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Monday, May 20

5月は長く感じる。

村田晃嗣『大統領とハリウッド アメリカ政治と映画の百年』(中公新書)を読了。いささか総花的な内容なので、書物としては『銀幕の大統領ロナルド・レーガン 現代大統領制と映画』(有斐閣)のほうがおもしろい。

東急線沿線のフリーペーパー『SALUS』が魚料理のレシピを紹介していたので、それを参考に本日の夕食は、サーモンのムニエル、ベビーリーフとレモン、ジャーマンポテト、オリーブ、バゲット、麦酒。

郵便受けに『MONOCLE』が届く。ハンブルクで印刷されるようになってから、以前にあった配送の遅延はなくなり、発売日にあわせて正確に届くようになった。さすがドイツだと言いたいところだが、そう考えるとドイツ鉄道のいい加減さはなんなのか。

夜、T字路s「Tの讃歌」を聴く。

Tuesday, May 21

朝から土砂降りの雨。

渡辺靖『リバタリアニズム アメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書)を読む。

「リバタリアン」という言葉が今日的な意味で広く用いられるようになったのも50年代だ。アメリカでは建国以来、自由主義、とりわけ政府による介入を自由への「障壁」と見なす考え方が主流だった。ヨーロッパ流の保守主義(国王や貴族などによる身分制社会を是とする立場)や社会主義(巨大な政府機構による平等社会を是とする立場)を否定し、政治的・経済的に自由な市民(デモス)による統治を国是としてきた。しかし、先述の通り、30年代以降、自由をめぐる政府の役割認識が逆転し、「大きな政府」を容認する進歩派が「リベラル」と称されるようになった。そこでアメリカ本来の自由主義を取り戻そうとする一派が辿り着いた言葉が「リバタリアン」だというわけである。
「リベラル」への対抗概念として「保守」という選択肢もあり得たが、当時のアメリカではそれは蔑称に近かった。53年にラッセル・カークが『保守主義の精神』を刊行したものの、経済学への言及に乏しく、かつエドマンド・バーク流の伝統主義が重視される一方、デヴィッド・ヒューム、アダム・スミス、トーマス・ジェファーソン、トーマス・ペインらの自由主義が軽視されるなど、リバタリアンの間では不評だった。加えて、イギリスでは「保守」は旧王党派のトーリー党を連想させることが多く、リバタリアンが描く自由主義とは相容れないものだった。

晩ごはん、白米、小松菜と玉ねぎの味噌汁、豚肉の炒めものと玉葱ドレッシング和え、ほうれん草のごま油炒め、麦酒。

夜、Quentin Sirjacq「COMPANION」とThrowing a Spoon「Bored to death」を聴く。

Wednesday, May 22

5月に入ってから私事が騒がしく日々の雑事の濃度が高すぎて、令和開始から一ヶ月も経っていないが、もうすでに令和を振り返りたい気分である。

忙しいときは、本を読んで心理的平穏を保つ。岩波新書ではじまった「アメリカ合衆国史」シリーズから、和田光弘『植民地から建国へ 19世紀初頭まで』を読む。

晩ごはん、豚肉のステーキ、しめじとオリーブオイルのソース、サニーレタス、バゲット、オリーブ、麦酒。

夜、クラフトビール特集の『メトロミニッツ』(スターツ出版)を読みながら、Hauschka「A Different Forest」を聴く。

Thursday, May 23

野村啓介『ナポレオン四代 二人のフランス皇帝と悲運の後継者たち』(中公新書)を読む。題名のとおりナポレオン一族の歴史を追う本だが、ナポレオン二世と四世なんてその存在すら認識していなかったので、勉強になる。ところで、ひさしぶりにいい「あとがき」にめぐりあった。

