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Monday, June 17

『芸術新潮』4月号(新潮社)ではフランシス・ベーコンが特集されているが、丸谷才一の遺稿「クリムト論」(未完)も掲載されている。丸谷才一はクリムトの風景画がとても好きだったのだそうだ。原稿はわずか数ページ、ほんとにわずか。しかし構想メモの豊かさに胸打たれる。すべて書き上げたものを読むことができたら、どんなによかっただろう。夜ごはんは、スパゲティナポリタンをつくって食べた。あと、赤ワイン、食後にアメリカンチェリーを数粒。

Tuesday, June 18

『暢気眼鏡・虫のいろいろ』(尾崎一雄/著、岩波文庫)を読む。

太陽は現在、駒ケ岳辺に没するが、これから更に南進して、二子山のあたりで沈むようになるだろう。冬至を境に反転して北上を始め、夏至の時分は、富士山の北、山梨県側に沈む。この往復運動の途次、富士の頭にのっかるのである。雨の日もあり、曇天もあるので、年に二回のその姿を必らず見るというのではない。むしろその機会は尠いが、長年のことだから、見ては居る。
「富士山を越えて往ったり来たり—。いつ頃からこんなことをやっているのだろう」落日で赤く染まった雲をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えることもある。第一、毎朝決って東の曾我山から出て来て、夕方は箱根の向う側へ—。天行健なり、の、これが見本なのかも知れないが、いったい何時までこんなことをやっているのだろう。
小学生だった頃、当時うちにいた六十位の老婢が、「一雄さん、箱根山の向うには、おてんとさまの抜殻が、うんと落っこってんだろね」と言ったことがある。「婆やはバカだね」と、理科で習った知識をひけらかした覚えがあるが、考えてみると、あの老婆は、今の私と同様、生きても生きても判らぬ人の世に、苛立のようなものを覚えたのではなかっただろうか。私はしかし、子供相手にそんな冗談を言う気は無い。(「日の沈む場所」pp.309-310)

とか、いいなあ。若い頃に酒・女・病という昔の文学青年の王道をきっちりやって放蕩に耽り、労苦を重ねただろうにこの人の書くものは不思議な明るさに満ちている。この明るさはどこから来るのだろう。諦めや哀しみも、この人のなかを抜けてくるとじんわりと温もりがある。

夕ごはんは、しらす干しをたっぷりのせたごはん、小松菜とミョウガとわかめと揚げ玉の味噌汁、カマス、ズッキーニ・マッシュルーム・スナップエンドウ・ハムのトマトソース炒め、キムチのせ冷奴、ビール。食後にアメリカンチェリー。

あまり体調が良くない気がしてなんとなく疲れが溜まっている気がして、本を読んでいるだけなのにどんな姿勢をとっても辛くて、結局ベッドで仰向けになるのがいちばん楽で、そうすると本が読めない。

Wednesday, June 19

夕べ読んだ尾崎一雄の短編のどれか(どれだったかな……)でも「朝なぎ」という言葉が出てきたけれど、午前4時台、5時台というのは静けさに満ちていて、窓の外に見える大木の葉も、そよとも動かないひと時がある。でも今朝は沖縄に近づいている台風のせいなのか風が強く、網戸越しに外を眺めていたら、舗道のハナミズキの葉が風にあおられてハラハラと舞った。薄緑色の腹を見せて、葉は乾きかけた水溜りの上に散った。

夜は、ごはん、豆腐とわかめの味噌汁、豚肉のソテーに夏野菜(ズッキーニ・茄子・ピーマン・玉ねぎ・赤パプリカ)の炒め物をそえたもの、きゅうりの梅おかかあえ、烏賊の塩辛、ビール。豚コマを炒めただけ、夏野菜を炒めただけ(塩胡椒、酒、にんにくをきかせて)、なのにどうしてこんなに美味しいのでしょう。食べ過ぎた。

チェーホフを読んでいたけれどきのうに引き続きどうしようもなく眠くて怠いので早々に寝る。

Friday, June 21

きょうは夏至。しばらくわすれていたけど、昨年の夏至はパリで迎えたのだった、そうだった。当時はそのことであれほど盛り上がったのに、想いは風化する。風化しても、想起されるたびによみがえればそれでもいい。

雨は一日中降り続いた。夜、イタリアンパセリを散らしたアーリオオーリオ・ペペロンチーノ、ビール。食後、買い物に行こうと外に出たら思いのほか雨足が強く、断念。傘を濡らしに外に出たようなもんだ、としょぼん。

