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Monday, April 8

机上に積んだマックス・ヴェーバーの邦訳を上から順番に崩してゆく。手始めに読了したのは『職業としての政治』(脇圭平/訳、岩波文庫)と『職業としての学問』(尾高邦雄/訳、岩波文庫)。どちらも言わずと知れた高名な講演録。前者は、正当な暴力の独占(=暴力装置)として国家を定義するヴェーバーの権力観についてむかし学んだことをぼんやりと記憶していたから辛うじて「再読」している雰囲気を醸し出せたものの、後者は、すっかり内容を忘れていたのでほとんど初読の気分で臨む(記憶の捏造でもしかしたらほんとうに初読かもしれない)。

『職業としての学問』を読むと、冒頭、ドイツとアメリカの(若手)研究者の環境のちがいについてヴェーバーは説くのだが、詰まるところは金の話(給料が払われるか否か)で、ずいぶんとまた生々しいというかしみったれたというか現実的な問題としてはなるほどたしかに大切なことなんだろうけれど、そんな話ではじまる講演は、終盤、旧約聖書のイザヤ書からの引用につづけて、

かく告げられた民族は、その後二千年余の長きにわたって、おなじことを問い続け、おなじことを待ちこがれ続けてきた。そして、この民族の恐るべき運命はわれわれの知るところである。このことからわれわれは、いたずらに待ちこがれているだけではなにごともなされないという教訓を引きだそう、そしてこうした態度を改めて、自分の仕事に就き、そして「日々の要求」に——人間関係のうえでもまた職業のうえでも——従おう。このことは、もし各人がそれぞれその人生をあやつっている守護霊(デーモン)をみいだしてそれに従うならば、容易にまた簡単におこなわれうるのである。

とずいぶんとまた大仰な吼えっぷりで終わる。しみったれた話はどこかへ行った。

Wednesday, April 10

iPad miniを買う。

Thursday, April 11

iPad miniをいじる。

Friday, April 12

多少なりとも文芸に関心のある者にとって、村上春樹に対する立ち位置(好き/嫌い/よい読者ではない/無視)を示さなければならない状況から逃れる術はないのだろうか。村上春樹をめぐる磁場すべてから逃れる術は。

Saturday, April 13

表参道近辺を闊歩する際の服選びは、シトウレイに声をかけられ写真を撮られる可能性をつねに配慮しなければならない。シトウレイ対策。

スパイラルで澁谷征司の個展「RIVER RIVER」を鑑賞。見ているとどうしたって写真集『DANCE』(赤々舍)が欲しくなるというものだが(『BIRTH』はもってる)、財布の中身との議論の結果、我慢するという結論に至り、昼食のためCAFE Z.へ向かう。注文は、アボカドハンバーグとパプリカシチュー。

食後、青山ブックセンターを冷やかしてから、ジョナス・メカスの映画を二本『リトアニアへの旅の追憶』(1972年、アメリカ)、『ロスト・ロスト・ロスト』(1975年、アメリカ)を鑑賞。イメージフォーラム3階の、会議室に置いてあるようなあの椅子に座って4時間半。

Sunday, April 14

DIC川村記念美術館で「BLACKS ルイーズ・ニーヴェルスン | アド・ラインハート | 杉本博司」展。川村美術館でいちばん好きなのは、常設展でも企画展でもなく、企画展を抜けたあとの廊下のソファから庭の樹々を眺めることかもしれない。