ただでさえ遅筆の筆者は、他にも複数の原稿執筆をかかえながら、まるで健康増進法の趣旨に抗うかのように机にむかいつづけ、四苦八苦して隙間時間をひねりだし本書の執筆をすすめた。とりわけ担当の吉田さんには、年末年始という俗事からの解放感に浸るべき至福の時を、本書の校正作業にあてざるをえない素敵なスケジュールをご提案いただいた。それは、故郷に帰省してのんびりすごすなどという甘い幻想を吹きとばすに十分な威力をもって筆者の怠慢心を粉砕した。末代にまで語り継ぎたくなるようなこの提案は、学生時代に味わった学位論文提出期限前の阿鼻叫喚地獄をふたたび体験させてくれた。もちろん、初心を思いださせてもらえたという意味では、かならずしも筆者にとって悪いことではなかった。

晩ごはん、ほうれん草とトマトとベーコンのパスタ、麦酒。

夜、『ベルリン・天使の詩』(ヴィム・ヴェンダース/監督、1987年)を鑑賞。繰り返し見ている映画だが、いつ見ても、天使から人間になる主人公ブルーノ・ガンツの姿よりも、天使のままでいつづけるオットー・ザンダーの哀愁のほうに惹かれる。

Friday, May 24

雑務で忙しい。西宮秀紀『伊勢神宮と斎宮』(岩波新書)を読む。晩ごはん、若鶏の手羽元の酒蒸し、クレソン、レモン、オリーブ、麦酒。

Saturday, May 25

イギリスのメイ首相が6月に辞職するとのこと。当初の報道では5月中に辞めるとあったが、来月にしたのは駄洒落にされるのを避けるためだろうか。

まだ5月なのに最高気温が30度を超えるという絶好の熱中症日和。六本木アートナイトの日だが、夜半に街を闊歩する体力も気力もないので、朝一番で美術館に向かう。国立新美術館で充実の展示の「ウィーン・モダン クリムト、シーレ 世紀末への道」を見てから、Fjordでチキンカレーを食べる。ピラミデビルとcompelx 665とAXISビルをまわってギャラリー遊弋。Lee Mingwei「The Tourist」(PERROTIN TOKYO)、アキラ・ザ・ハスラー+チョン・ユギョン「パレードへようこそ」(OTA FINE ARTS)、ゲルハルト・リヒター「PATH」(WAKO WORKS OF ART)、新里明士、田幡浩一「in light-Ceramic and Drawing」(Yutaka Kikutake Gallery)、「須田一政追悼写真展」(Zen Foto Gallery)、荒木経惟「梅ヶ丘慕情」(Taka Ishii Gallery Tokyo)、トム・サックス「Smutshow」(小山登美夫ギャラリー)、米田知子「アルベール・カミュとの対話」(ShugoArts)、宮本隆司「建築の黙示録」(Taka Ishii Gallery Photography / Film)。

FUJIFILM SQUAREで「色彩の聖域 エルンスト・ハース The Creation」を見てから、近くのスターバックスでエスプレッソアフォガートプラペチーノを買って、地下鉄で広尾に移動。エモン・フォトギャラリーでグループ展の「建築と光」を見てから、バスに乗る。バス停で地面の揺れを感じたら地震だった。OFS Galleryで「僕たちのすきなジョナス・メカス」を見る。

ふたたびバスで三田駅まで移動し、地下鉄で日本橋まで。迷路のような高島屋で買いものを済ませる。だんだん時間がなくなってきたので、タクシーで天王洲アイルの寺田倉庫に向かう。ドナルド・トランプ来日による交通規制が実施されていることを乗車後に気づいて不安になるも、さいわい渋滞に巻き込まれることなく目的地に到着。KOSAKU KANECHIKAで鈴木親「わたしの、東京」を見て、ANOMALYで合田佐和子の絵画と小谷元彦「Tulpa –Here is me」を見る。ところで、荷物用エレベーターで階を移動するのは面倒すぎるので階段を開放してほしいと、寺田倉庫に来るたびに思う。

夜、T.Y.Harberで夕食。

Sunday, May 26

高階秀爾『世紀末美術』(ちくま学芸文庫)を読む。晩ごはん、ひやむぎ、たこわさび、茄子のせいろ蒸し、かまぼこ、麦酒。