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Monday, October 6

台風18号が日本列島に上陸しそうな朝。午前6時からはじまるNHK-FMのバロック音楽番組にチャンネルをあわせると、途中、台風関連のニュースがさし挟まってトリオ・ソナタの演奏が途切れる。持ち前のカタストロフィ願望からか、台風で交通機関が大いに乱れるなんていう報せには不謹慎にも興奮を隠せなくなるのだけれど、ここは本でも読んで冷静さを保とうと本棚から抜き出したのは、スーザン・ソンタグ『土星の徴しの下に』(富山太佳夫訳、晶文社)。先週読んだ、今福龍太『書物変身譚』(新潮社)にあるソンタグへの言及からの連想で、そういえば鎌倉の古書ウサギノフクシュウで『土星の徴しの下に』を買っていたのを思い出したので。

国家社会主義──広く言えばファシズムは──模様替えをして今日なお生き延のびている理想の、複数の理想の代名詞でもあったのである。芸術としての生という理想、美への信仰、勇気の神格化、共同体感情にひたって疎外感を解消すること、知性の拒否、人類はみな一家(指導者は父である)という考え方などの代名詞でもあったのである。

嵐のなかでの静けさを求めての読書のはずが、レニ・リーフェンシュタールの欺瞞に苛立つ「ファシズムの魅力」と題された章を読んでいる途中で出勤時間となってしまい、まるで落ち着かない事態に。外は大雨。嵐の予感。嘆かわしくも、通勤電車は平常運転。

夜、白米、塩辛、玉ねぎとしめじの味噌汁、鮭の柚子風味焼き、もやしと胡瓜の胡麻ドレッシングサラダ、麦酒。赤ワインを飲みながら『土星の徴しの下に』とラシュディの自伝(まだ読んでる)のつづき。

Tuesday, October 7

角川シネマ有楽町ではじまる「没後30年 フランソワ・トリュフォー映画祭」。ジャン=ピエール・レオーが舞台挨拶で登場するという11日の上映は、月曜深夜0時にWEBサイトからのチケット購入が必要らしく、挑戦者の話によればアクセス殺到でまったくチケット購入まで辿り着かず、つながったときには健闘虚しく売り切れ状態であったとのこと。個人的には「著名人を間近に見る」ことへの関心がいちじるしく希薄なため、残念な気持ちは実のところそれほどでもないのだけれど、壮大なアクセス過多を招いた映画狂たちの情念の結集には感服する。

ジャン=ピエール・レオーは『大人は判ってくれない』の終映後に登壇するらしいのだが、スクリーンに照射されるあのラストシーンの少年の頃の表情から、今年70歳となったジャン=ピエール・レオーが現れるとなると、玉手箱をあけてしまった浦島太郎みたいな事態になってしまうのではないかと余計なお世話な心配をしてしまう。

届いた『花椿』11月号(資生堂)を読む。夜、中村屋のレトルトカレー、サラダ、麦酒。

Wednesday, October 8

朝の通勤電車でヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を読み終える。

MONOCLEのラジオを聴いていたら、ノーベル物理学賞に「2人の日本人と1人のアメリカ人が選ばれた」というニュースを読み上げていた。Yahoo!ニュースのトップに出現した「日本人3人が受賞」という国内の報道との差異を考えると、ここはどうしたって、蓮實重彦『随想』(新潮社)のつぎのくだりを思い出さずにはいられない。

今年度のノーベル物理学賞を受賞された南部陽一郎シカゴ大学名誉教授がすでにアメリカ国籍を取得しておられたにもかかわらず、当初は日本人の受賞者として大きく報道されていたことが記憶に新しい。その並外れた業績からいつ受賞してもおかしくないといわれていた南部博士のいささか遅ればせの受賞を批判的に検証したり、科学の名においてそれを祝福するというならわからぬでもないが、それ以前に、もっぱら博士の国籍ばかりを問題視するマスメディア的な了見の狭さには、正直げんなりするしかない。

このたびもまた「マスメディア的な了見の狭さ」を見せつけられる状況になるであろうが、あれほど「日本的な」風土を激烈に攻撃していた技術者がノーベル賞を受賞したことに対し、スウェーデン王立科学アカデミー発表のAmerican citizenを無視して「日本人3人が受賞」と無邪気に報道してしまうのは、ほとんど滑稽の域に達しているように思うのだが。

今宵は皆既月食だったらしい。いま山本義隆『世界の見方の転換 1 天文学の復興と天地学の提唱』(みすず書房)を読んでいながらなんだが、このての天体ショーにはあまり興味を惹かれないので、夜空を眺めるのを忘れたまま帰途につく。

夜、月見うどん(トッピングは豚肉、油揚げ、長ねぎ、ほうれん草のおひたし)、キムチ、ビール。

Thursday, October 9

昼休み、散歩ついでに図書館まで本の返却に向かい、会社に戻る途中にスタバで抹茶クリームプラペチーノを買う。外の空気はもう完全に秋だが、道行くサラリーマンたちはいまだクールビズをつづけている。初夏というより晩春にはじまり、晩夏というより初秋までつづく、クールビズの瀰漫。

夜、白米、玉ねぎとしめじの味噌汁、鰹節ときゅうりの冷奴、秋刀魚の塩焼き、大根おろし、麦酒。

Friday, October 10

今週のエコノミスト誌が「本の未来」と題した小論を載せている。人びとが考えるよりも本の未来は明るいという話なのだが、日本の新聞や雑誌が電子書籍について特集すると「最近の動向」を要約するというケースが一般的であるところ、エコノミスト誌が独特なのは、冒頭キケロの話からはじめるところだ。議論の歴史的なスパンが長すぎである。

