An Inside Story of 'capriciu'

text by SOGABE Kazumi

うっかりかわいい、ではないのである。 ここではわたしがいかに明確な意志をもってルーマニア語のことばをタイトルとして採用したかを説明したいと思う。

昔から辺境が好きである。 とはいえ、日本国内でいえば、好きな街は東京、鎌倉、京都、金沢と人気観光地のオンパレード。しかし2001年9月1日、海外渡航経験がなかったわたしが突如海をこえる経験をしたいと願った目的地がニューヨークだった。そしてその10日後に起こったあの出来事により、常識的な対応としてその計画は頓挫した。 でもそれはわたしにとってあらかじめ決められていたことなのかもしれなかった。辺境というと語弊があるかもしれないが、いわゆるアメリカ、フランス、イギリス、イタリアなどよりも俄然、ハンガリー、チェコ、ルーマニア、ブルガリア、バルト三国、クロアチアなどどちらかといえばマイナーな国々に魅力を感じていたのだから、最初に足を踏み入れる場所としてはそれらの国々であるべきなのかもしれなかった。

突然の海外渡航熱沸騰から4年後の2005年、ひょんなことから半月間、海外で過ごすことになった。 行き先はひょんなことからポーランドである。それだけだと間がもたないため、ベルギーとフランスもあわせて訪れることにした。 いきなり抱き合わせが超メジャーなフランスとなったわけはまたいつかお話するとして、好みである東欧・中欧諸国のひとつ、ポーランドを訪問できたことはこのうえない喜びだった。

何がいいってポーランド、食べ物とビールが美味しい。ピェロギ(疑似餃子)、グヤーシュ(ビーフシチュー)、蓋つきパイに入ったマッシュルームスープ、ジューレック(ライ麦ベースのスープ)……ジューレックはインスタント食品を大量に購入して日本に持ち帰った(しかし本当の美味しさは当地で味わってこそ、である)。ビールもZywiec(ジヴィエツ)、Tyskie(ティスキエ)など、味だけでなく名称もチャーミング。

食べ物だけではない。煉瓦の罅まで復元されたという首都ワルシャワ、旧市街にそびえる教会や城館、王宮、「ポーランドの京都」と呼ばれる古都・クラクフ、地下の洞窟に残された教会そのものおよびシャンデリアや絵画などがすべて塩でできているといわれる名所(奇所)ヴィエリチカ岩塩採掘場、そしてアウシュヴィッツ……。世界遺産探訪の荒稼ぎである。しかもクラクフといえば、映画監督クシシュトフ・キェシロフスキの傑作「ふたりのベロニカ」の舞台のひとつとしてとりわけ思い入れのある地だ。

訪れたのはちょうどクリスマスの季節だった。Wikipediaによると、ポーランドはクリスマスのガラスの飾り物(狭隘にも程があるカテゴリー)の生産量が世界一なだけあって、クリスマス市はとても盛況である。ステンドグラスの素材でできたオーナメントや木製の人形。スパンコールでリーフやリボンの描かれた、金銀に輝くぽってり丸い飾り物は“ボンプカ”というらしい。かわいい! 「ちょっと人とはちがった洒落っ気や趣味をもつ文化系女子」としての血が騒ぎだしたことはいうまでもない。

で、ルーマニアだった。そうだった。ルーマニア、いいですよね。

東欧・中欧を愛でる精神はひきつがれ、かの地のグルメを探訪すべく、帰国直後にわたしは銀座にあるルーマニアレストラン・ダリエに行ってみた。 おびただしい教会が存在するルーマニアらしく、店内には天使や聖女の肖像画が飾られている。この地方独特の酸味のきいた味付けのスープ、パプリカのクリームソース、素朴な肉料理などをしばし堪能。またルーマニアゆかりの小物やアクセサリーも売られており、落ち着いた色合いのブレスレットを購入した。 このたびのホームページ立ち上げにあたってふたたびルーマニアとの邂逅を果たしたのを機に久しぶりにダリエを訪れたら、またそのブレスレットが売られていた。時がとまっている感じが好ましい。ブレがない。ちなみにわたしはそのブレスレットをずっとハンガリー産だと記憶していたが、なぜそんな事態になったのだろう。日本有数のルーマニアレストランであえてハンガリーのアクセサリーを売るという倒錯した状況は考えにくい。人の(わたしの)記憶はあてにならない。

わたしのメールアドレスはポーランド語のアナグラムであり、ID、パスワード、なにかとポーランド語を採用するよう心がけている。 今回ホームページのタイトルを決めるにあたっても、まず日本語で「気紛れ」と意味を定め、あとは字面と語感で検討を重ねるべく、早速「気紛れ」をポーランド語に翻訳。Google翻訳がはじき出した語は「Kaprys」。悪くない。うーん、悪くない。でも、もう少し調べてみよう。たとえばルーマニア語だったなら。

ルーマニアもポーランドもちかいちかい。ざっくりわけて、ヨーロッパの真ん中から東のあたり。あのへん。そうそうあのへんの。 iPhoneの液晶に浮かび上がる「capriciu」。まるっこいcが2つ、ぴこんとしたiが2つ。あら、うっかりかわゆす。

ルーマニアもいろいろ調べてみると、なかなか良い国であるらしい。知らないことを知ることはたいていの場合、素敵なことだ。そんな愉しみをおぼえるきっかけとなったポーランドもぜひ再訪したいところ。次はバルト海をのぞめる港町グダニスクへ! と、どこまでもポーランドネタでつづけたい明確な意志がわたしにはあるらしい。