116

Thursday, August 15

きょうからデンマークとスウェーデンを旅する。今回の旅の目的は次の2つ。

1. デンマークのコペンハーゲンでヴィルヘルム・ハンマースホイの絵をめぐる。
2. スウェーデンのストックホルムでグンナール・アスプルンドの建築を愛でる。

良い旅になりますように。

成田 – ヘルシンキ – コペンハーゲン

8時半頃、成田国際空港第2ターミナルに到着。ターミナルからサテライトゲートへ行くためのシャトルに初めて乗った。なんとなくネコバスっぽい。昨年、7年ぶりに海外旅行をしたときの高揚感にはさすがにかなわないけれど、次々に“Departure”の表示が切り替わっていく電光掲示板や、出国審査後それぞれのゲートへ向かう通路、そして各ゲート特有のまだそれほど乗客が集まってきていないときの、あのトカーンとした、閑散とした雰囲気にはやはりとても、ときめく。あの、だだっ広い感じ。vacantという感じ。

今回の航空会社はフィンエアー。枕、毛布、背もたれのカバー、コップ、ナプキン、とすべてmarimekkoで、あらためてmarimekkoのブランド力を思う。ちなみにウニッコ柄の機体ではなかった、残念。もともと日本では見られる確率はそれほど高くないだろうけれど。長い長い助走を経て、飛行機が飛び立つ。離陸の瞬間は緊張と興奮と、そして多和田葉子『雲をつかむ話』に書かれた、飛行機が離陸する瞬間についての一文が頭をよぎる。

今回はすべての搭乗で窓際の席を獲得したので、離陸後、成田空港上空をぐるっとまわって何枚もの畑を見下ろし、千葉の砂浜が白い波に洗われるのを見て、東北に続く海岸線を見て、太陽に煌めく真っ青な海面を見ることができた。この一連の景色をきっちり胸にとどめる。

最初のおつまみタイムでは、ビール(アサヒスーパードライ)を飲む。おつまみスナックが美味しい。何でも美味しい。何を食べても美味しい。続く最初の機内食は、ハッシュドビーフ(ごはん付き)、ポテトサラダとミニトマトとハム、パンとバター、クラッカー、いちごゼリー、ミネラルウォーター、白ワイン、緑茶、珈琲にアイスクリームがついてもうお腹いっぱい。どれも美味しい。何を食べても美味しい。が、一度にこれほど何種類もドリンクを出されると、あまり水分をとらないわたしにとっては“水責め”である。

到着2時間前頃に二度目の機内食(ペンネとチョコレートとドリンク)が出る。皆そろってひたすらにペンネを食べ続ける様子に何だか可笑しくなる。他におかずがなく、ペンネの量がかなり多いため、ひたすら食べ続けるしかないのだ。ペンネ責めだ。わたしはペンネ大好きだからいいけど、嫌いな人には辛い。あとお年を召した方もちょっと辛いかも……、と思って周りを見たらスーツを着た品のいいおじいさんが完食して、デザートのチョコレートまでしっかり食べていたので驚いた。素晴らしい食欲だ。わたしは満腹でチョコレートまで食べられなかった。

客室乗務員さんは皆親切だった。特によくそばに来てくれた女性の乗務員の方はお母さん! と呼びたくなるような雰囲気で笑顔が気持ちよく、とても優しかった。5時間くらい飛行機に乗り続けると、同じ姿勢が続くためにだんだん身体が痛くなってくる。眠ることもできず、持参した本『トーベ・ヤンソン短篇集』(冨原真弓/訳、ちくま文庫)を読む。ヤンソンはフィンランドの作家で、今回フィンランドには乗り継ぎで降り立つだけだけれど、やっぱり北欧を代表する作家だし、何よりこの作家の作品には、海周辺のことを書いているのだから当然だけれども、“水”が溢れている。コペンハーゲンもストックホルムも水の都市だ。

途中、少し気分が優れない(というかとにかく身体が痛い)時間がありながらも、終えてみれば9時間45分のフライトはなんとなく短く感じる。飛行機に乗って時差を目の当たりにしたりして一定の時間を過ごすと、単純ながら「時間」というものについて考えてしまう。やはり帰国したら早々に読みさしの吉田健一『時間』を読まねばならぬ。

旅の途中では多和田葉子の書くものを思い起すことが多いような気もするが、そういえば「空港」という言葉についても、多和田葉子は書いていた。

でも、日本語の歴史には、考えただけで気持ちが明るくなることもある。たとえば、中国にもらった漢字を使って、日本で造られた熟語がたくさんあるということ。「社会」、「人権」、「個人」など、なかなかよくできている。これらの単語なしでは考えられないというくらい大切な単語ばかりである。しかも、その中には中国に逆輸入された単語もたくさんある。まだ逆輸入されていない単語でも、たとえば詩人の田原(ティエン・ユアン)さんに言わせると、中国語を母語とする人の目にも美しく見えるメイド・イン・ジャパンの漢字熟語が少なからずあると言う。たとえば「空港」。空の港。それは彼にとっては、中国語の「机场」より美しいと言う。

