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Monday, February 5

三島由紀夫『永すぎた春』(新潮文庫)を読了する。1956年刊行のベストセラーには時代を感じさせる科白が出てくる。

「ねえ、愉快でしょう。又次の情報が入ったら報告するわ。お兄さんって中共みたいね。今まで眠れる獅子だったのが、今度は急に革命を起そうというんですもの」

Tuesday, February 6

身体が怠い。

アメリカの長期金利上昇を契機に日経平均株価が一時1500円超の下落。報道によればコンピューターによるアルゴリズム取引の機械的な売りが一因らしいのだが、そのことが原因で市場が右往左往しているのであれば、いよいよ人間が機械に操られている感あふれる。

『UP』2月号(東京大学出版会)を読む。

Wednesday, February 7

『ナボコフ・コレクション マーシェンカ キング、クイーン、ジャック』(奈倉有里・諫早勇一/訳、新潮社)から「マーシェンカ」を読む。装幀がかっこいい。

Thursday, February 8

『ナボコフ・コレクション』のつづきで「キング、クイーン、ジャック」を読む。冒頭がかっこいい。

分刻みの動きを前に凍りついていた時計の巨大な黒い針が、いよいよ震えはじめると、その張りつめた振動とともに、世界中が動き出す。絶望と軽蔑と退屈に満ちた文字盤は、ゆっくりとその向きを変え、一本また一本と、柱は無表情な男像柱(アトランテス)さながらに、駅の丸天井を運びながら、歩き去ろうとする。プラットホームは、吸殻や切符、日光の斑点や痰を、行方もしらぬ旅路へと運び去りながら、その身体を伸ばしていく。鉄製の手押し車は、車輪をいささかも動かすことなく流れ去り、扇情的な表紙ーー真珠のように艶やかな美女たちの写真だーーをぶら下げた雑誌の売店もまた通り過ぎる。そして人、人、長く伸びたプラットホーム上の人びとはーー信じられないほど必死の努力と、吐き気と、ふくらはぎのとてつもない疲労感と、軽いめまいをともなった息苦しい夢の中のようにーー両脚を動かしつつもそこにとどまり、前に進もうとしつつも後ずさりしながら、通り過ぎ、消え去っていく。もう息も絶え絶えに、仰向けに倒れそうになりながら。

Friday, February 9

断続的に読んでいたカント『純粋理性批判』(原佑/訳、平凡社ライブラリー)の上巻を読み終える。

中沢新一が『アースダイバー 東京の聖地』(講談社)のなかで、築地市場の歴史を掘り起こしながら、豊洲新市場への移転は魚市場から仲卸という中間機構を排除することになり、結果日本の食文化の伝統や味覚が失われるだろうと警告している。一定の説得力をもつ立論だとは思うが、しかし、数年後、数十年後に築地市場などまるで存在しなかったかのように忘却する態度もまた、日本の伝統であると思う。

Saturday, February 10

曇り。電車を乗り継いでみなとみらい駅へ。道中の読書はスタンダール『赤と黒』(桑原武夫・生島遼一/訳、岩波文庫)の下巻。

横浜美術館で「石内都 肌理と写真」を見る。写真とは眼差しであることを再認識させられる石内都の作品群。初期の作品から時系列で追うと、廃墟というか朽ちてゆくものへの写真家の関心のありようを確認できるのだが、いわゆる廃墟オタクが撮るような写真とちがっているのは、その写真に生命の痕跡が見てとれるからだろうか。あわせて常設展の「横浜美術館コレクション展 全部みせます!シュールな作品 シュルレアリスムの美術と写真」も鑑賞。ボリュームたっぷりの展示。ところで横浜美術館では料金が割引になる「バレンタイン・ペア券」なるものが存在していたのだが、石内都はどう思っているのだろう。

東横線で田園調布駅へ。Precceで食材を調達し、MAISON KAYSERでバゲットを買って、Metzgerei SASAKIでソーセージを購入。

夜は自宅で読書。いわき市立美術館、広島市現代美術館、熊本市現代美術館などの立ちあげにかかわった南嶌宏の評論集『最後の場所 現代美術、真に歓喜に値するもの』(月曜社)を読む。横尾忠則についてのくだりに目をとおしながら、2005年に出張で熊本に赴いた際に見た、熊本市現代美術館での「横尾忠則 熊本・ブエノスアイレス化計画」展のことを思い出す。13年前の展覧会のことをわりと鮮明に記憶しているのは、横尾忠則の発言に面食らったからだ。以下の内容は展覧会のチラシにも記載があったと思う。

今から十二年前の、蒸し暑さに濡れる六月の熊本。講演会を終え、夜の街に出た横尾さんが引き寄せた宇宙の記憶。熊本の印象を尋ねると、間髪入れず「ブエノスアイレスみたい」と光のような応えを返した横尾さん。世界を旅してきた横尾さんのことだ。ブエノスアイレスの哀愁の夜を思い出し、その名を告げたのだと誰もが思った。ところがなのだ。ブエノスアイレスに行ったことがあるんですねと重ねて問うと、さらに今度はその問いかけを溶かし返すような速さで、平然と「ないよ」と反射する。

Sunday, February 11

晴れ。日中の最高気温が14度まで上昇。窓を開けて部屋の空気を入れ替える。

自宅にて読書。斎藤眞『アメリカを探る 自然と作為』(古矢旬・久保文明/監修、みすず書房)と小佐野重利・京谷啓徳・水野千依『西洋美術の歴史4 ルネサンスI 百花繚乱のイタリア、新たな精神と新たな表現』(中央公論新社)を読む。あと読みさしの『赤と黒』を最後まで。

夜、『サウンド・オブ・ミュージック』(ロバート・ワイズ/監督、1965年)を再見。Wikipediaの解説に「史実との相違点」なる項があって、ミュージカル映画に史実もなにもないのではと思うのだが、喋っている途中から突然歌いだすさまが史実に忠実だったらどうしよう。