78


Tuesday, November 20

「書物」の形態ではもう一生読まないかもしれない古典作品にふれるためのプラットフォームとして、キンドルを買う。手始めに読んだのは漱石の「入社の辞」。

大学で講義をするときは、いつでも犬が吠えて不愉快であった。余の講義のまずかったのも半分は此犬の為めである。学力が足らないからだ抔とは決して思わない。学生には御気の毒であるが、全く犬の所為だから、不平は其方へ持って行って頂きたい。

Thursday, November 22

『クウネル』(マガジンハウス)をひらくと堀江敏幸が早稲田大学の研究室でインタビューを受けていて、相変わらずの仕事依頼を断らないっぷりが発揮されている。インタビューを読むと、この人はいったいどこまで本心を語っているのだか疑わしくなるようなことを言っていて、いよいよ堀江敏幸が赤の他人とは思えなくなってくる。

Friday, November 23

いまさらながら名著の誉れ高い『日本人の英語』(マーク・ピーターセン/著、岩波新書)を読んでいる。近年はネイティブの感覚を論じる文法書がけっこう出ているようだけれど、八〇年代終わりに上梓された本書でほとんど事足りているように思う。

Saturday, November 24

東京都写真美術館で「北井一夫 いつか見た風景」と「操上和美 時のポートレート」を鑑賞ののち、弥生美術館で開催中の「田村セツコ HAPPYをつむぐイラストレーター」へ向かう。弥生美術館の二階展示室にいたら、定年を超えたあたりの年齢と思わしき夫婦が、なにやら血相を変えてウロウロしている。とりわけ夫のほうの落ち着きがない。「ない、ない。あれ? ないよ」などと、ぶつぶつ言っている。一体何が「ない」のだろうと不思議に思っていたら、夫のほうが近くにいた人に質問した。「弥生美術館ってどこですか?」と意味不明なことを訊いている。そして、あなたのいるここが弥生美術館ですけど、という当然の回答に対するリアクションがすごかった。「えー! 弥生美術館って弥生土器を展示している美術館じゃないの? 騙された!」。騙されたらしい。誰に騙されたのだろう。

夕方、東大の本郷キャンパスをしばし散策。三四郎池のちかくでKindleを取り出して『三四郎』をひらいてみる。