Tuesday, April 30
平成最後のベルリン。
ドイツ連邦議会議事堂(Reichstagsgebäude)を目指してアレクサンダープラッツ駅からバスに乗ったものの、乗るべきバスを間違えて、ポツダム広場の方へ行ってしまう。元の方面にバスで戻って、正しいバスに乗りなおしてようやく到着。時間ギリギリで間に合う。議事堂にある展望台は時間指定の事前予約制。国の施設なので空港並にセキュリティチェックが厳しい。展望台からベルリンの街を見わたす。快晴。
ブランデンブルク門から6月17日通りをまっすぐ見つめると、ヴェンダースの映画『ベルリン天使の詩』でおなじみの戦勝記念塔(Siegessäule)が小さく見える。すこし歩いて、正式名称は「虐殺されたヨーロッパのユダヤ人のための記念碑」と長い名前のついた、ホロコースト記念碑を見学。ベルリンの街を歩いていると、ドイツの負の歴史に関連するものに触れないでいるほうが難しい。近くのバス停を見つけて、絵画館(Gemäldegalerie)へ向かう。
中世から18世紀までの絵画を中心に展示している絵画館は、これまた巨大な美術館で、昨晩ぐっすり寝て体力がいくばくか回復したのに、ここでの膨大な作品群をまえにして、一気に疲れてしまった。ベルリンの巨大な美術館をめぐるのは、この地に一年間住んで、年間パスポートのようなものを購入して、折に触れて訪れるのが正解なのかもしれない。およそ20年ほど前、ベルリンに一年間滞在した平出隆は『ベルリンの瞬間』(集英社)のなかで、つぎのように書いている。
ブッセ並木道の入りくちから、そこが起点の148番のバスに乗って終点まで、ぼくが向うのは六月に開館したばかりのゲメルデガレリーである。その新建築の内部の広々とした壁面には、東西ベルリンが抱えた膨大なコレクションが再編されて、十三世紀から十八世紀までの絵画を収めるベルリン最大の絵画館として話題をあつめている。
開館間もない六月の終わりに、妻と二人で出掛けていって、あまりの大きさに入口で驚いて、カフェテラスでビールを飲むだけで帰ってきてしまった。
もっとも巨大なのは美術館だけの話ではなく、そもそも街全体が巨大なのだ。東京もロンドンもパリも(ニューヨークは行ったことがないので知らないけれど)、巨大な街ではある。しかしベルリンの大きさはそれらの街とはちがっていると感じる。なんというか、だだっ広いのだ。縮尺がおかしくなる感覚。美術館を出て、つぎの目的地に向かうためのバス停に歩くまでですら、疲れてしまう。先の引用のまえに、平出隆はこう書いている。
ベルリンが他の都市とちがう印象を与えるその第一は、すべてにわたっての大きさだろう。はじめてここを歩いたとき、大通りを二度立ち止まってようやく渡れたことに驚いた。空中ブランコができそうな天井の高さ、態度まで大きな家具調度、果てしない公園、無駄の域にも達している前庭中庭に驚いた。こんどはこれらにかさねて、木々の丈高さにあらためて驚いている。
巨大な建築物が並んでいたとしても、道の大きさが一定の感覚の範囲ならば、人は無意識にも建物の巨大さを測りながら歩くので、疲れは少ない。けれど、建物も並木も、車道も歩道も巨大であれば、それらのあいだの調和によって、大きさそのものの計測が狂うことになる。普通に歩いているつもりが、なかなかあの街角に着かない、という感覚に陥る。
そんな「巨人国」の第一印象が、ベルリンに対してあった。ところが、この視覚的印象は、もうひとつの気づきにくい錯覚をひそませてもいた。つまり、人間が大きいといったって高が知れているということである。「巨きな国」であっても、けっして「巨人国」ではない、ということである。いいかえれば、そこに住んでいるベルリナーにとってさえ、ベルリンという都市空間は、持て余すほどに「巨きい」はずなのである。覚悟しては来たが、二ヶ月歩きつづけて、その馬鹿でかさにあらためて溜息をつく。
テロのトポグラフィー(Topographie des Terror)を訪れる。かつてゲシュタポ本部場所だった場所が、現在は当時の状況を伝える資料館となっている。ナチスに関連する施設では、観光客とともに学校の課外授業と思われる集団をよく見かける。
すこし歩いて、東西ベルリンの境界線上に置かれていた国境検問所であるチェックポイント・チャーリーに向かう。このあたりは土産物屋が立ちならんで、資本主義の勝利を誇るかのようにほとんど観光地化している。
地下鉄でErnst-Reuter-Platz駅まで。Manufactumという素敵な雑貨屋を覗いてから、バウハウス資料館に向かう。バウハウス100周年という集客にもってこいの記念すべき年にもかかわらず、バウハウス資料館は工事中。意味がわからない。向かった先は一時的な施設で、こぢんまりとしたショップと展示のみ。せかっくなので立ち寄る。
ベルリン動物園駅までバスに乗って、カイザー・ヴィルヘルム記念教会を見たり、BIKINI BERLINを覗いたりしてから、早めの夕食。Dicke Wirtinのテラス席で、シュニッツェルを食べてビールを飲む。満腹。
夜、誰もいないホテルのラウンジでくつろぐ。