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Monday, July 8

胃は復調した。夕食には、ごはん、しらす干し、大根と小松菜の味噌汁、サイコロステーキ、紫玉ねぎとピーマンの炒め物、切り干し大根とひじきの煮物、小ねぎと生姜をのせた冷奴、そして食後に桃を食べ(いっぱい食べたなー)、痛みはなし。

美味しく食事ができなくなる日が、その時がいつか来ることを恐れている。来るかもしれないし、来ないかもしれない。料理は好きで、料理をするにあたってはつくったものを食卓にずらっと並べていただきまーす! という瞬間を迎えることが原動力になっているけれど、何しろ料理は疲れる。ほんとにすぐに疲れてしまう(わたしが半ば気がふれたようになって「ハイター消毒! 熱湯消毒!」とかやったり手を洗い過ぎたりするせいもあるだろうけれど)。こんなに体力と時間と資源エネルギーと光熱費を消費する行為、食べたい! という気持ちをもって美味しく食べられなくなったら億劫で難儀でたまらないだろう。何によってじぶんを駆動させればよいのか。

などということを常日頃、グチグチと考えている。

Tuesday, July 9

きょうも東京は暑くて、気温は35度を超えて、3日連続の猛暑日となったらしくこれは観測史上初のことらしい。

戻り梅雨が訪れるかどうかが気にかかる。

昼間は橋本治を読み、夜はラジオ「Soul Searchin’ Radio」をリアルタイムで(録音じゃなくて)聴き始めてしまい、最後のコーナーでマンスリー特集としてクインシー・ジョーンズがかかるのをわかっていたので最後までちゃんと聴こう、と思い、そうすると本が読めない。ふと思うところあり読み返したいものがあったので岩波の『図書』を定期購読し始めた2012年8月号から最新号まで全部引っ張り出してきて、でもわたしは呆れるほど音楽を聴きながら読書ができない人間なので目次だけパラパラ見たりしていた。 ラジオが終わったあと蜂飼耳の連載だけをだーっと読んで、寝た。

Wednesday, July 10

ここ数日あまりの暑さにベランダに出すのを躊躇っていたシマトネリコの鉢を今朝は出してみた。先日買ったパキラは順調に元気でいるようだ。パキラはぷっくり膨らんだ根元に水を蓄えているので、土がからからに渇いたら水をやる、程度でよいとのこと。

夕ごはんは、レタスと焼豚としめじの卵チャーハンにビールを食し、実に10日ぶり(くらい)のビールである。美味し美味し。

就寝前、ジェームズ・ウェリングの写真集「ワイエス」を眺める。2012年3月にWAKO WORKS OF ARTで観た作品展で購入したもの。アンドリュー・ワイエスがたびたび描いたオルソン・ハウスのあるメイン州と、ワイエスが91年間住み続けたペンシルバニア州で彼が描いたものを写真におさめる試みで、ワイエスといえばまず、ほどけた輪郭、淡い色彩の水彩画を思い浮かべてしまうが、ウェリングの写真は肌理が細かく、木造家屋の壁の木目や枯れ木の枝の一本一本や樹皮の凹凸、ガラス窓を覆う水滴などがくっきり見えるかのようで、これはワイエスの見たものをつぶさに把握していく軌跡なのだろうか。このシリーズでこの作家を初めて知ることとなったが、調べてみるとWAKO WORKS OF ARTではこれまでにもう6度も個展が開かれていて、どの作品群にも興味をひかれる。フォトグラムを用いた作品、抽象的な作品よりも、日常的な事物、主に建造物や樹木や石などとじっくり向き合った静かな写真がより素晴らしいと思う。次はいつ開かれるのだろうか、待ち遠しい。

Thursday, July 11

ニュースによると、「東京都心では7月10日まで4日連続で35度以上の猛暑日を記録していたが、11日は34.5度が最高となり、観測史上初の5日連続猛暑日とはならなかった」とのこと。

