
Monday, July 14
台風5号が北上中。朝食、目玉焼き、鶏肉のグリルとマスタード、サニーレタスと紫玉葱とトマトのサラダ、キャロットラペ、玉蜀黍、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
朝の読書。先週末に「代官山 蔦屋書店」で購入した、冨原眞弓『トーヴェ・ヤンソン ムーミン谷の、その彼方へ』(筑摩書房)を読む。冨原眞弓の遺作。本書の「編集附記」により、完成稿まで書き上げたものの、初校のゲラを見ることなく亡くなったと知る。安達まみと佐藤紀子が校正作業をおこなったとのこと。
カール・ズスケの演奏による、バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」を聴く。昼食、弁当。夕食、豚挽肉と茄子とピーマンのバジルパスタ。
夜、レコードと読書。冨原眞弓『トーヴェ・ヤンソン ムーミン谷の、その彼方へ』(筑摩書房)のつづき。
Tuesday, July 15
朝食、目玉焼き、鶏肉のグリルとマスタード、サニーレタスと紫玉葱とトマトのサラダ、キャロットラペ、玉蜀黍、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
朝の読書。読みさしのレベッカ・L・スパング『レストランの誕生 パリと現代グルメ文化』(小林正巳/訳、ちくま学芸文庫)を読む。
アリシア・デ・ラローチャのピアノ演奏で、バッハとモーツァルトを聴く。昼食、弁当。会社からの帰り道で猛烈な雨に見舞われ、折りたたみ傘をさすも、ずぶ濡れになる。とても「梅雨」の雨とは呼べない気候なのに、気象庁は梅雨明け宣言のタイミングを見失っているとしか思えない。夕食、豚挽肉と九条葱のバジルパスタ。
夜の読書。トーベ・ヤンソン『彫刻家の娘』(冨原眞弓/訳、講談社)を読む。
Wednesday, July 16
本日も雨模様。朝食、目玉焼き、鶏肉のグリルとマスタード、サニーレタスと紫玉葱とトマトのサラダ、キャロットラペ、玉蜀黍、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
朝の読書。有名なのに読んでいない本はいくらでもあるが、そのうちの一つにフリードリヒ・ニーチェの思索がある。若い頃に断片的に読んだ覚えはあるものの、白水社が「白水Uブックス」としてニーチェの著作の刊行をはじめたので、いまさらながらのニーチェ事始め。『偶像の黄昏/アンチクリスト』(西尾幹二/訳)を読む。
ベルリン古楽アカデミーによる、コレッリの「合奏協奏曲」を聴く。昼食、弁当。夕食、鶏肉と九条葱を添えた温かい素麺。
Thursday, July 17
早朝に通り雨。朝食、目玉焼き、鶏肉のグリルとマスタード、ベビーリーフと紫玉葱とトマトのサラダ、キャロットラペ、玉蜀黍、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
朝の読書。ニーチェ『偶像の黄昏/アンチクリスト』(西尾幹二/訳、白水社)のつづきと、『白水社の本棚』2025年夏号を読む。ニーチェの書いた論考を、もし仮に学生のレポートだとして提出したならば、教師からは「何が言いたいのかよくわからんが、熱い想いはとても伝わってきた」と半笑いで返却されそうである。
スウェーデンの古楽アンサンブル、ホール・バロックによるヴィヴァルディを聴く。昼食、弁当。夕食、鶏肉と玉子とおくらと茗荷を添えた温かい素麺。
夜の読書。ニーチェ『悲劇の誕生 あるいはギリシア精神と悲観論』(浅井真男/訳、白水社)を読む。
Friday, July 18
朝食、目玉焼き、鶏肉のグリル、ベビーリーフと紫玉葱とトマトのサラダ、玉蜀黍、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
朝の読書。NHKR1のラジオ番組「プラッと」で、勅使川原真衣とレジーによる、若者たちが口にする「成長」をめぐっての会話がおもしろかったので、これから読む本として二人の既刊書を積んでおく。レジー『ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち』(集英社新書)を読む。会社員兼ライターの著者は、企業人としては事業戦略・マーケティング戦略を担っているそうで、そのての人の「話を整理してまとめる上手さ」がよくでている。ところで、本書にも事例としてでてくるが、ビジネスに役立つ道具としての「教養」として、美術鑑賞が話題に出てくることがしばしばある。感性を刺激したり豊かにするとの目論みで、企業の研修のひとつとして現代アート鑑賞が世の中には存在したりするのだが、壮大な誤解だと思う。こちらは四半世紀以上にわたり現代アートと付き合っているが、感性が豊かになった気はまったくしない。
