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Monday, May 2

連休の谷間はカレンダーどおりの出勤。通勤電車は少し空いている。翌日からの一泊二日の小旅行にあたり、旅の準備として吉田健一『汽車旅の酒』(中公文庫)を読み返す。あすの旅は東京駅で駅弁を買うことからはじまるので、つぎのくだりを聢と受けとめたいと思う。

子供の頃に駅弁を買って貰って旨かったのが、大人になるとともに薄れず、駅弁を買うのを旅行する楽みの一つに数えることが出来れば、そういう人間は健康であって、西洋料理でも何でも、世界の珍味に浸るに足る、ということが書きたかったのである。料理のことを知るのに従って、駅弁などまずくて食えないというような通人の仲間入りを我々はしたくないものである。(「駅弁の旨さに就て」、p.130)

日本郵便が土日祝日の郵便物の配達を休止してしまったので、これまでであればとっくに到着したはずの郵便物が平日に一挙に届く。『週間読書人』(読書人)と『図書』(岩波書店)と『UP』(東京大学出版会)。夕食、negombo33監修のポークビンダルー、麦酒。報道でロシアのラブロフ外相が「ヒトラーにはユダヤ人の血が流れている」と発言して物議を醸していると知る。これは手塚治虫『アドルフに告ぐ』のリバイバルヒットを狙った販促活動の一環と捉えればよいのだろうか。

Tuesday, May 3

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」見学のため京都訪問の小旅行。早朝に目を覚まし身支度をして、スーツケースを引き摺り最寄駅に向かう。山手線で東京駅着。毎度観光地に比肩する賑わいをみせる東京駅構内の駅弁販売店「祭」で、「芝寿し」の笹寿しを買う。ほぼ始発の東海道新幹線に乗車するも指定席は満席とのこと。車内で駅弁と焙じ茶の朝食。「併し兎に角、旅行している時に本や雑誌を読むの程、愚の骨頂はない」(『汽車旅の酒』、p.27)という吉田健一の旅のスタイルに逆らって、新幹線の車内では持参した雑誌と文庫本に目をとおす。『図書』5月号(岩波書店)、『UP』5月号(東京大学出版会)、森岡督行『800日間銀座一周』(文春文庫)。8時15分京都駅着。晴れ。駅前からタクシーで「新風館」に向かって、宿泊する「Ace Hotel Kyoto」に荷物を預ける。地下鉄東西線で烏丸御池駅から蹴上駅まで移動。蹴上インクラインを歩いてKYOTOGRAPHIEスタート。「サミュエル・ボレンドルフ/人魚の涙」(琵琶湖疏水記念館)を見学してから、平安神宮方面へ。京都市美術館別館で「アーヴィング・ペン/Irving Penn: Works 1939–2007. Masterpieces from the MEP Collection」を見る。観賞後、開店時間と同時に訪れた「京都モダンテラス」で、魚のフライ、サラダ、ライス、スープ、すだちスカッシュの午餐。平安神宮に立ち寄ってから、改修工事後の京都市京セラ美術館にようやく訪問叶う。青木淳と西澤徹夫による美術館の改修は、とても気持ちのよい建物に仕上がっていた。「ポンペイ展」と「兵馬俑と古代中国」による混雑の人だかりをくぐり抜けて、「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」の展示会場に向かう。森村泰昌による数多の七変化を浴びてから、美術館内の庭園を散策。祇園四条駅附近に移動し、「鷹巣由佳/予期せぬ予期」(y gion)、「殿村任香/SHINING WOMAN PROJECT」(Sfera)、「プリンス・ジャスィ/いろのまこと」(ASPHODEL)を巡る。ガーナ出身のヴィジュアル・アーティスト、プリンス・ジャスィの色彩感覚の素晴らしさが印象に残る。連休中の祇園四条は観光地らしい賑わい。「いづ重」で鯖寿司の予約。徒歩で建仁寺に向かって、本日最後の展示「奈良原一高/ジャパネスク〈禅〉」(両足院)を見る。「Ace Hotel Kyoto」に移動してチェックインの手続き。夕食を摂るために「東華菜館」へ。乗車したタクシーの運転手の談では、京都の人は「東華菜館」にあまり訪れることはなく、中華料理であれば「餃子の王将」に行くとのこと。おなじ中華とはいえ「東華菜館」と「餃子の王将」は比較対象として成立するのだろうか。水餃子、春巻き、エビチリ、麦酒。五月初旬の夕刻のテラス席は寒かった。京都河原町駅から烏丸駅経由で烏丸御池駅まで電車に乗ってホテルまで戻るも、京都での電車移動は階段の昇り降りが多くて結構疲れる。閉店時刻が迫る人気の減った「新風館」の店舗を見てまわり、「本と野菜 OyOy」で珈琲豆を買う。旅先で珈琲豆を買うのが習慣化しつつある。京都市内の移動手段はタクシーに大半を委ねたものの、iPhoneの歩数計を確認すると2万歩を超えた。

