Tuesday, August 12
労働基準法第37条にもとづく深夜の割増賃金が支払われる時間帯まで働いた翌日、私は成田空港にいた。成田国際空港第2ビルからフィンランド航空を利用して北欧諸国に向かう旅をはじめようとしている。成田空港は、なんとなく第2ビルよりも第1ビルのほうが店舗がいろいろあって楽しそうなのだが、フィンエアーを利用すると問答無用で第2空港から旅立つことになる。その第2空港で、出発前に、卵とじうどんを食べた。日本を後にする直前の食事は、去年とおなじうどん屋、去年とおなじメニュー。うどんを食べ終えて、ストックホルムとヘルシンキをめぐる旅がはじまる。
日本時間の午前11時に出発し、フィンランド時間の15時20分に到着。約10時間程度のフライト。入国時の荷物チェックで係員に何やら質問されるが何を言っているのか聞き取れなくて、やっぱり現地の人の英語は聞き取りが難しいなあと落胆しつつ適当に相槌をうっていると、何度もおなじことを聞いてくるのでよく耳をすましたら「ekitai」と言っているのに気づく。聞き取れない単語の正体は「液体」だった。液体をもっているかどうかこなれない日本語で質問しているというオチ。waterとかliquidとか言ってくれたほうがよい。まったく予想しない単語は何語だろうと聞き取れないことを学ぶ。
ヘルシンキ・ヴァンター国際空港でストックホルムに向かう飛行機を待つ。待っている間iPhoneでWi-Fiにつないでみたら、仕事のメールが届いていたので返信する。どうして僕はこんなところに。どうして私はこんなところから仕事のメールを。
17時30分、ヘルシンキからストックホルムに向かう飛行機に乗る。が、出発の時間になっても動く気配がない。しばらくモニタ画面にうつるドッキリ番組を見て時間を潰していると隣に座った外国人男性が突然話しかけてきて、「出発にはあと30分くらいかかるそうです」と日本語で言った。片言ではなく、きわめて流暢な日本語で。なんでこの金髪の白人男性は日本語を話すのだろうと疑問をもちつつ、こちらは「ありがとう」と答えて、しばし会話は途切れた。一向に飛行機が飛び立つ気配を見せないなか、フィンランド語だかスウェーデン語だかで流れた機内アナウンスを(このふたつの言語はまったく異なるようなのだが、両者をちがいを判別する能力を私はもたない)、隣の男性が日本語に翻訳してくれる。乗っている飛行機自体に異常はないのだが、ストックホルムの空港の機器のトラブルで遅延しているとのこと。ここまで日本語で人懐っこく話しかけられたら応えようと、その後機内でいろいろと話をした。すべて日本語で。スウェーデン人の彼は日本学科の大学院生で、日本には何度も来ており、1年間留学もしていたそう。今年の夏も20日くらい日本に滞在して、北は函館から南は長崎まで日本各地をめぐったという。しかし暑すぎる日本の夏に日本列島を旅するなんて、北欧の人には酷なのではないかと訊いたら、暑さはそうでもないという。本当か。日本の夏の気候が嫌でヨーロッパを旅している私の立場はどうなるのか。日本の何に興味があったのかを訊いたところ、「食」だという。今回も食べ歩きのような旅だったといい、特に寿司が好きとのこと。高級そうな寿司屋の場合は値段が書いてなくて不安なので、利用するのはもっぱらチェーン店で各地の「すしざんまい」に行っているという。それならば、湯山玲子『女ひとり寿司』(幻冬舎文庫)を読むとおもしろいと思うよ、と相手がスウェーデン人であることを忘れて本紹介でもしたくなるところだが、さすがに話が通じなくなる気がしたので控えた。それにしてもこの人の日本語会話能力はすごい。勉強したのは5年くらいとのことだが、5年でこんなに上手になるのかと感心する。こちらもこの日本語表現は伝わるかなあと考えながら喋っていたのだが、ほぼ正確に伝わっていた。それにしても日本の食が大好きらしくもちあげる一方で、スウェーデンの外食については軒並み低評価をくだしていた。スウェーデンでいい店を捜そうとすると結構大変で、デパートのなかの飲食店なんかはどれもダメだと酷評。高いし。日本だと800円くらいでおいしいラーメンが食べられるのにと話す。日本の場合はデパートの食事もそれほど外れがないと語り、外食場所で困ったときにはデパートに行って食べるという。やってることが日本人と変わらない。スウェーデンでの旅の助言もいくつかもらって、空港から市内への交通手段を訊かれたので、空港とストックホルム中央駅を結ぶアーランダ・エクスプレスに乗る予定だと答えると、それがいい、タクシーは絶対にやめたほうがいいとのアドバイス。空港からのタクシーはぼったくりが多く、本当は5000円くらいの料金なのに6万円くらいを請求してくるのだという。スウェーデンのタクシー料金の話なのに、なぜか日本円での懇切な説明。
結局、連絡先を交わすことはおろか、お互いに名前を名乗ることもなく空港で別れる。別れ際、彼は「あ、バス! じゃ、ここで」と言ってバス停に向かって行った。でもまた逢えそうな気もする。日本の寿司屋で。いつの日か、渋谷マークシティで美登利寿司の行列に並んでいる彼を見つけるような可能性を感じる。
ストックホルムのアーランダ空港の観光案内所で2日分のストックホルムカードを購入。これでストックホルム市内の交通機関や美術館で料金支払の手間が省ける。市内に到着すると、空港で土砂降りだった雨は止んでいた。中央駅近くのホテル、Radisson Blu Royal Viking Hotelにチェックイン。日が暮れるまでまだ時間があるので、夕飯を食べに外に出る。Belgobarenというベルギー料理の店に入る。ストックホルムに来て、なぜかベルギービールを飲んでムール貝を食べた。
8月中旬のストックホルムはもう寒い。行き交う人のなかには、ダウンコートを着ている人さえいる。