夜、近所のカフェでキッシュ、ブルスケッタ、牛スジのペペロンチーノ、ビールと赤ワイン。

Saturday, October 11

ヘルシンキで購入したマリメッコのトートバッグにチャップリンの自伝を入れて新橋に向かう。自伝はしばらく前に日暮里の古書信天翁で買ったペンギンブックス。

パナソニック汐留ミュージアムで「建築家ピエール・シャローとガラスの家」を見学。家具デザイナーとしての経歴と建築家としての代表作「ガラスの家」の紹介を中心とした展示。古いアパルトマンを全面改修する予定が最上階の住人が立ち退かないので階下部分を改修したというずいぶんな話が、いかにもフランスらしくてよい。

ミュージアムの隣のビル、汐留シティセンターで食事処を捜していたら41階に星遊山という焼肉店があるのを見つける。レストラン案内のパネルには「高級焼肉」とあるが、ランチはそんなに高くないだろうと高を括ってエレベーターに乗り込み目的の店に向かう。高級そうな店構えや1万円を超えるいかれたコースメニューにやや怯むが、穏当な値段の焼肉御膳とビールを注文する。窓からの眺めは、海沿いの光景を遮断するかのようなジャン・ヌーヴェル設計の電通本社ビルが立ちはだかっていた。

新橋から東雲までのルートを検索すると、山手線で大崎駅経由でりんかい線、という方法と、ゆりかもめでお台場海浜公園まで行って東京テレポート経由でりんかい線、という方法が呈示される。簡単なのは前者だが、移動として楽しそうなのは後者なので、ゆりかもめを採用。ゆりかもめに乗り込んだのはオクトーバーフェスト以来か。

東雲のギャラリーが集まった倉庫、TOLOT/heuristic SHINONOMEに到着。それにしても、定期的に物流倉庫がひしめく東雲を訪れるときがくるとは。GALLERY KOYANAGIでトーマス・ルフ、YUKA TSURUNO GALLERYでアレキサンダー・グロンスキーを見学。エストニア生まれの写真家グロンスキーのロシアを撮った作品がすばらしく、日本のTYCOON BOOKSが印刷した写真集を買ってしまう。(あとで調べたらContrastoから11月に写真集が出る模様。ただ同名のタイトルで2013年に刊行されているので再版かも?)

東雲から東京テレポート/お台場海浜公園経由で、今度は竹芝へ。Gallery 916で野口里佳「父のアルバム/不思議な力」を鑑賞。会場には、野口里佳の写真と、他界した父親が遺したネガを写真家がプリントしたものが並んでいる。父親の撮ったごく個人的な家族写真をプリントし、作品として呈示する写真家の意図とはべつに気になったのは、並んでいる写真の構図があまりに見事だということ。「父はよく写真を撮る人だった」と野口里佳は回想しているので撮影技術に長けていた人であった可能性も捨てきれないが、作品として成り立たせるために意図してトリミングをおこなった可能性もあるだろう。どちらだろう。

たとえば子どもが鉄棒で前回りをする姿を写した2枚の写真がある。前周りをする瞬間と、回ったあとで尻餅をついている姿をとらえたものが並べて展示さているのだが、人物の位置は、この2枚を見比べると上下左右異なっている。おそらくは連続した光景をシャッターボタンで捕まえようとしたものだと推測すると、トリミングをしていないとすれば、瞬時にカメラ位置あるいは撮影体勢を変えたか、もしくは前回りをする様子を幾度か撮影したかのどちらかになる。後者のほうが確率は高いと思うけど、しかし家族写真でそんなことするかなあ。余程本気で撮っていたのかもしれないけれど。

受付の机上に『In-between 13 野口里佳 チェコ、キプロス』(EU・ジャパンフェスト日本委員会)を見つけたので即買いする。この写真集、古本屋でたまに見かけるのだが定価(2000円)の2倍3倍を超える値がつけられている場合がほとんどで、ちょっと高いなあと思って購入を見送りつづけていたところ、あっさり新品があった。あるんじゃないか、新品。隠していたのだろうか。しかも当然のように定価だ。狐につままれたような買いもの。

竹芝から新橋へ出て有楽町へ。小柳でふたたびトーマス・ルフ、POLA MUSEUM ANNEXで橋爪彩「Beautiful Stranger」を見学。橋爪彩の画集が出ていて、冒頭には高階秀爾による寄稿文。

夕食は銀座のベルギービールの店、ANTWARP SIXで。ムール貝の白ワイン煮、フライドポテト、鮪のニース風サラダ、ムサカ。ベルギービールは、レフ・ブロンドとヒューガルデン・ホワイトを注文。

Sunday, October 12

都営三田線の西高島平で下車し、板橋区立美術館で「種村季弘の眼 迷宮の美術家たち」を見学。種村季弘が関心をもっていた美術の領域と私個人の守備範囲はあまり重ならないのだけれど、種村季弘という人の興味のありようがコンパクトにまとまっていてよかった。しかしいちばん面白かったのは、武田百合子が種村季弘宛に書いた葉書だ。

せっかく三田線を使うのだからと、そのまま南下して神保町へ。メナムのほとりでレッドカレーとシンハービールの昼食を済ませてから、古本屋を数店舗と東京堂書店をめぐる。めぐりすぎて疲労困憊。

複数の古本屋で野口里佳の写真集『鳥を見る』を見つけるが、値段がえらいことになっている。書物に関してはどれほど貴重なものであろうと、「たかが本」という意識でいるので、需要と供給の関係において供給側が優位に立って値段をつりあげている光景は、馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。河出書房新社が復刻すればよい。

夜、疲れて夕食をつくる気力はなく、持ち帰り寿司とビール。