Wednesday, May 4

本日も晴天。早朝、窓からの朝日を浴びながら、「Ace Hotel Kyoto」の部屋に置いてあるレコードに針を落とす。陽気で爽やかな黒人グループのポップソングのアルバムが並んでいるなかで、時間がなくて聴けなかったが矢沢永吉のアルバムが一枚あったのは謎。音楽を聴きながら『BRUTUS』(マガジンハウス)の居住空間学特集に目をとおす。ホテルから歩いて開店時間少し前に「イノダコーヒ本店」に向かうも、すでに長蛇の列ができていて唖然とする。開店時間前なのにすでに満席。行列にならぶ気はないので、ホテルのレストランで食べることに軌道修正。朝食後、ホテルロビーに併設されている「Stumptown Coffee Roasters」でカプチーノを飲んでから、本日のKYOTOGRAPHIE遊弋を開始。タクシーで出町柳駅まで向かって鴨川を少し散歩してから、「プリンス・ジャスィ/いろいろ アクラ──キョウト」(出町桝形商店街)を見学。商店街に入る直前、横断歩道を越えた先までつづく「出町ふたば」の大行列に慄く。「出町座」で書架を眺めてから烏丸御池方面に戻る。「ギイ・ブルダン/The Absurd and The Sublime」(京都文化博物館別館)を見学しに赴く道すがら、京都文化博物館の「鈴木敏夫とジブリ展」が大行列をなしているのを発見。行列の京都。「マイムーナ・ゲレージ/Rûh|Spirito」(嶋臺ギャラリー)を見てから、ホテルでのチェックアウト手続きを挟んで二条城近辺に向かい(二条城もまた行列)、「SONGBIRD COFFEE」に立ち寄りトートバッグの購入に付き合ってから、「世界報道写真展 民衆の力 – 1957年から現在までの抗議行動のドキュメント」(堀川御池ギャラリー)を見る。「here」でアイスコーヒーを飲んでから、「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」(HOSOO GALLERY)。出典作家は展示順に、細倉真弓、地蔵ゆかり、鈴木麻弓、岩根愛、殿村任香、田多麻希、稲岡亜里子、林典子、岡部桃、清水はるみ。つづけて「イサベル・ムニョス×田中泯×山口源兵衛/BORN-ACT-EXIST」(誉田屋源兵衛 黒蔵、奥座敷)の展示を見て、帰りがけにKYOTOGRAPHIEのカタログを買う。「Ace Hotel Kyoto」内にある「Mr. Maurice’s Italian & Rooftop Bar」で遅めの午餐。ホタルイカと九条葱のスパゲッティ、クランベリーソーダ。本日のテラス席は日差しが強すぎて熱中症の危険性あり。三条駅附近まで向かって「仔鹿」でワインを買ってから、八坂神社あたりまで移動し、何必館・京都現代美術館で「北欧、光の調べ ペンティ・サマラッティ」を見る。図録を購入。「いづ重」で鯖寿司を受けとり、ホテルに戻って荷物をピックアップし、京都駅まで。近くで高級腕時計の強盗事件があったことをタクシーの運転手に教えてもらう。当初の予定から30分程前倒しになったので、エクスプレス予約で帰りの新幹線の座席を取り直す。通常の指定席からグリーン車に変更。むかしは移動時間の快適さにお金をかけるのは馬鹿馬鹿しく感じられたが、体力の低下とともに厭わなくなってきている。詰まるところ老化である。

