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Monday, November 17

以下、保坂和志『朝露通信』(中央公論新社)のなかでいちばん笑ったくだり。

飼っていた犬が年をとって夜外にいたら寂しいか不安かで鳴いて困った、すると里子伯母は自分の布団に入れて一緒に寝た、猫と一緒に寝てたときは猫がどこかから蛇をくわえてきて布団に入れて大騒ぎだった。英樹兄はすぐ飽きるが流行りものにやたら手を出した、アマゾンのミドリガメを飼い、次にワニを買ってきた、ワニはまだ手のひらにのる小ささだったが里子伯母はワニにびっくりして腰が抜けてオシッコを漏らした、英樹兄は面白がって親戚中に言いふらした。

腰が抜けたのは祖母だったろうか、おっかなくてびっくりしてションベンつんむらかしたのは伯母だったのは間違いない。みっともない、甲州弁で言えばみぐさい、ものすごく馬鹿馬鹿しい光景だ、僕は浮世絵を見るようだ、誰かに浮世絵にしてほしい。

「浮世絵にしてほしい」ってなんだ。『朝露通信』は読売新聞夕刊の連載小説で、あとがきで保坂和志が書くように「新聞小説は読む人は毎日読むわけでなくたまに忘れる、忙しければしょっちゅう忘れるだろう」なのだが、いま引用したふたつの段落は、連載として実際には二日にまたがっている箇所で、となると、前日を読み忘れた人は、いきなりなんだかよくわからない事態を浮世絵にしてほしいと吐露する主人公が飛び込んでくるって、なんだろうかこれは。

夜、タコとベーコンとかいわれのパスタ、赤ワイン。マリオ・ジャコメッリ『わが生涯のすべて』(シモーナ・グエッラ/編、和田忠彦+石田聖子/訳、白水社)を半分ほど読む。

内閣府発表の四半期別GDP速報によれば、実質GDPが前期比-0.4%、年率換算-1.6%とのこと。それは天気のせいさとサニーデイ・サービス風情で経済状況を判断している余裕はなくなるほどのひどい数字。

Tuesday, November 18

会社の昼休みに本屋にでかけて、『GINZA』12月号(マガジンハウス)の特集「本とコート」を立ち読みする。本特集の内容にそれほどの目新しさは感じなかったけれど、モデルに無茶な体勢をさせている「電子書籍とコートレス」と題した写真ページがおもしろくて(そのうちの一枚が表紙になっている)、誰が撮っているのだろうと思ったら、ああやっぱりという感じだけれど、横浪修だった。

家に帰って横浪修の写真集『assembly』を見返したり、届いた『ku:nel』(マガジンハウス)のページをめくったり。『ku:nel』を読んだら堀井和子がハードロック好きであることを知る。それも「産業ロック」と揶揄的に語られるようなハードロックが大好きだという。

夜、白米、人参とかぶとわかめの味噌汁、鶏肉と玉ねぎの甘酢醤油煮、トマトと大根サラダ、ビール。

Wednesday, November 19

帝国データバンクの大型倒産速報で、株式会社フランス映画社が破産手続き開始決定との報せが流れる。負債額が3800万円とつつましい金額なのが泣ける。大型倒産速報は原則として負債額30億円以上の倒産情報を掲載しているものなので、金額面からいえば本来はフランス映画社の倒産は「大型倒産」なんかじゃないのだけれど、話題性のあるものについては例外的に取りあげる。話題性はあるのだった。しかしそれは、ある確実な何かの終わりを告げる悲哀に満ちた話題かもしれない。

カナダ大使館の高円宮記念ギャラリーで「再結合:ナターシャ・マズルカ展」で見る。平日は10時から17時まで、土日は休み、水曜日のみ20:00まで開館という一般的な勤労者にはハードルの高いギャラリーなのだが、なかなかいい展示をやっている。今回のもとてもよかった。ポンピドゥー センターのような外付けのエスカレーターで建物を昇っていくと、赤坂、六本木の夜景も眺望できる。

夜、グリーンカレー、トマトサラダ、ビール。マリオ・ジャコメッリ『わが生涯のすべて』(シモーナ・グエッラ/編、和田忠彦+石田聖子/訳、白水社)を読了。

Thursday, November 20

安野モヨコ『監督不行届』(祥伝社)をいまさらながら読む。「早食い偉人列伝」というのを作成したいとつねづね思っているのだが、如何せん文献での調査が難しすぎる(たぶん誰も興味ない)ので、作業は難航している。いまのところ確認ができているのは、木村敏、フランソワ・トリュフォー。そして庵野秀明が加わった。

夜、塩ラーメン(ほうれんそうのおひたし、ねぎ、ハム、コーン)、ビール。

Friday, November 21

夜、白米、烏賊の塩辛、わかめとねぎの味噌汁、冷奴、焼き魚(かます)、ほうれん草のおひたし、にんじんのピクルス、ビール。iPadで『エコノミスト』誌を読む。

Saturday, November 22

『エコノミスト』誌のつづき。

午後、渋谷にむかう。移動中の読書は、トートバッグに放り込んだジュリアン・グラック『街道手帖』(永井敦子/訳、風濤社)。いくつもの断章が折り重なる、グラック最晩年の散文集を読む。

SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERSで、結局『GINZA』12月号を買ってしまう。あとコーヒーを特集している『&Premium』(マガジンハウス)も購入。コーヒーをめぐる暮らしまわりと蘊蓄とカフェを紹介するというよくある内容なのだが、よく訪れるカフェが紹介されていて誇らしいので、買った。誇らしいって、こちらはただのお客だけれど。古本として売っていた片岡義男『本についての、僕の本』(新潮社)と『歩きながら考える』step7もあわせて購入。葛西薫デザインの来年用カレンダーも購入。散財だ。

アツコバルーで石川竜一写真展「zkop」を見て、ブックオフに立ち寄りゴーゴリ『狂人日記』(横田瑞穂/訳、岩波文庫)と安野モヨコ『くいいじ』(文春文庫)を買う。

夜はUPLINKで映画を見るので、少し早めの夕食としてLIL’RIRE CAFEでハンバーガーを食べてヒューガルデンを飲む。それでも映画がはじまるまで時間をもてあましてしまって、ベローチェでオレンジジュースを飲みながら『街道手帖』を読む。断章のつづき。

映画は、ジョナス・メカス『時を数えて、砂漠に立つ』(1985年)。150分におよぶいつもながらの断章のような映像日記。音楽の使いかたが素晴らしかった。断章の本を読み、断章の映画を見た一日。

メカスの映画が終わりにさしかかるころ、地震があったようなのだがまったく気づかず。

Sunday, November 23

本日もUPLINKでメカス映画。夕刻、映画がはじまるまでのあいだ、併設のカフェTabelaでティラミスを食べてアイスコーヒーを飲んでから、『My Mars Bar Movie』(2011年)と『幸せな人生からの拾遺集』(2012年)の二本立てにのぞむ。

『幸せな人生からの拾遺集』(2012年)のあまりの素晴らしさに仰け反る。メカスのこれまでの映画日記の総決算でありながら、16ミリフィルムのノスタルジーを超えて、紛れもなく「今」の映画として屹立していることに感銘を受ける。

映画の後は、UPLINKそばの恋文酒場かっぱで夕食。