『飛魂』多和田葉子/著、講談社文芸文庫版あとがき「著者から読者へ」

着陸直前、高度をぐんぐん下げていくときにやたらふわーっ、と機体が浮く瞬間があって、胃がぐわり、とするたびに乗客の子どもが声をあげて笑う。これほどぐわりぐわり、ときた記憶はないのだけれど、わすれているだけかもしれない。

フィンランドのヘルシンキ・ヴァンター国際空港で乗り継ぎ。こじんまりとして良い雰囲気の空港だ。小さい空港は迷わなくて済むので嬉しい。シェンゲン協定により、ここで入国審査を受ける。初めて質問を受けた。「入国目的はsightseeing?」の問いに、「ハイ」。滞在日数も訊かれたので答えて、スタンプを押してもらう。ああ緊張した。時間があるので空港内を見学し、ムーミンショップでいくつか買い物をして、marimekkoのショップをひやかす。“GO TO GATE”の表示が出たのでゲートへ。短距離フライトの小型機に乗り込み、デンマークを目指す。この小型機、やたらと警報めいた音が鳴ったり機体の下でギュルギュルギュル…とかガガガガガ…とかいう音ばかりたてるので、ちょっと恐い。フードサービスはドリンクのみ。

デンマークに近づく頃、キラキラ光る紺碧の海を客船が白い波の尾を描きながら行き交う光景を見る。ここはバルト海なのだろうけれどどのあたりだろう、白い風車が10体ほど海上で一列に並んでくるくる回る、そのすぐそばを客船が進む。ああ、この景色を見たかった。わたしは相当な上空景色フェチというかマニアというか、飛行機から見る地上風景というものを偏愛しているので、ちょっとおかしいくらい陶酔してしまう [1]。わたしにとって旅の楽しみの半分は飛行機の中に存在している。

デンマークのコペンハーゲン・カストラップ空港に到着。快晴の様子に喜ぶも、荷物受け取りの場所がえらい遠いことに大変不安をおぼえる。飛行機を降りてからこんなに歩くのは初めてだ。いろいろな空港があるのだなあ。無事に荷物をピックアップ、往路のロストバゲージは逃れたと一安心。しかしここまできてしまうと後戻りが出来ない構造になっているようで、当初予定していた空港第3ターミナルでのコペンハーゲンカード [2]購入はあきらめることに。鉄道や地下鉄、バスへの乗り継ぎができるフロアまで出て、インフォメーションでカードを購入。街の中心部に出る鉄道はここから地下におりるとすぐホームがあるので(改札は無し)、デンマーク国鉄に乗ってコペンハーゲン中央駅まで。到着した中央駅構内を見渡せばマクドナルドにセブンイレブン、セブンイレブン、セブンイレブン、セブンイレブン。街中を歩いてもセブンイレブン、セブンイレブン。コペンハーゲンはセブンイレブン王国だった。セブンイレブンのウィンドウに貼られた食べ物の宣伝ポスターデザインも、何となく日本風味なのは気のせいか。

滞在するホテルに着いてチェックイン。部屋は十分に広くて清潔で、適度に年季も入った風情でいい感じだ。部屋に置かれたヤコブセン設計のセブンチェアはさすがに座り心地がよかった(1階ロビーの椅子はスワンチェアなのかな。ステキ。それに座る機会はどうやらなさそうだけど)。浴室も広々としてありがたい。天井が一面スピーカーになっていてテレビの音がお風呂にいても聴こえてくるのがよい。

日の入りは20時半頃。21時頃ベッドに入るが、これは日本時間では翌日午前4時。出発の朝は午前4時過ぎに起きたので、ちょうど24時間起きていたことになる。疲れがどっと押し寄せる。明日からの旅路に期待と不安で胸をふくらませつつ、ぐっすりと眠る。

  1. 当然、高いところが好きで、幼い頃からハンググライダーやパラグライダーに憧れ、山や高原で乗るリフトが大好きだった。もし理系に進んでいたら航空力学を勉強したかった。学生時代にハンググライダーとパラグライダーに挑戦する機会があったにもかかわらず機を逸したため、もうこの先思いを叶えることはないかもしれない。 []
  2. コペンハーゲンの観光に非常に便利なカード。ほとんどの交通機関と観光施設が無料になる。 []