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Monday, June 20

朝の山手線は遅れていた。遅延によりいつも以上に混雑する車内で耳に届くのは車両音と車掌のアナウンスあるいは音量過大な誰かのイヤホンから漏れ聴こえる微音くらいで通勤者たちは口を噤み誰ひとりとして声を発しない状況のなかで、堰を切ったように携帯電話で喋りだしたのは女子大生と思われるひとりの女であった。「いま山手線遅れてるのー、ねえねえハスミン、悪いけど席とっといてくんない?」と突如声を発しだしたその女は簡潔極まりない用件を伝達するとすぐさま電話を切り、またべつの友人らしき人物に矢継ぎ早に電話をかけて「ねえねえ、山手線遅れてるんだけどさー、でも大丈夫、ハスミンが席とっといてくれるからー」と捲くし立てるのであった。電子メールという通信媒体を縦横無尽に駆使しているだろうと忖度される年代の者がなにゆえにわざわざそんな些細な用件を伝えるのに音声機器を介するのかいまいちよくわからないのであるが、というかメールしろ。だいたいハスミンって誰だ。蓮實重彦のことか? 蓮實重彦が女子大生ふたりのために席を確保しているさまを想像しながら鬱屈とした平日のはじまりをやりすごしていた。

きょうの読書はイタリアの画家ジョルジョ・モランディの軌跡を綴った岡田温司『ジョルジョ・モランディ 人と芸術』(平凡社新書)で、晩年のモランディの「困ったちゃん」ぶりを示すエピソード(話の内容は悲劇的なのだが)をおもしろく読んだのだけれど、ところでこの本は豊田市美術館などで開催予定だったモランディ展を前提として執筆されていて東日本大震災の影響で展覧会が中止に追い込まれたがためによき解説書なのに読後に幾ばくかのしこりを残すどこかもったいない本になってしまっていた。

夜、録音しておいたいつもながらの躁状態のような喋りが繰り広げられるTBSラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」を聴きながら夜ごはん。白米、豆腐と葱の味噌汁、鯵の干物、野沢菜、麦酒。食後、トリュフォー映画を観た後の復習は山田宏一『フランソワ・トリュフォー映画読本』(平凡社)ということで、きのう観た『隣の女』の箇所を再読。ネットを彷徨っていたら『隣の女』の解説文で「本作ではファニー・アルダンのセリフは全部自分が言ったことだとかつての恋人カトリーヌ・ドヌーヴを怒らせた」(洋画シネフィル・イマジカのページ)という逸話に遭遇。知らなかった。

『國民の創生』(D・W・グリフィス監督、1915年、アメリカ)を鑑賞。DVD冒頭の淀川長治の語りにすっかり満足してしまい最後のほうは睡魔でむにゃむにゃ。

Tuesday, June 21

きょうも遅れる山手線のなかで読んでいたのは本日図書館への返却日であることに気づいて慌てて読みはじめたクロード・シモン『フランドルへの道』(平岡篤頼訳、白水社)。当然一日で読み終えるはずもないし、この小説に「速読」などという愚劣な行為を施してもしかたがないのは明白であるからして読みさしのまま返却。さようなら、私の本よ。私のじゃないけど。

夜ごはん、蕎麦と麦酒。ヤン・チヒョルトの仕事を調べた際に気になったまますっかり忘れていたもののこのあいだ品川駅構内の書店PAPER WALLで見かけてその存在を思い出したフィル・ベインズ『ペンギンブックスのデザイン 1935-2005』(山本太郎監修、齋藤慎子訳、ブルース・インターアクションズ)を読む。『ションベン・ライダー』(相米慎二監督、1983年、日本)を鑑賞して就寝。

Wednesday, June 22

夏至。会社帰りに有楽町にある無印良品の花屋で植物を購入。無印の花屋は店舗の数が少ないが、価格が良心的なので重宝する。

『佐野洋子対談集 人生のきほん』(講談社)を読了。佐野洋子と西原理恵子、佐野洋子とリリー・フランキーの対談で、佐野×西原のほうが分量多め。西原「六年間、アル中の夫との結婚生活は、いい経験だったと思います。でも三年くらいでよかったかな」佐野「三年より六年でコクが出たんじゃない?」。無茶苦茶な応酬である。サイバラ元夫(鴨志田穣)のアル中話を堪能したあとエイミー・ワインハウスがセルビアでのコンサートで泥酔してたニュースを知る。

