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Monday, December 3

平出隆『ベルリンの瞬間』(集英社)を再読している。いまだ訪れたことのないベルリンという都市の事情はわからないけれども、この紀行文が執筆された20年弱前とあきらかに環境が異なっていると思ったのは、ポーランドの首都ワルシャワについてである。

ワルシャワ駅前で降りようとして立ちあがると、バスの中はいつのまにか少し混みあっていた。妻とのあいだに男が割り込んできて、こちらのトランクになにげない風を装って手を伸ばしてきた。
手伝おう、という感じだった。そのとき、奇異を感じたので断ると、まわりから別の手が出てきた。男たちは三人だった。格別みすぼらしいというわけでもない身なりで、青年というより大の大人という感じである。揉みあうようにしてこちらから、トランクをもぎとろうとした。強奪というより、どこか怖じ気のこめられた動きである。強い声を出すと、開いていたドアから外へ、一目散に逃げ出した。
鉄道駅の暗い構内で切符を買うときも、注意が要った。明らかに狙いを定めていると分る連中が行きつ戻りつしている。ローマでは路上生活の女や子供たちがやっていることを、ここでは大の男がやっている、と思った。

旅のガイドブックに観光客狙いのスリに注意するよう書かれてあるのだから、ワルシャワでは現在でもなおスリが存在するのは間違いないだろう。もっともそれは欧州各地の都市であればどこもおなじ話である。おなじ話だ、といえるくらいワルシャワの治安は20年ほどでさま変わりしたのだろう。昨年旅したポーランドで、治安に不安を感じて緊張を強いられた経験はいちどもなかった。これが経済成長というものかと感嘆するのはあまりに凡庸な発想ではあるけれども、経済成長を侮ることはできない。

夜ごはん、豚肉とレタスのアンチョビパスタ、麦酒。日の出の遅い季節になってしまって早起きする理由が見あたらないので、夜の時間をながくとる。Cassandra Wilson「Loverly」を流しながら、本のページをめくる。

Wednesday, December 5

12月なのに夏日を記録する日本列島。

夜ごはん、鶏肉と人参とキャベツと玉ねぎのコンソメスープ、小松菜のにんしく蒸し、バゲット、赤ワイン。

川北稔『洒落者たちのイギリス史』(平凡社ライブラリー)、『UP』12月号(東京大学出版会)、『図書』12月号(岩波書店)を読む。

Thursday, December 6

雨×電車遅延=地獄

Saturday, December 8

炊事洗濯。『& Premium特別編集 パリの街を、暮らすように旅する。』(マガジンハウス)と『みすず』12月号(みすず書房)を読む。

夜、ベルナルド・ベルトルッチの撮った映画のなかでいちばん好きな『暗殺の森』(1970年)を見る。『暗殺の森』が好きなあまりほかのベルトルッチ作品はどれも退屈にみえてしまうほど『暗殺の森』が好きで、秘密警察に暗殺される教授の電話番号がゴダールの住むアパルトマンの電話番号になっているというエピソードもまた好きだ。

Sunday, December 9

朝、トマトとスクランブルエッグとサニーレタスのサンドウィッチ、珈琲。ラジオを聴く。

昼前、渋谷にて。肌寒い。開店と同時に満席となり行列のできるムルギーでカレーを食べてから、ABOUT LIFE COFFEE BREWERSで食後の珈琲を買う。LOFTで文房具を吟味し、タワーレコードに立ち寄ってフリーマガジン『intoxicate』を入手し、山手線で渋谷から恵比寿に移動。恵比寿アトレの靴下屋で靴下を、Smithで雑貨を買って、有隣堂で最新号の雑誌をざっくり確認してから恵比寿ガーデンプレイスへ向かう。中央の広場で「天使にラブ・ソングを歌合戦」のようなものをやっているのを横目に東京都写真美術館に到着。

「マイケル・ケンナ写真展」を見る。展覧会場冒頭に掲げられた写真家自身による文章で、これまで撮影時にどれほど酷い目に遭ってきたかを述べているくだりがおもしろく、

体験したことの過酷さは、記憶となる頃には薄らいでいることが多い。スイスアルプスの上空を飛ぶヘリコプターの外にハーネスで固定された状態で撮影したこともあれば、スカイ島ではロールスロイスのボンネットにくくりつけられたし、波の荒い北大西洋に浮かぶゴムボートに降ろされたこともある。盲腸が破れたのも、ヘルニアが裂けたのも撮影旅行の途上だった。また、その他のさまざまな病気をおして撮影することもあった。取材中の食べ物には時にエキセントリックの度が過ぎるものがあった。ことに、まだそれが生きていて動いている場合には! トコジラミや蚊が旅の道連れであり、時には番犬や怒りに燃えた農場主に遭遇することもあった。ロシアでは警察に捕まったし、チェコスロバキアでは兵士によって拘禁された。一度など、かつてナチスが使っていたユダヤ人収容所にあやまって閉じ込められたことまであった。ほかにもたくさん話しはあるが、それはまたの機会に譲らなければならない。

と書いていて、写真家という仕事の過酷さに同情しつつも、しかしながら嫌ならばその仕事を降りればよかったのではとつっこみたくもなる。長時間露光による幻想的な写真を撮るマイケル・ケンナだが、素顔は意外とおもしろい人なのかもしれない。

つづけて「建築×写真 ここのみに在る光」と「小さいながらもたしかなこと 日本の新進作家 vol.15」を鑑賞。前者は写真美術館の在庫棚卸しのような企画だがとても興味ぶかい試みでおもしろく見る。後者は期待はずれ。

夜、Rue Favartで夕食。日曜日の夜に外食することが稀なので、翌日から平日がはじまるというのに飲食店がたいへん賑わっていることに驚く。みんな元気である。