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Monday, November 30

夜、豆腐と万能ねぎの卵うどん、麦酒。夕餉の話題がなぜか物象化論について。物象化論の説明をするには不可避に疎外論について触れなければならず、およそ十数年ぶりにフォイエルバッハという固有名詞を口にした。

Tuesday, December 1

小津安二郎監督『麦秋』(1951年)を見る。入れ替わり立ち替わり日本家屋のなかを人が行き来する冒頭のシーンを見ると、小津生誕100年を記念して催されたシンポジウムでの黒沢清の発言を思い出す。

どこがどうとうまく申し上げられないのですが、小津の映画は速いという印象があります。多くの海外の方は遅いと言うんですが、なぜ小津の映画が遅いと感じるのか、僕にはまったく理解できません。どう見ても速い。黒澤明の映画と比較するとよく分かりますが、黒澤明の映画はゆっくりしていて、時間も長いわけです。起こっていることは派手かもしれませんが、一カットからして長い。
小津安二郎の映画は人が刀で斬り合ったりはしないから、バタバタと動きはしないけれども、どう見ても速い。すべてのことがあっという間に進んでいくように感じるのです。でも海外の方は小津を速いとは感じないようで、その辺は僕もなぜか分からない。小津のどこがどうゆっくりしているのか、逆に聞きたいぐらいに、いつも思っています。
(蓮實重彦・山根貞男・吉田喜重/編著『国際シンポジウム 小津安二郎 生誕100年「OZU 2003」の記録』朝日新聞社、2004年、pp.251-252)

むかしの90分で終わる映画が好きなので、いまだに120分ある映画を見るとちょっと長いなと思ってしまうのだが、たとえばこの『麦秋』は124分あるのにあっという間に終わってしまう。小津映画は実際の上映時間と見ているときの時間感覚が狂う。

Wednesday, December 2

既婚者ふたりと独身者ふたりの計四人の女性たちが、銀座の喫茶店だかで談笑している『麦秋』のシーンで、当時の流行り言葉だったのか小津安二郎と野田高梧の創作なのかはわからないが、やたらと話の末に相手に同意を求める風情で「ねぇ」と女優たちは口にし、会話の最後のほうになると「ねぇ」ということ自体に意味があるかのように「ねぇ」の連発で、「ねぇ」至上主義とでもいいたくなる光景が繰り広げられている。ねぇ。

マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ 3』(荒このみ/訳、岩波文庫)と『図書』12月号(岩波書店)を読了。『一冊の本』12月号(朝日新聞出版)を読んだら、鹿島茂の延々と続いていた小林秀雄批判の連載(「ドーダの文学史」)がついに最終回を迎えていた。

Thursday, December 3

小津安二郎の映画でいちばん好きな『秋刀魚の味』(1962年)を見る。『秋刀魚の味』で思い出すのは金井美恵子「目白雑録」の最終回のことで、長期にわたった連載は、『秋刀魚の味』の一場面に言及しながら椹木野衣を小馬鹿にして終わるという意表を突く幕引きを見せる。

小津安二郎の『秋刀魚の味』で、元水兵の加東大介は、偶然出あった元艦長とバーのカウンターに並んで「軍艦マーチ」を聴きながらウイスキーを飲み、もし日本が勝ってごらんなさい、今頃はニューヨークで、青い目の芸者に囲まれてねえ、と調子に乗って浮かれ、でも、いやな奴がえばらなくなっただけでも負けてよかった、としみじみ感想をもらすのだったが、むろん、美術批評家より、加東大介の方が知的であることは言うまでもない。(『一冊の本』2015年9月号、朝日新聞出版)

美術批評家のことはさておき、『秋刀魚の味』のこのシーンは大好きで、「勝ってたら艦長、あなたも私もニューヨークだよ、ニューヨーク。パチンコ屋じゃありませんよ」という科白を喋る加東大介のさまは、なんど見返してもよい。

Friday, December 4

保坂和志の『〈私〉という演算』(新書館)に「そうみえた『秋刀魚の味』」という一編があって、今年出た『遠い触覚』(河出書房新社)でも言及されていたかと思うが、毎日のように『秋刀魚の味』を繰り返しビデオで見ていたら、ある日、笠智衆が日本酒をじぶんの盃に注いでいるショットが笠智衆がひとりぼっちで飲んでいるように見えてしまったという小説というかふつうに考えればエッセイのような文章なのだが、大西巨人の小説『深淵』(光文社)で主人公がこの本を読んでいる場面があり、主人公は保坂和志の意図をちゃんと汲んで本書を「短篇小説集」というのであった。ということを、きのう『秋刀魚の味』を見ていたら思い出して、確認のために『深淵』を図書館で借りてきた。

Saturday, December 5

渋谷マークシティのスペイン料理の店「BIKiNi TAPA」でランチ。昼間から赤ワインで乾杯。

Bunkamura ザ・ミュージアムで「風景の誕生 ウィーン美術史美術館所蔵」展を見る。ハプスブルグ家についてちゃんと勉強しようと思って売店に置いてあった本をメモ。目黒に移動し、東京都庭園美術館へ。庭の紅葉が美しい。「オットー・クリンツ展」を鑑賞。わたされた解説文を読むと『陰翳礼讃』についての言及があり、外国の作家が『陰翳礼讃』に触発されると大抵ろくなことにならないと感じているのだが、本展はジュエリー作家としての表現の場として庭園美術館はとても相性がいいように思えて、好感をもつ。

美術館のつぎは映画館。目黒シネマで、市川準『つぐみ』(1990年)を見る。高橋源一郎がケーキ屋の店長の役で出てくるのだが、これは後で調べてわかったことで、あれが高橋源一郎だとはぜんぜん気づかなかった。

外に出ると日が暮れている。帰りに目黒の第一フラワーでポインセチアを買う。夜は自宅近くのカフェで。