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Friday, August 15

ヘルシンキ – タリン – ヘルシンキ

今回の旅でやっと朝食にありついた。ホテルの食堂の窓からはヘルシンキの街並みが見下ろせ、路上を走るトラムの音が絶え間なく響き渡る。朝ごはんは、トマト、きゅうり、パプリカ、サラミ、ミートボール、ニシンの酢漬け、ピクルス、ゆで卵、ベリーのケーキ、ヨーグルトにベリーソースをかけて。大変美味しかった。北欧の野菜は“野菜”という概念が粉砕されるほど大ぶりで、みずみずしくて、味が濃い。きゅうりの太さはいつも食べているものの5倍くらい。5倍は言い過ぎか。

ヘルシンキ中央駅からトラムに乗って、船着き場であるランシターミナル駅まで。電車の中は人はまばら。このフェリーターミナルから、きょうはエストニアのタリンに渡る。フェリーターミナルは空港と同じように、トカーンとしたvacantな場所で面白い。出発ゲートをくぐると待合場所があり、ガラス窓の向こうにひろがる海が視界を満たす。ゲートの中には真っ赤なベンチが並んでいる。同じフロアにはレストランもあって、どうしたって脳内ではカウリスマキの映画のシーンがあれやこれやと浮かんでしまう。ゲートには一番乗りしたので最初は人影も少なく心細かったけれど、出発間際になったら観光客やらビジネスマンやら、隣国まで何をしに行くのだろうという普通の出で立ちの人々でぎゅうぎゅう詰めになった。ヘルシンキの人は、ちょっと隣町までという感覚でエストニアに行く、と読んだことがあるけれど、どうやらそれは本当かもしれない。

通路を500メートルほど歩き、大型フェリーのタリンク・シリヤラインに乗り込む。適当に人の流れについていくと、フロア一面カフェバーになっているところがあり、次々と人が座ってくつろぎ始めたので、我々も正面に海が見える席を陣取る。船の先端が巨大な窓で、進行方向に扇形に海が広がって、小さなステージではきっとバンド演奏などが行われるのだろうけれどきょうは何もなくて、でも船のモーターの音、かすかな振動、人々のざわめきはやむことなく、何とも形容しがたい高揚感をおぼえた。

しばらく乗客たちの様子を眺め、それから船内を探索してあちらこちらの窓から空と海面をひたすら見つめ、それほど早いスピードで走っているわけではないなあ、と考えデッキに出てみたら、ずいぶんと早いスピードで走っていて、約2時間で海を渡るのだから遅いスピードのわけはなかった、と己の浅はかさを憂うことに。デッキは風が強く、立っているとiPhoneやカメラ、メガネまでも吹き飛ばされそうだった。しかし強風に屈するわけにはいかず、ふんばって写真をいっぱい撮り、しばらく遠い水平線を眺めて、船内に戻った。

きょう、天気予報は雨や曇りと告げていたが、わたしが行くのだから晴れないはずがない。優しい太陽が海面をキラキラと照らす。薄水色の空と海。時折、繻子のような雲が空をかすめるが、それでもすぐ晴れる。

だんだんエストニアが近づいてくる。船内がそろそろ目的地に着く頃だ、とそわそわし始める頃、扇形の巨大な窓からタリンの街並が見えてきた。あの背の高い尖塔は聖オレフ教会だろうか。ああ、なんてワクワクする瞬間であることよ。到着するフェリーターミナルの右手に、船内からでもわかるくらい大きな、まん丸い気球が浮かんでいた。

タリン到着。パスポートチェックも荷物チェックも何も無く、あっさり入国できることに面食らう。シェンゲン協定が結ばれているとはいえ、旅のガイドには「フィンランドからエストニアに遊びに行くときはパスポートをわすれずに」と書いてあるのだけれど……。これはほんとにちょっと隣町までいってきます、という感覚だ。さて、ここからはひたすらタリンの街をめぐる。赤い屋根と街の中心分を囲い込む城壁、そして円柱型の塔が立ち並ぶ景色が独特だ。以下、訪れた場所。小さな街なので半日あればぐるっとまわることができる(とはいえ時間制限があるため、教会、お城、聖堂内には入らず。外から眺めるだけ)。

