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Monday, April 11

読書。追悼、見田宗介。といっても、見田宗介あるいは真木悠介の著作の大半は学生の時分に図書館で借りて読んだので、いますぐ再読可能な蔵書は『現代社会の理論 情報化・消費化社会の現在と未来』(岩波新書)のみ。

現代の情報化/消費化社会は、資本制システムの「自己準拠化」の形式として成立した。古典的な資本制システムの「不可避の矛盾」であった恐慌を回避し克服するために、システムは自分で市場をつくりだす。人間たちの「必要」に制約されない無限定の消費に向かう欲望を、情報をとおして自ら再生産する。システムはこうして市場を内部のものとする。人間たちの欲望を内部のものとする。
けれどもこのように無限化された消費と生産のシステム自体が、自分を新しい臨界の前に立たせる。「古典的」な資本制システムにとって市場が、意のままにならない他者、外部的な制約条件であったことと同じに、この制約を突破する形式としての「現代的」な資本制システムにとって、資源と環境はなお外部的な制約である。しかもその、理論的には当初から一般的に存在していた限界は、欲望をシステムが内部化するというまさにこの「自己準拠化」の機制の核心をとおして、新しく現実的に、切迫した外部として立ち現れる。(pp.70-71)

夜、映画を観る。『恐怖への旅』(ノーマン・フォスター/監督、1943年)を鑑賞。

Tuesday, April 12

読書。小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)を読む。夕食、焼豚と小葱と生卵をのせた醤油ラーメン、麦酒。夜、映画鑑賞。『バズビー・バークリーの集まれ!仲間たち』(バスビー・バークレー/監督、1943年)を見る。最近Amazonプライムで見る映画は専ら「ジュネス企画」で検索した結果でてくる古い映画ばかりなので、冒頭強制的に視聴させられるAmazonプライムが奨めるCMは関心外すぎて時間の無駄でしかない。

Wednesday, April 13

読書。藤沢道郎『物語イタリアの歴史 解体から統一まで』(中公新書)を読む。夕食、鯖の洋風炒飯(鯖缶、紫玉葱、小松菜、レモン)、麦酒。もう西欧諸国ではマスクなしの生活様式に戻っているようだが、日本における同調圧力による惰性的なマスク着用の光景もそろそろ考えたほうがいいように感じるのは、親ワクチン派ではあっても反マスク派であるからか。いま外で、どこもかしこもマスク着用者ばかりのなか、マスクを着用していない比率がもっとも高いのは飲食店の店内であるという有様は、滑稽でしかない。

Thursday, April 14

読書。清水真人『憲法政治 「護憲か改憲か」を超えて』(ちくま新書)を読む。夕食、豚肉と春キャベツの煮込み、マカロニグラタン、グリーンサラダ(ベビースピナッチ、ベビーリーフ、きゅうり、ブロッコリー、スナップエンドウ、レモン)、麦酒。

Friday, April 15

行きも帰りも雨。読書。富田武『ものがたり戦後史 「歴史総合」入門講義』(ちくま新書)を読む。夕食、赤飯、豚汁(豚肉、人参、大根、牛蒡、木綿豆腐、しめじ)、麦酒。夜、今週断続的に読み進めてきた、松浦理英子『ヒカリ文集』(講談社)を最後まで。

Saturday, April 16

曇天模様からの晴れ。朝食後に掃除と洗濯。今週は自転車ではなく電車に乗って九品仏駅まで。「成城石井」「Comme’N」「INFINI」で買いもの。帰宅後「INFINI」で買った苺ケーキと珈琲で休息。昼食は「にしきや」の筍と海老のココナッツレモンカレー。午后は自転車に乗って、近所の花屋で観葉植物と花を買って、図書館で本の返却と貸出を済ませ、スーパーマーケットで食料品を調達する。植物の植え替え作業。アイロンがけ。常備菜づくり。夕食、ホタルイカと春キャベツとブロッコリーとスナップエンドウのパスタ、バゲット、グルジアの白ワイン。山田五郎のYouTubeを視聴する。

Sunday, April 17

晴れ、だが天気は下り坂の予報。朝食、目玉焼き、ベビースナッチと紫玉葱とベーコンのサラダ、パンドミとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。自転車に乗って田園調布へ。「御鮓所 醍醐」と「Precce」で買いもの。自宅に戻って珈琲と読書。積読状態の購入本を消化する。ヨーゼフ・ロート『ウクライナ・ロシア紀行』(ヤン・ビュルガー/編、日曜社)、朴沙羅『ヘルシンキ 生活の練習』(筑摩書房)を読む。途中で挟んだ午餐は、大阪寿司とバッテラ、加賀棒茶。肌寒い一日。夕食、グラタン、トマトとベビーリーフのサラダ、エチゴビールの白。