夜ごはん、白米、葱の味噌汁、もやしと豚バラ肉と葱味噌の炒めもの。豆腐とキムチ、麦酒。あまりの気温と湿度に辟易。スローな夜に、今年はじめてエアコンの電源を入れた。

Thursday, June 23

熊野純彦編『近代哲学の名著 デカルトからマルクスまでの24冊』(中公新書)を読む。

諸事情により珍しく弁当を持参しなかったため昼ごはんはドトール。ミラノサンドA。幻となってしまったジョルジョ・モランディ展の開催地のひとつ、豊田市美術館にはいちど行ってみたいと思いながら青野尚子/シヲバラタク『美術空間散歩』(エスクアイア マガジン ジャパン)のページを捲っていた。谷口吉生の代表作である豊田市美術館の存在を知ったのは東京オペラシティアートギャラリーでの「谷口吉生のミュージアム」展で、模型だったか映像だったかを観たのは二〇〇五年のことだからもう六年前の話。Wikipediaで豊田市美術館の項を参照すると

評価の定まらない同時代美術や、あまり一般的でない20世紀美術を扱うことから、観客が大勢集まるといったようなことはない。このため、市民や議会から美術館の路線について批判を受け、今後を検討する委員会が開かれて議論が交わされたことがある。

とあって俗情から離れた美術館側の思考に嬉しくなるのであるが、東京都現代美術館のようにスタジオジブリ関係の展示をおこなうといった姑息なバランス感覚に導入することなく、財政的な事情を考慮するとそうも言ってられなくなるのだろうけれども「観客が大勢集まるといったようなことはない」健全な状態でいてもらいたいと思う。

夜ごはん、ドライカレー。

Friday, June 24

『Meets Regional』(京阪神エルマガジン)の本屋特集を読む。幅允孝が「最近は本屋さん以外の場所で洒落た目線だけで本を売っている所があるんですけれど、僕はそういうのは好きじゃない」と語っていて、私はいままでこの人こそが「そういうの」を実行している人物という認識だったのだが。

夜ごはん、白米、人参と葱の味噌汁、トマト、麦酒。秋の味覚の代表格である秋刀魚の塩焼きをなぜか梅雨のこの時期に。

Saturday, June 25

開館時間を少し過ぎたころに東京国立近代美術館で「パウル・クレー おわらないアトリエ」展。だがもうすでに結構な量の人の数。クレーもいいけれど個人的には学芸員が好き勝手にやってる感のある「路上 On the Road」という小さな展示のほうに惹かれてしまった。ところでホームページを見ると「節電対策や夜間開館の短縮などを行いつつ、開館いたします」とあるのだが館内は冷房効きまくりで観終える頃には肌寒いくらいだったのだがこれは時流に対しての反逆の精神のあらわれと解釈してよろしいか。

神保町に移動して+cafe Flugで昼ごはん。お客のなかで男は私ひとりだ。というのはカフェにいくとしばしば遭遇する事態であるが、男ばかりが群がる場所に足の向く機会が少なくて、ここならきっと男ばかりだろうと予測しながらマニアックな音楽をレンタルするのに便利でツタヤとはあきらかに客層の異なる御茶ノ水のジャニスに行ってみたのだが、すれ違うお客にはけっこうな数の女性がいて、レジをやっていた店員のふたりも両方女の人で、男だらけのハードボイルドな世界は私の棲息する文化圏からは遠く離れた遥か彼方にある模様。途中、古本屋。マグニフで1986年3月号の『ユリイカ』(青土社)を購入。ついでにギャラリー・バウハウスで「ロバート・フランク写真展」。

夜ごはん、ハヤシライス。麦酒を飲みながらホームページの構成をいろいろいじる。ジャニスで借りてきたCDをひたすらiTunesにコピー。

Sunday, June 26

続、ジャニスで借りてきたCDをひたすらiTunesにコピー。

電車に乗って街に出る。昼ごはんにキッチンジローでオムライス。買いもの。家電量販店の扇風機売り場を覘いたらものすごい人だかりで、冷房機器がずらりと並んでいるにもかかわらずきわめて暑苦しい空間と化していた。近所の商店街で冷蔵庫に不足していた野菜や魚を買い、机上に不足していた花を買う。デルフィニウムとナデシコ。

夜ごはんはお寿司とシルクヱビス。トマス・ピンチョン『V.』(小山太一+佐藤良明訳、新潮社)をいつ読むか思案中。冷えた白ワインとともにアウグスト・ザンダーの写真集。BGMはmama!milk。