBのお偉方もはたしてこんなぶ厚い小説をちゃんと読んでいたのだろうかというのは疑問で、もしかしたら部下に読ませて要約を書かせていたかもしれないが、であればそれは「あらすじで読むロシア文学」である。夜、トラブルつづきで残業。帰宅してカレーと麦酒。

Saturday, February 25

『日本の大転換』(中沢新一/著、集英社新書)。アンドレ・ヴァラニャックがエネルギー革命の歴史を七段階に分類した論を踏まえて、「誤解を恐れずに宗教思想とのアナロジーを用いてみよう。すると第八次エネルギー革命は、一神教から仏教への転回として理解することができる。」(p.66)とあるのを読んで、すこしは誤解を恐れたほうがよいのではないかと思ったのだが。新幹線こだまに乗って豊橋経由で豊田市に向かう。目的は豊田市美術館。「みえるもの/みえないもの」と「山本糾 /光・水・電気」と「常設展第Ⅳ期」を鑑賞。おひさしぶりの人に逢い、レストランで食事したり茶室で一息ついたりミュージアムショップで本を眺めたり。展示を観たあとは谷口吉生建築をじっくりと鑑賞。名古屋に移動し、午前零時をまわるあたりまで酒宴。

Sunday, February 26

いい旅夢気分、ただし二日酔いで体調はどんより。名古屋市美術館で「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト 写真、絵画、グラフィック・アート」展を鑑賞。葉山で観れなかった恨みを名古屋で清算する。sora cafeで昼食ののち、本山と東山公園に移動し、古本屋(シマウマ書房とON READING)めぐり。旅行をしたとて目的地は美術館とカフェと本屋。それは東京でやればよろしいのではないかという疑念を抱えつつ新幹線で帰宅。