・ふとっちょマルガリータ
・ムンカデタグネ塔
・ヘレマン塔
・カタリーナの通路
・ヴィル門
・タムッサーレ公園
・ラエコヤ広場
・旧市庁舎
・聖ニコラス教会
・エストニア独立戦争戦勝記念碑
・キーク・イン・デ・キョク
・ネイツィトルン
・デンマーク王の庭
・アレクサンドル・ネフスキー聖堂
・のっぽのヘルマン
・トームペア城
・大聖堂
・展望台
・塔の広場

視界に入るすべてがものめずらしく好ましく、わたしはタリンの街がすっかり気に入ってしまった。展望台からのぞむ景色は市内が一望でき、その向こうには海、停泊している大型船、そしてタリンに近づく船上からも見えた、ゴルフボールのような白い気球も空に浮かんでいる。童話のような世界、という言葉はよく聞くけれど、そして何かに対してそう表現することにあまり同意できないことが多いけれど、この街に対してはその比喩を使っても正しいと思えた。とにかく豊かな緑と赤やオレンジの屋根の色が鮮烈だ。

歩き回って喉が渇いたので、お昼近くにオープンテラスの席でビールを飲む。何を飲むか迷って周りを見まわしたところ、多くの人がエストニアのビール、SAKUを飲んでいたのでそれを頼んだ。飲みやすく爽やかな味でとても美味しい。世界のビールは、飲むのも、ラベルや瓶の形を眺めているのも好きだから、各国の代表的なビールは東京に居ながらにして飲んできたけれど、エストニアのビールは初めてだ。これ、日本で売ってくれないかしら、絶対人気出るよ。その後、お腹もすいてしまったので、街の中心地であるラエコヤ広場に軒を連ねるたくさんのお店の中から、呼び込みでつかまったお店にそのまま入店。ニシンの酢漬けポテトのサワークリーム添えとチキンの串焼きを食べた。ビールは再びのSAKUを。エストニアの伝統料理ということで羊やうさぎ、イノシシや熊を使ったメニューもあったのだけれど、それらを試す勇気は出ず、結局北欧でもメイン料理であるニシンにした。これが実にふくよかで濃厚で、いままで食べたニシンの酢漬けの中でいちばん美味しかった。

一日タリン観光といいつつ滞在時間は7時間程度。タリンのフェリーターミナルもまた、だだっ広い、vacant! と言いたくなる場所で、なんとも素晴らしい。どこか殺風景な情景としてとらえてしまうのは、やはり旧共産圏という認識があるからなのか。出発まで、ぞろぞろ集まってくる乗船客たちを眺めて楽しむ。

このタリンからの復路で、今回の旅の最高の景色を目にした。そろそろヘルシンキに近づかんとする頃、一度はデッキにも出てみよう、とまた暴風の中を出てみたところ、はけで何度も塗り直したような、幾重にも濃淡を重ねたオレンジ色に染まった空を背景に、海上に多くの白いヨットが集まり始めた。みるみるうちに無数のヨットが視界を満たしていく。この時デッキに出ていた人はわずか5〜6人、その全員が我をわすれて夢中でシャッターを切っていた。日が沈んで世界が濃紺に包まれるまでの、ほんの一瞬のできごとだったけれど、儚くも夢のように美しい、どことなくアンゲロプロスの映画のシーンを想起させるようなこの光景をわたしは決してわすれない。

無事にフィンランドに帰国。ヘルシンキ中央部まで、暗闇に浮かぶ街の灯を数えながらトラムに揺られれば、気分はやっぱりカウリスマキ。