コンビニの雑誌コーナーで立ち読みをして、『Hanako』の巻末の川上未映子のエッセイを読んだら運命の人と運命の髪型について書いていた。運命の人についていえばなにやら斜に構えてしまってマァ何をもって運命の人というかだよね、運命の人といったら何は無くともスピッツの名曲でしょう、わたしは昔カラオケで周りのみんながもう勘弁してくださいってうんざりするくらいこの歌歌いまくったよ、などと与太を飛ばしたくなるのだけど、運命の髪型っていうのはいいですね。川上未映子は芥川賞受賞のときのおしゃれなおかっぱ頭をよく覚えているけど実はあれはカツラだったそうで、ってこれはネットで調べるとすぐ出てくるから有名なエピソードなんでしょうね、わたしはこのエッセイで初めて知りましたけど。わたしはいまちょうどこのHanakoのエッセイのページに載っている川上未映子の髪型を少し短くしたくらいの、前髪をぱっつり切った真っ黒なおかっぱボブで、やっとじぶんにとっていちばん似合うであろう髪型に巡りあえたと思っていて、もうほんとになぜ三十余年も伸ばしたり染めたりシャギー入れたりレイヤー入れたり無駄なことしてきたんだろう、と思う。

でも大学4年生の冬に長かった髪の毛をばっさりショートにして、あれはほんとに楽しい出来事だった。じぶんじゃなくなったような気がして、短くしたあとしばらく夢心地だった。

夜、ごはん、しらす干し、長ねぎと大根の味噌汁、ホッケ、切り干し大根とひじきの煮物、キムチ、ビール。食後にクローゼットを整理し、中途半端に出しっ放しにしていた冬物をやっとこさしまう。衣類の整理ってどうしてこうも疲れるのだろう。

Friday, July 12

日が暮れかかる頃、京橋の国立近代フィルムセンターに清水宏監督特集を観に行く。まず展示室で「映画より映画的! 日本映画スチル写真の美学」を観る。日本映画の黄金期に活躍したスチルマンたちの作品を基軸に日本映画の誕生から現代までを追ったもの。先日ちょっとだけ小津の『東京物語』のシナリオを読んだだけで涙ぐんでしまったわたしは、原節子と笠智衆が並んで佇むスチールを観ただけでもやはり涙腺が緩んでしまって、困ったものだ。

カリガリ博士や虞美人草など映画史上初期の映画を簡単に紹介した1941年につくられた8分のフィルムを観た。徳川夢声がナレーションをしていたりする。観客はわたしひとりで(というかそもそも展示室は閑散としていた。いい展示なのにもったいない、曜日や時間帯のせいだろうか?)、映写機のまわるカタカタという音を聴きながら、ベルギー・オステンドのポール・デルヴォーミュージアムのプライベート・シアターとも呼べる小さな部屋のスクリーンで観たフィルムを思い出していた。その部屋には映画館用の椅子が4脚だけ置かれ、スクリーンでは仮面を付けた人々がオステンドの街を練り歩くお祭りを映した古いフィルムが途切れることなく流れていて、あの海辺の街で、いまもフィルムはまわり続けているだろうか。

時間になったので大ホールで『有りがたうさん』(1936年、日本)を観る。乗り合いバスが走る風景、バスの中から臨む景色、バスに乗り合わせた人々の断片的なエピソード、ただそれだけでこれほど豊かな映画になるとは、一体どういうことなのだろう。桑野通子の、ぽーんと投げ出すような物言いがとてもいい。「田舎の人は、義理堅いねえ」。それにしてもきょうは『有りがたうさん』を観に行くと決めていたから『有りがたうさん』で流れる音楽がずっと頭のなかで再生されていて、それはそれは幸福だった。

Saturday, July 13

毎朝毎朝暑くて目が覚めて、クーラーを強めにつけて部屋を冷やすけれど今朝はすぐにひんやりして、つけたり消したりを繰り返した。朝ごはんはブルーベリートースト、ヨーグルト、珈琲。

ファイルBoxにわんさか溜まったレシピの整理をしてみる。料理本のコピーや新聞の切り抜き、ネットのレシピをプリントアウトしたもの、スーパーでもらってきたレシピカードなどなど。全然終わらず1時間足らずで切り上げる。なんだか疲れてしまった。レシピもしまったままでは宝の持ち腐れだ。でもいくつかよさそうなレシピを発掘した。

『エドワード・ホッパー―アメリカの肖像』(岩波アート・ライブラリー)をじっくり読む。先日、ふと、エドワード・ホッパーの絵をゆっくり眺めたくなった。エドワード・ホッパーは大好きな画家だ。先日個展を観たアントニオ・ロペスもエドワード・ホッパーについてたびたび言及していたと展覧会図録に書いてあって、そのことが頭に残っていたのかもしれない。

