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Monday, October 10

「よりぬき長谷川町子展」の図録を読む。回顧展でいつも注視するのは年譜の存在で、その人物にまつわる出来事を時系列で事務的に並べてあるのが大抵だが、なぜその事柄をピックアップしたのかと年譜執筆者に訊きたくなるようなことが、しばしばある。たとえば長谷川町子年譜でいえば、1963(昭和38)年におけるつぎのような記述。

母・サタと喧嘩して家出。力道山の死を知り帰宅

Tuesday, October 11

カルト的な人気を誇るエレム・クリモフ監督の『炎628』(1985年)を見たとき、悪の権化たるナチスに対峙するロシアの民衆というわかりやすいにもほどがある明快な図式に、さすがソ連映画、都合の悪いスターリン政権下の暗部は描く気などさらさらないのだと爽快なものを感じたが、このたびティモシー・スナイダー『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』(布施由紀子/訳、筑摩書房)を読んでいたら、ヒトラーのドイツにしろスターリンのソ連にしろ、どちらも碌でもないことがよくわかる。

Wednesday, October 12

ナチスがドイツを席巻するに至るまでの歴史的経緯を考えるにあたっては、1933年2月27日夜に起きたベルリンの国会議事堂が炎上する事件がポイント、というのは石田勇治『ヒトラーとナチ・ドイツ』(講談社現代新書)からの受け売りだけれど、ハンナ・アーレントも後年のインタビューで「この時から私はもはや傍観者でいてはいけないと思いました」と語っている。現場にいたオランダ人共産主義者が犯人として逮捕されるが、この炎上事件は共産党による国家転覆の陰謀であるとヒトラーは喧伝した。事件の翌日、ヒトラーは大統領を動かして「国民と国家を防衛するための大統領緊急令(議事堂炎上令)」を出す。『ヒトラーとナチ・ドイツ』を読むと、これが「「共産主義の暴力行為からの防衛」という名目を超えて、共和国の政治と社会のあり方を一変させる法的根拠となった」として、要点をつぎのようにまとめている。

第一に、人身の自由、言論・集会・結社の自由、信書・電信・電話の秘密、住居の不可侵など共和国憲法が定める基本的人権がこれによって停止された。警察はこれ以降、「保護拘禁」と称して、司法手続きなしに被疑者を逮捕できるようになった。
第二に、ヒトラー政府による州政府への介入がこれで正当化された。議事堂炎上令は、「州において公共の安全および秩序の回復に必要な措置がとられないときは、中央政府が州最高官庁の権限を一時的に用いることができる」(第二項)と規定していた。非常時にかこつけて州政府を抑え込もうとするヒトラーは、そのための法的手段を得たのだ。
第三に、非常事態下の執行権が軍ではなく、中央政府に委ねられた結果、軍の影響を受けない強大な執行権を政府、とりわけ首相と内相が握った。
第四に、議事堂炎上令には「当面の間」という限定句がついていたにもかかわらず、結局、ナチ体制が崩壊する1945年までずっと効力を発揮した。ユダヤ人迫害など、ナチ体制下の公権力によるさまざまなかたちの人権侵害に法的根拠を提供したのが、この議事堂炎上令だった。
世論はといえば、事件の発生に驚愕しながらも、軍隊の出動をともなう厳戒令でなかったことに安堵する人びとが多かった。これで内戦が回避されたと喜ぶ声もあった。だがその裏側で、ヒトラー政府は、国家の根本改造に向けた大きな権力を掌中にしたのである。

何事にも契機はある。

Thursday, October 13

『Hanako』(マガジンハウス)がリニューアルしたといまさら知った。雑誌において「リニューアル」ほど緊迫感の漂う言葉もない。売れているのであればリニューアルの必要はないのだから。自由が丘と二子玉川を特集した号を買った。

Friday, October 14

ノーベル文学賞にボブ・ディランが選ばれたという昨晩のニュース。ノーベル賞はストックホルム市庁舎で晩餐会が執り行われるが、はたしてボブ・ディランは来るのだろうか。晩餐会で「ちょっと一曲歌ってよ」と言われるかもしれない。

Saturday, October 15

損保ジャパン日本興亜美術館で「没後100年 カリエール展」を見てから、新宿センタービルにある「カフェハイチ」でドライカレーの昼食。食後、新宿アルタにできた「HMV record shop」に立ち寄る。金沢明子「イエロー・サブマリン音頭」があったので欲しいと思うものの、高額なのであきらめた。これまで未知の領域であったレコードという世界を覗いてみて、大瀧詠一という存在がひとつのジャンルとして扱われていることを知った。

道中の読書として持参した楠木新『左遷論 組織の論理、個人の心理』(中公新書)がおもしろい。「左遷」という概念をキーワードに、日本の労働環境がいかに特殊かを浮き彫りにする。それに対して著者は日本の制度を全否定するわけではないのだが、日本でしか通用しない論理が蔓延っていることは疑いがない。一般的な日本の会社において、被雇用者は人事異動の命令を拒否する選択肢はない。人事発令ひとつで日本(会社によっては世界)のどこへでも行かなければならないという、見方によってはきわめて暴力的な命令が平然とあたりまえのように行われている不思議。

Sunday, October 16

休日の代官山。駅前にある「GRILL BURGER CLUB SASA」でハンバーガーとカールスバーグ。蔦屋書店で「ヘルシンキ・スクール」のメンバーであるスザンナ・マユリの写真展、GALLERY SPEAK FORで柴田文子の写真展「ポルトガルと教授」、ART FRONT GALLERYでルクセンブルグ出身の美術家スーメイ・ツェの「Moony Tunes」を見る。あとは家具と雑貨の店「cushu cusyu」でコーヒーカップを買ったり、旧朝倉家住宅を見たり、洋服屋を覗いたり、Anjinでビールを飲んだり。帰りがけに中目黒の「waltz」に寄って、レコードを買う。

InterFMの「897 Selectors」を聴いたらゲストが菊池亜希子で、この人が喋っている声をはじめて耳にした。近年の日本映画を見ないし、テレビもない生活を送っているので、やたらと喫茶店にいる印象の静止画としてでしか菊池亜希子という存在を把握していなかった。ところで、いま書店に並んでいる『マッシュ』を読んだら、冒頭に結婚してからもうすぐ一年と書いてあって、菊池亜希子って結婚しているのかと知ったのだが、インターネットで調べてみるとこの一文しか菊池亜希子の結婚情報は存在しないらしく、その完璧な情報統制に感服する。