刊行当時、喜び勇んで手にとったもののひろい読み程度で終わってしまったような気がする『パリ日記』(エルンスト・ユンガー/著、月曜社)を読む。このエルンスト・ユンガーというドイツの作家はまず、プロフィールがとても興味深い。第一次世界大戦での戦績を認められ勲章を受けたあとその経験をもとにいくつかの小説を発表。ナチスにも認められ、芸術アカデミーへ招聘されるも拒否。国防軍に復帰したところパリに転属を命じられ、占領下のパリの参謀本部で軍部と党の確執を記録したり関係書類を収集したりという任務を遂行、その年月を記したものがこの『パリ日記』。とはいえこの日記には参謀本部での活動についてはほとんどふれられておらず、書かれているのは日々の生活、読書のことや庭に咲く草花のこと、作家や画家、音楽家との交友録だ。翻訳者の山本尤の解説によれば、ユンガーは生涯において幾度も大きな変遷をくり返しているため、文学的評価もさまざまで毀誉褒貶も激しいが、もっとも素晴らしいのは「日記」なのだそう。まだ読み途中だけれど、たしかにいいのだ、これが。

夜、明かりを消すと、これから八時間か九時間孤独なのだと考えて、嬉しくなる。私は孤独の中へ、洞窟の中へのように入って行く。そしてときどき目を覚まして、孤独を楽しむのも好きだ。(p.21)

とか

夕方、マダム・リシャルドの庭。蜂が一匹、バラ色のハウチワマメの周りを飛び回っていて、花の唇弁の下にとまったので、重さで花が落ちそうになって、雄花がついている二つ目の細くて先が暗赤色の葉鞘がむき出しになった。雄花は脇の方から食べられ始め、色に導かれてのように先の方へ喰い尽くされていった。(p.36)

とか、いいではないか。ユンガーのプロフィールはもちろんもっともっと複雑なので、もう少し詳しく調べてみたいとも思う。

夏至の日が暮れてゆく。またあしたから刻々と日の出が遅くなり、日の入りが早くなる。なんて寂しいこと……、と思ったが、ふと調べてみると、

1年で日の出の時刻が最も早い日および日の入りの時刻が最も遅い日それぞれと、夏至の日は一致しない。日本では、日の出が最も早い日は夏至の1週間前ごろであり、日の入りが最も遅い日は夏至の1週間後ごろである。

とWikipediaにはあり、たしかにそういえばそうだったかもしれない。まあ何にせよ夏の早朝が好きなので寂しい。それにしても夏至だというのに今夜は肌寒く、久しぶりにふとんを被って寝た。

Saturday, June 22

午前4時45分起床。やっと晴れた、嬉しい。教会通りの教会の十字架も太陽の光を受けて輝いている。葉っぱの表面を夜半まで降り続けた雨の粒が転がっていく。雨あがりの美しさ。今朝は空気が乾燥していて、窓を全開にしているととても寒い。しばらくうだうだしてから昨晩取りやめた食材の買い出し。外に出てみれば強い日差しで肌が痛いくらいだ。朝食はめずらしくカフェでとった。

きょうは原美術館へ。品川駅前の、陽光を反射してテラテラ光る舗道は灼熱のコンクリートを予感させてクラクラきてしまいそうだったけれど、風は涼しく、日陰は過ごしやすい。日陰をえらんで歩いた。原美術館のレストラン、カフェダールで魚介たっぷりトマトリゾット、赤ワインを美味しくいただく。カフェはいつにも増してカップルだらけだった。ソフィ・カルはデートに御誂え向きなの?

「ソフィ カル — 最後のとき/最初のとき」を鑑賞。生まれつき盲目の人に「あなたにとって美のイメージとは何か」と問いかけたシリーズを制作したことがきっかけとなり、今回の「海を見る」(水に囲まれたイスタンブールに暮らしながらも海を見たことのない人々を海に連れ出し、彼らが初めて海を見た様子を撮影したシリーズ)と「最後に見たもの」(視力を失った人々に、彼らが覚えている最後に見たものと記憶について話してもらうシリーズ)が生まれたという。あらためて地図でイスタンブールの街を探してみれば、まさしく三方を海に囲まれた場所だ。海を見たことがないのは、多くがトルコの内陸部の出身で、働くのに忙しく海を見に出かけていくことができない、生活にそうした余裕のない人々だという。60歳、70歳になって初めて海を見た人は、一体どういう気持ちなのだろうかと観ているこちら側は想像する。でも、ある老人が海を見つめたのちカメラの方に向き直り、涙を拭うのを見たとき、本人の胸のうちを想像してみること、推し量ってみること、推量してみること、それらを試みることがひどくいたたまれない行為のようにも思えてくる。イメージすること、イメージしないこと、イメージできないこと、イメージしないでおくこと。軽々しく「イメージしてごらん」と言わないでおくこと。その違いを思う。良い展示だった。