お昼に素麺、ビールをいただいてから外出。写真美術館に向かう電車の中で、前に立った若い男性が長谷部恭男を読んでいた(『法とは何か』)。「日本写真の1968」という非常に硬派な展示を観たあと、ナディッフで『山田宏一写真集 Nouvelle Vague』(山田宏一/著、平凡社)を買って幸せになる。この本を手にいれること、本当に楽しみにしていたのだ。装丁も可憐で品がいい。カバーを外すとやわらかな桜色。ナディッフではこれと一緒に、これまたずっと読むのを楽しみにしていたリトルプレス『なnD』も手に入れた。美術館を出ると少し雨がぱらついていた。夕ごはんはRue Favartで、桃とズワイガニのサラダ、鴨のコンフィ、仔羊と野菜のクスクス添え、野菜のピクルス、チェコビールと赤ワインを一杯ずつ。近くの小学校でお祭りが開かれていて、どうやら屋上かどこかからささやかな花火を打ち上げたようで、突然、目の前に大きな花火が弾けた。ほんの数分だったけれど、手を伸ばせば届きそうなほど近くにくっきり見えて、これがこの夏初めて見た花火になった。

帰宅後、『Nouvelle Vague』を眺める。写真集のテキストによれば、2010年6月に神保町のGALLERY mestallaで開かれた「山田宏一写真展 『Nouvelle Vague』」がすべての始まりだったとのことなのだけれど 、このたび今回の写真集発売を記念して、同じ場所で「山田宏一写真展 『Nouvelle Vague』ふたたび!」が行われるそうで、何とも嬉しい。2010年当時、観に行って、写真のみずみずしさと生々しさと上品さにすっかり感動してしまったうえに受付に置かれていた芳名帳にわたしの尊敬する文筆家の方の名前があり、わわっ、これはご本人かしら! と興奮したことをよく憶えている。とにかくいろいろあって2010年初夏のこの展覧会はものすごく印象に残っていて、思い出すとちょっと泣けてしまうほどに懐かしい。また行きます、今回も、ふたたび。

Sunday, July 14

きょうははるばる立川まで。行きたい行きたいと思いつつも行けずじまいでいた都立多摩図書館(東京マガジンバンク)へ、ついに行ってみることにした。中央線は線路内工事かなにかの影響で10分ほどの遅れ。でも、そのおかげで電車の中で『橋本治という行き方 WHAT A WAY TO GO!』(橋本治/著、朝日文庫)をギリギリ読了。立川、来たのは実に17年ぶりではないか。立川には懐かしい思い出が2つだけある。10時過ぎに着いて駅前のカフェに入ろうとしたらランチは11時から。まあそうですよね。とりあえず入って珈琲とお茶で店内の雑誌を読みながら粘り、ランチの時間が来てからオムライスを注文。この時点で、なかなか図書館に辿り着けない! とじりじり。なんだか可笑しくなる。無事にランチを済ませて、バス停を探して乗り込んで、揺られること7~8分。やっと着いた、マガジンバンク! 入ってみると雑誌がずらりと並んでいて、普段は見かけないような雑誌もいくつかあったけれど、まあ、こんな感じかー、という感じ。雑誌創刊号コーナーは面白くて、創刊年代別にあれやこれやの雑誌が棚に面出しで置かれ、手にとって閲覧できるようになっている。『ユリイカ』(第2次というか1969年創刊のほう)の創刊号を読む。あと十代向けファッション誌の『nicola』創刊号の表紙のモデルが可愛いなあと手にとったらモデルはeriとなっていて、これはmotherのeriだろうか、パラパラめくっていたら、読物ページで深井晃子がファッションコラムを執筆していて、んまー、贅沢! と思った(ちなみに深井先生はオードリーの映画のファッションについて解説していた)。それから4時間、黙々と調べもの。閉館間近まで居座って、目が疲れて、ぐったりして図書館を出て駅まで戻る。駅ビルのお好み焼き屋で、豆腐サラダ、ミックス玉(卵、ねぎ、そばのせ)、海賊玉(烏賊、たこ、エビ)、玉ねぎステーキ、ビール。お好み焼きは久しぶりで、ものすごく美味しかった。帰りの電車ではリトルプレス『なnD』を読む。

今週の日記、やたらと「疲」の文字が目立つ。夏バテかしら。まあ、いつものことか。