Thursday, May 5

朝食後、洗濯と掃除、近所のスーパーマーケットで食材の調達。昼食、ゆで卵とほうれん草のおひたしとしらすをのせた味噌ラーメン。午後は自転車に乗って洗足池公園まで。附近のカフェ「cafe 634」で買ったチーズケーキとカフェラテ。夕刻、冷えたジョージアワインを飲みながら、室原卓弥『2020年2月、ワイン屋がオーストリアを訪ねた記録』(仔鹿)を読む。夕食、牛肉のステーキとオニオンマヨネーズ、サニーレタスとトマトと紫玉葱としらすのサラダ、カマンベールチーズ、白ワイン。俳優の渡辺裕之が死去したとの報道を読んだら、所属事務所が「縊死」と発表したとのこと。インターネット上に乱舞するコメントを眺めると「縊死」という語彙を知らない人が結構いることがわかったのだが、それより驚いたのは「縊死」が自殺とは限らないので事故死である可能性を強調する言説が登場していることである。事故であれば「不慮の事故により」という、より適切な表現が世の中には存在する。事故死を「縊死」と書いたとしたら、日本語表現としてどうかしている。ことばの解釈は自由ではあるが、こんな好き勝手な解釈が可能ならば、陰謀論が跋扈するのも然もありなんという感じである。

Friday, May 6

カレンダーどおりの出勤。午後は有給休暇を取得して所用を済ませる。最寄りの「QBハウス」で髪を切ってから山手線で新宿に向かい、ルミネ内の「UNITED ARROWS」で夏用のボトムスを二本購入し、NEWoMan内の「ベーカリー&レストラン 沢村」でパンドミとパンオノアを買う。「沢村」の飲食スペースはいつもどおりの大行列。恵比寿に移動し、アトレ内の「メーカーズシャツ鎌倉」でワイシャツを買って、「Hibiya-Kadan Style」大ぶりのドウダンツツジを買う。帰宅後、靴磨きとアイロンがけ。夕食、蛸と小葱としらすのパスタ、麦酒。夜、映画鑑賞。『飾窓の女』(フリッツ・ラング/監督、1944年)を見る。

Saturday, May 7

朝食、目玉焼き、サニーレタスとトマトとベーコンのサラダ、パンオノアとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。雨のち曇り。「here」の豆で淹れた珈琲と「とらや」の羊羹。昼食として鯖缶の洋風チャーハンを食べながら、映画鑑賞。『獅子座』(エリック・ロメール/監督、1959年)を見る。その役どころに果たして意味があるのかと思うジャン=リュック・ゴダールのカメオ出演。午後は部屋の片付けをしてから、近所のスーパーマーケットで買いもの。読書。沢木耕太郎『作家との遭遇』(新潮文庫)を読む。夕食、ざる蕎麦、卵焼き、数の子の松前、ねぎとろ、ホタルイカの沖漬け、麦酒。

Sunday, May 8

朝食、目玉焼き、ソーセージ、サニーレタスとトマトとベーコンのサラダ、トーストとクリームチーズとブルーベリージャム、ヨーグルト、珈琲。洗濯。外出。みなとみらい線に乗って元町・中華街駅に向かう。港の見える丘公園を抜けて、神奈川近代文学館で「生誕110年 吉田健一展 文學の樂み」をじっくりと時間をかけて見学。吉田健一の酒飲みエピソードのなかで、つぎの挿話のどうしようもない感じがよい。

ビールジョッキを前に 右から3人目、ジャケットに「76」をつけているのが吉田。ビールの酒量を競うコンテストに参加したときの写真と推定される。このあと吉田は口直しにウィスキー、ブランデーを大量に飲み、それまでの過労もたたって翌日に胃潰瘍で倒れたという。

展示のなかに吉田茂の国葬の映像があって、動く吉田健一をはじめて見た。観賞後、展覧会図録と文庫本三冊を買う。吉田健一の本は結構所有していて、しかし本棚に何があるのかないのか心許ないので慎重に選ぶ。元町と中華街周辺はそれなりの人出。中華街の「江戸清」で豚まんとエビチリまんを買って、山下公園のベンチで食べる。横浜港大さん橋ターミナルを歩いて景色を眺めてから、タクシーで横浜駅まで移動。ルミネとNEWoManを廻る。「MARKS&WEB」でキャンドルを買う。帰宅。夕食、白米、茄子とほうれん草の味噌汁、鶏肉とピーマンの豆板醤炒め、きゅうりの糠漬け、麦酒、加賀棒茶。