地下鉄で溜池山王に移動し、アークヒルズのスタバで休憩してから、小曽根真とゲイリー・バートンのコンサートを聴きにサントリーホールへ。小曽根さん、バートンともにコンサートを聴くのは初めてだ。開場して間もなく、2人が出てきてトークショー(?)が始まったのにはびっくりした。よくこういうことをしているの? とにかく着席していてよかった。コンサートが始まり演奏を聴いていて、小曽根さんの生み出す音は物事を肯定する力を持っている、と思った。非常にクリアでタフで、弾けっぷりはちょっと日本人離れしていて、とにもかくにも上手くて、あんぐりと口を開けて聴き惚れてしまった。僕は若い頃はとにかく世界一早弾きできるピアニストになりたかった、音楽性なんかどうでもよかった、そういうじぶんを曲にしてみました、と紹介した曲にはとりわけ大きな歓声が上がった。この若かりし頃のエピソードは前にもラジオでもしていたね。このエピソード、好きだなぁ。ゲイリー・バートンは小曽根さんのお師匠さんてこともあって、温かい身のこなしが微笑ましかった。演奏が素晴らしいのは言わずもがなで、まあとにかく一流のパフォーマンスにふれて拍手を忘れてしまうほど心酔した。それにしてもヴィブラフォンという楽器の不思議さよ。 地元まで帰ってきて、素晴らしいきょうの締めくくりにすべく、お気に入りの焼鳥屋に向かったら満員で入れず。シュンとして、おとなしく自宅で夕飯。冷やしうどん、肉じゃが、キムチ、ビール。

Sunday, June 23

晴れ。朝から台所仕事と掃除。洗濯機を3回くらいまわして、洗濯物を干して干して干しまくる。それが済んだら掃除の続きをして、再び台所へ。生活は反復なり。夕べの小曽根さん&ゲイリー・バートンの余韻に浸りながら、蒸しにんじん、茹でキャベツのおかかあえ、ポテトサラダ、じゃがいものオイスターソース炒め、などなどつくる。夕ごはんの下ごしらえも少ししておく。なんやかんやと立て込んでごはんは朝昼兼用にしたのに、これだけ動くとでごはんのまえにもう一杯飲みたくなってしまう。困ったもんだよ。でも最近、昼間飲むお酒に少し弱くなったような気がして悲しい。

やっとありついた朝昼兼用ごはんは、ソーセージ、ザワークラウト、ルッコラと紫玉ねぎのサラダ、アップルカスタードパイ、ビール。食後もふとんのとり込みや、クローゼットの大がかりな整理をしてくたびれる。昼下がり、近所のカフェへ行き、またチェーホフをちびりちびりと読み、『図書』6月号(岩波書店)の残りを読んで、伊藤比呂美のタンブルウィードにまつわる話が面白くて面白くてたまらず、唸る。伊藤比呂美の連載「木霊草霊」は毎号毎号素晴らしく面白い。

いくつか用を済ませてからいつもの花屋に寄り、薄紫色をしたアザミと百日草、そしてパキラの鉢植えを買う。パキラといえば昔、友人がパキラにまつわる脚本を書いて、あらすじはすっかりわすれてしまったけれど、そのなかのある箇所だけ、不思議なくらいよく覚えている。変なの。魚と日用品も買って帰宅。洗濯物を整理して、夕ごはんの支度。注文していたビール3種類、水、烏龍茶がどっさり届いてふくよかな気分になる。きょうの夕ごはんは、ごはん、豆腐のお吸い物、お刺身の盛り合わせ、蛸(塩もみきゅうり、ミョウガ、わかめを添えて、ポン酢をかけて)、きくらげと舞茸と卵の炒め物(生姜と長ねぎと赤唐辛子の香りをきかせて)、ビール。よく働いた一日。