「梅雨明けしたとみられる」との報道。昼食、弁当。夕食、鶏肉と玉子とおくらと茗荷を添えた温かい素麺。朝昼晩、おなじような献立がつづく。
澤部渡「NICE POP RADIO」(α-STATION FM KYOTO)を聴きながら、洗濯物のアイロンがけ。今週の放送は、夏バテ予防には「う」のつく食べ物ということで、「う」のつく音楽を特集している。澤部渡の音楽狂が遺憾なく発揮されていると思ったのは、曲名や歌詞が「う」に関係するからではなく、「うー」というコーラスが入っているからという理由で、ビートルズの「Here, There And Everywhere」をかけたところ。すごい発想の選曲である。
Saturday, July 19
凶暴な暑さ。朝食、目玉焼き、サニーレタスと紫玉葱とトマトのサラダ、鶏肉のグリル、カンパーニュとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
冷房の効いた室内で、終日音楽と読書。ケイト・ムーア『働いて愛して生きるために女たちは闘わなければならない ラジウム・ガールズのアメリカ』(松永典子、山口菜穂子、杉本裕代/訳、堀之内出版)を読む。読書中のBGMは、アルヴォ・ペルトの楽曲をSpotifyより。ECMの姉妹レーベル「ECM New Series」創設40周年を記念したカタログをひらくと、アルヴォ・ペルトの紹介ではじまる。ECMから発売されたアルバムを順繰りに流す。
浅田 例えば、旧ソ連圏で言うと、長年にわたって共産主義に抑圧されてきたロシアの魂の叫びを聞かなければならないというので、ペルトの「魂の音楽」とか、ソクーロフの「魂の映画」とか、そういうものが出てきちゃうわけじゃないですか。確かに、これまでずっと弾圧されてきたロシア正教的メンタリティなり何なりに一回耳を傾けてやる必要はあると思うんだけど、それが何か新しい地平を開きつつあるのだとは絶対に思えないわけですよ。しかし、そこでゴダールを見ると、『新ドイツ零年』でも『JLG/JLG』でも、ペルトの「ヨハネ受難曲」っていうのを平気で使っているわけです。僕はペルトなんて最終的には下らないと思うんですけど、下らないと言うのは、やはり僕が単に否定的な批評精神であるからなんで、ゴダールは平気で使い、使うことで救っちゃうわけですよ。
松浦 ペルトって何だかBGMみたいでさ……。
浅田 そう、「魂の癒し」のためのBGMですよ(笑)。それが、例えば『新ドイツ零年』でエディ・コンスタンティーヌが教会に入っていったときに、一瞬「ヨハネ受難曲」の冒頭部分が流れて、鳥が啼いたりガーンと鐘が鳴ったりして、そうすると、この音楽はもうそれで救われるんですね。『JLG/JLG』でも、さっき言ったキリスト教的な犠牲と愛をつぶやくように語るところでこの曲が流れていて、冬の風景と共鳴しながら並々ならぬ強度を生み出している。批判するだけじゃなくて、ネガティヴなものさえいかにポジティヴに使っていけるかってことが、重要になってきているのかもしれない。でも、なかなかそういう肯定力を持っている人はいないですね。
(浅田彰『映画の世紀末』)
ジャン=リュック・ゴダールをめぐる対談で、浅田彰と松浦寿輝に否定的に言及されるペルトだが、しかし「BGM」としては悪くない。
昼食、「日清」のカップヌードル。夕方、近所のスーパーマーケットまで買い物。夕食、鰻重、蛸と胡瓜と海月の胡麻醤油和え、枝豆。「サッポロビール黒ラベル」を飲む。世間一般の風物詩に忠実な献立。
Sunday, July 20
朝食、半熟卵、ソーセージとマスタード、サニーレタスと紫玉葱とトマトのサラダ、キャロットラペ、玉蜀黍、ミルクブレッドとクリームチーズ、ヨーグルト、珈琲。
部屋の掃除と本棚の整理。映画鑑賞。『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』(アルノー・デプレシャン/監督、2022年、フランス)を見る。昼食、「無印良品」の牛すじカレー。
読書。勅使川原真衣『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、勅使川原真衣『格差の”格”ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版)、勅使川原真衣『学歴社会は誰のため』(PHP新書)を読む。
自転車に乗って近所を廻る。参議院議員選挙の投票所、図書館、スーパーマーケット。夕方なのに暑すぎてぐったりする。理系と文系、それぞれの労働市場における社会的地位の最高峰と目される医師と弁護士だが、選挙のたびに医師や弁護士の資格を有するとち狂った候補者が登場するのはなんなのか。
夕食、パテドカンパーニュ、サニーレタスとトマトと胡瓜と紫玉葱と玉蜀黍と茹で卵のサラダ、ハーブソーセージ、チーズ、ルーマニアのオレンジワイン。