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Monday, April 8

肌寒い一日。通勤の行きも帰りも雨に降られる。

マルティン・ハイデッガー『存在と時間』(細谷貞雄/訳、ちくま学芸文庫)の下巻を読み終える。いちおう再読だが、わかるところもあれば、わからないところもあり、さっぱりわからないところもある。しかしハイデッガーの哲学は、どれほど深淵で高度に思弁的な叙述を開陳していようと、あなたのような人間に偉そうなことを言われたくないとのつっこみの余地を残すところがいい。

私はハイデガーを読み始めてから書くまでものすごく時間がかかったんです。ひどく興味はひかれていたものの読んでも分からないところがあり、しかもシュネーベルガーの『ハイデガー拾遺』などが出たあたりからでしょうが、ハイデガーのナチス時代の行動が洗い出され、最近はファリアスやオットやザフランスキーと伝記がいくも出て、それを見ると人柄もすこぶる悪い。なにしろ密告のようなことまでやるんですから。(笑) 自分のやっている哲学者は人柄も良くあってほしいと思うのですが……。しかしともかく、私はずっとハイデガーを読んできて、読めば読むほどすごいと思う。それである時腹をくくったんです。人柄は悪い、でも思想はすごい、それで何が悪い、と。(笑) そこを割り切らないといけない。

上記、ハイデッガーを特集した『現代思想』(青土社)1999年5月臨時増刊号での木田元の発言より。

晩ごはん、豚肉のしゃぶしゃぶと湯豆腐、白米、にしんと菜の花の酢漬け、麦酒。

夜、Edgar Moreau「Offenbach & Gulda: Cello Concertos」を聴く。

Tuesday, April 9

朝の読書、服部龍二『高坂正堯 戦後日本と現実主義』(中公新書)。

2024年度の上半期に紙幣の刷新を実施するとのこと。図柄は一万円札が渋沢栄一、五千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎になるそう。五千円札は「女性枠」にでもなったのだろうか。ダイバーシティを意識していることを対外的に示したい上場企業が、いささか形式的な風情で取締役に女性を登用している光景に似ていなくもない。

夜、レコードを聴く。雀の涙ほどのレコード棚から、Keith Jarrett Trio「Somewhere Before」とHank Mobley「Dippin’」。ところで先月、有楽町の阪急メンズ東京にレコード&オーディオショップ「ギンザレコード」がオープンし、タワーレコード新宿店にはアナログ盤レコード専門店「TOWER VINYL SHINJUKU」ができた。前者は世の中の趨勢に乗っかろうとした雰囲気で、後者は世の中の趨勢に逆らえなくなった雰囲気を感じる。

晩ごはん、白米、豆腐とかいわれの味噌汁、鯵の干物、人参と大根の昆布だし日本酒蒸し、納豆、白菜の漬物、麦酒。

Wednesday, April 10

春はどこへいった。冬に逆戻りのような気温で、一日中雨が降る。

服部龍二『高坂正堯 戦後日本と現実主義』(中公新書)を最後まで。本書の最初のほうで引用されている、高坂正堯と丸山眞男の接触について言及する入江昭の文章を読みながら、旧世代の知識人から継承すべき知的スタンスはこういうことだろうと強く思う。

高坂より20歳年長の丸山は、すでに日本の代表的知識人になっていた。それでも丸山は、高坂と入江と分け隔てなく接した。その模様を入江は、こう振り返る。

丸山教授はアメリカでもその見方を変えなかった。したがって日米関係・米ソ関係の軍事面などについて高坂さんと意見が対立したのは当然で、両者のあいだに思想的な合致点を見出すのは容易ではなかった。夜遅くまで議論を続けながら、結局意見の対立は縮まらなかったことが何度かあったのを私も覚えている。
しかし私が感銘を受けたのは、そのような意見の対立にもかかわらず、丸山先生が年下の高坂さんと真面目に話し合いを続けたこと、そして高坂さんも丸山氏の考えを理解しようと努力を続けたことである。もともと丸山教授の専門は日本政治思想史であり、西洋思想史にも詳しかったので、ヨーロッパの美術や文学、とくにチェーホフの劇作を愛好した高坂さんとのあいだには、共通の話題も多かったのである。(「半世紀前のハーヴァード、知識人の小さな共同体」)

晩ごはん、鶏肉としめじとトマトとほうれん草のコンソメスープ、麦酒。夕食を食べながらの映画鑑賞。『シャレード』(スタンリー・ドーネン/監督、1963年)を見る。『シャレード』は好きな映画で、細かいところを追えばサスペンスとしてもコメディとしてもロマンスとしてもやや杜撰なエンタメ作品ともいえなくもないのだが、この当時の映画の洒脱さがなんとも好ましい。

夜、自宅のレコード棚からJames Brown「Please, Please, Please」とBenny Goodman「The Benny Goodman Story」を聴く。

Thursday, April 11

朝の読書、小笠原弘幸『オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史』(中公新書)。

晩ごはん、白米、納豆、じめじとかいわれの味噌汁、豚肉の生姜焼き、サラダほうれん草、まぐろの刺身、白菜の漬物、麦酒。

夜、Lambert, Hendricks & Ross「Hottest New Group in Jazz」を聴く。渡辺亨『音楽の架け橋 快適音楽ディスク・ガイド』(シンコーミュージック)に載っている音楽をSpotifyで。これは是非ともレコードで聴きたいアルバム。

Friday, April 12

わたしは日本のシステムが嫌いなのだが、詰まるところそれは、民法が嫌いだということに尽きるのかもしれない。

読書。『オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史』のつづきと坂井榮八郎『ドイツ史10講』(岩波新書)を読む。

晩ごはん、白米、納豆、ほうれん草としめじの味噌汁、鯵のひらき、冷奴とかいわれ、白菜の漬物、麦酒。

東京大学の入学式における上野千鶴子の祝辞が話題になっているというので読んでみたところ、いささか挑発的なところとか、論理の展開に難があってつっこみどころを残すあたりとか、あいかわらずの上野千鶴子であった。上野千鶴子が穏当な祝辞など述べるはずもないことは東大当局側も織り込み済みであろうし、騒ぐような代物とも思えなかったのだが、それはそうと、上野千鶴子の言説が日本におけるフェミニズム思想の「代表」であるかのように受けとめられている状況は功罪あって、個人的には「罪」のほうが大きいと考えている。

Saturday, April 13

連日のように人身事故で都内の電車が止まっている。春になって、死にたくなる。

見頃は逃したもののまだ葉桜にはなっていない洗足池公園で桜を眺めて、東急池上線に乗って戸越銀座に向かう。駅から少し歩いたところにあるカレーの店「ストン」で昼食ののち、大崎広小路方面へ歩く。ブックオフを覗く。このあいだ図書館で借りた木村敏『時間と自己』(中公新書)があったので購入。

食材や日用品の買いものを済ませて、自宅で映画鑑賞。『間諜最後の日』(アルフレッド・ヒッチコック/監督、1936年)を見る。

晩ごはん、卵と海老のグラタン、ポテトとしらすのサラダ、鯛とミニトマトとみかんのカルパッチョ、ロゼワイン。

寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンド・ブックス)を読む。

Sunday, April 14

自宅シネマ。『三月生れ』(アントニオ・ピエトランジェリ/監督、1958年)を見る。イタリア映画のやかましさ(登場人物たちがうるさい)全開の映画である。

雑務と家事で一日が終わる。ラジオを聴きながらアイロンがけをしたりクローゼットを整理したり。

晩ごはん、ポーランド風餃子(ピエロギ)、紫玉ねぎときゅうりとスピナッチのサラダ、麦酒。