で?

「青山のラットホールギャラリーはジャック・ゴールドスタインの展示でした。ちょうどわれわれがギャラリーに入ったとき他に誰も観客がいなくて、作品がフィルムで撮られた映像なのでギャラリーの人がわざわざ映写機を動かして上映してくれましたね。あれ、人がくるたびに動かしてるんでしょうか?」

「たぶんそうなんでしょうね。わたしたちのために上映されているようで贅沢な気分を味わえましたけど」

「ジャック・ゴールドスタインって人、いままでよく知らなかったのだけど有名な作家なのでしょうか?」

「ギャラリーに置かれたペーパーを読むと、「彼の作品はいまだ多くのアーティストに多大な影響を与えています」とありますね」

「でも「日本で目にするはじめての機会」とも書いてある。多大な影響を与えたのに日本初公開」

「うーん」

「いまネットで検索したら、さっき観た映像作品の大半がUBUWEBで公開されてるようですね」

「日本初公開だけど」

「ネットでは見れる」

「でもフィルムで観れてよかったです」

「では具体的に個々の作品について追っていきましょうか」

(出典)
UBUWEB  The Films of Jack Goldstein

Portrait of Pere Tanguy

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「これは……絵を描いてますね」

「観たままですねー。絵を描いている姿っていうモチーフは好みです。最初は当然、描いていく筆先に注目して観始めましたが、いつの間にか音のほうが気になってしまって。ペンと紙にせよ絵筆とキャンバスにせよ針と銅板にせよ、摩擦音とともに造形が生み出されるというあたり前のことに思い至りました。この人、けっこう音に凝ってますよね。映像作品とはべつの場所にレコードを並べた展示がありましたね」

「音の生々しさが際立ちます。映像のみならず音にも注目すべきかもしれない。

「レコード、それはイメージとして音を出す。だから私はそれらを映像 pictures として見るのです」と作家自らが言うように、ゴールドスタインはサウンド・メディアそしてビジュアル・メディアの両面においてレコード作品を捉えています。

と説明されてるし」

White Dove

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「鳩がでてきました」

「鳩はともかく、にゅーと出てくる人の手はなんでしょう」

「鳩が急に落下しちゃって。なんだか不自然な動きに見えましたけど」

「いや、あの落下の仕方は自然ですよ」

「鳩にくわしいですね」

「飼ってましたから銀鳩を7羽も」

「鳩のことなら任せてくれと」

「でもなんであんなに人の手が近づくまでキョトンとしてるんだろう、鳩って。やっぱり鳩ってニブい! 手品とかで鳩を出しますよね。たとえば犬だったら、とてもじゃないけどあんなに人間の思うがままに仕込みに使うなんて無理です。身体の大きさとか理由はいろいろあると思いますけど、鳩は脳みそが小さいから状況がよくわからなくてされるがままになってるって話ですよ。ほんと鳩ってバカなの。ほんっとおバカなの鳩って」

「ボロクソ言ってる」

「だから可愛いんですよ! できの悪い子ほど可愛い。やっぱり鳩が好き」

「何の話ですか」

The Knife

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「5分以上あるこの作品、観終わったあと、で? と言いたくなりました」

「ほんと、で? ですよ」

「この人、で? と言いたくなる映像ばかりつくってますね。おもしろいんだけど」

Shane

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「犬ですね」

「だから観たままですって」

「ワンワン吠えてますけど。なんでしょうこれは?」

「さっぱりわかりません」

「現代美術で「意味がわからない」って感想は無粋だと思うけど、意味がわからないとしか言いようがないかも、これ」

「こういうのって、学生がおふざけで撮ったものと何がちがうのだろう? と思ったりしちゃうんですけど。この作品単体だけだと、ちがいってわからないですよね」

「先駆的にやったってことに意義があるのでは? 現代美術は先にやったもん勝ちですよ」

Ballet Shoe

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「バレエシューズ」

「これも意味がわかりません! でも不思議と気になる! トウシューズ可愛い! 憧れアイテム」

「なんでしょうね、この気になる感は」

「でもやっぱり、観終わったあとは、で? と言いたくなります」

The Chair

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「この作品、7分以上あってちょっとしんどかった」

「そして観終わったあとに思うのは、やっぱり、で? ですものね」

「この人の作品タイトルって「椅子」とか「ナイフ」とかワイズマンの映画みたいですね」

Butterflies

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「小学校低学年のお遊戯とかでこういうのやった記憶がありますね」

「さっきからまったく知性を感じさせない感想ばかりになってますが大丈夫でしょうか」

MGM

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「ガオー」

「これって映画制作会社MGMのロゴのパロディですよね」

「そうですね。そもそもタイトルがMGMだし。繰り返しで笑いを誘う。でもこれ、散々繰り返して観るほうの笑いが潮をひいてるのにまだやってますよね。しつこいなー」

「しつこいところがお笑いじゃなくて現代アートでしょうか」

Bone China

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「これわりと普通に映像作品っぽいですよ!」

「もう普通ってなんだろうという気がしてきました」

The Jump

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「さて、あっという間に最後の作品です。これ、説明読むと、「レニ・リーフェンシュタールのオリンピックドキュメンタリーを基にして制作された」と書いてある。素材は『オリンピア』ってことですね」

「え? 意外と深い?」

「「アニメーション技術に由来するロトスコープで撮影され、ほぼ光だけで構成されており、イメージから参照項を取り去る顕著な例」とのこと。実はどれもいろいろちゃんと考え抜いたものばかりなのかも」

「で? なんて言ったら失礼でしたね」

「ほー! と言わなきゃいけなかった。ゴールドスタインさんに謝ったほうがいいですよ」

「ごめんなさい m(_ _)m」

2012年2月18日 渋谷区神宮前 パンとエスプレッソと にて ( 文責:capriciu )