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Friday, April 3

期末から期首にかけては仕事が忙しくて、書き留めておくことは特にない。あるとすれば、忙しかったという事実だけである。寸暇などなかった気もする今週だが、それでも寸暇を惜しんで読んだものは、『装苑』5月号(文化出版局)、『一冊の本』4月号(朝日新聞出版)、『図書』4月号(岩波書店)、『みすず』4月号(みすず書房)、Aleksandar Hemon『The Book of My Lives』(Farrar, Straus and Giroux)、森村進『法哲学講義』(筑摩書房)、イヴォンヌ・シェラット『ヒトラーと哲学者 哲学はナチズムとどう関わったか』(三ッ木道夫、大久保友博/訳、白水社)。

Saturday, April 4

朝、珈琲を飲みながらラジオを聴きつつ、エコノミスト誌とニューヨーク・タイムズ紙の書評欄を確認する。スティーブ・ジョブズの評伝がまた出たらしい。Apple製品は愛用しているけれど(この日記もMacBook Airで書いている)、スティーブ・ジョブズに対する想いは皆無に等しく、そもそも経営者というものに敬愛の情を抱いたことはこれまで一度もなくて、尊敬する人物に経営者の名前を挙げるような人間とわかりあえる気はしない。経営者が「成功」したかどうかって、その人物の力量以上に外部環境の影響が大きすぎるし、そもそも経営者をめぐる「評価」自体も状況論的な側面が強すぎるように思う。それはそうと、わたしの英語の能力は向上する気配がまるでないのは困ったことだ。

アンチョビとほうれん草とベーコンのパスタの昼食ののち、外出。銀座線の浅草駅で下車し、隅田川沿いを歩く。明日明後日には葉桜になってしまうかもしれない桜並木をめでる。隅田公園では多くの人がシートを敷いて宴会をやっているが、きょうはけっこう寒い。かなり寒い。宴会は楽しそう、というより、がまん大会に見えなくもない。

飲まず喰わずのたいへん健全で優等生的な花見をしたのだが、その移動途中に読んでいた吉田健一『英国に就て』(ちくま文庫)に、

英国の料理はまずいという定評があるが、英国でもまずい料理が食べられるのは食べものは栄養がありさえすればいいと英国人が思っているからでなくて、食べものの味に頓着しない人間にわざわざ旨いものを作って出す必要はないからである。それだけ手間が省けて値段も安くなるだろうし、確かに英国では栄養はあっても安くて大して旨くもないものが、どこへ行っても食べられる。そして旨い料理が家庭や家庭風の食べもの屋に多いのも英国での生活の特徴であって、家庭料理になるとむしろあれだけ旨いものをそれも多量に食べている人種は世界でも珍しいのではないかという気がする。そのことも英国人の人生観と無縁ではなくて、食べるというのは生きていく上で重要なことであり、それをたまに料理屋に行く時だけ食通になるのでは意味がないということになる。つまり、食べものは旨い方がいいに決まっていて、それならば三度三度、旨いものを食べるのが本当なのである。

というくだりがあって、そういえば『石井好子のヨーロッパ家庭料理』(河出書房新社)にはイギリスのおいしい家庭料理がごく当然のように紹介されていた記憶があるし、それとはべつに、ちょうどぱらぱらめくっていた今井栄『世界の美しい書店』(宝島社)に目を落としたら、イギリスの地方にある古書店を紹介する文のなかで、

「食べ物がおいしくない」と言われるイギリスだが、個人的にはとてもおいしい思い出ばかりだ。イタリアもフランスも、地方料理=郷土料理はおいしいと思うのだが、イギリスもそう。田舎へ行くとその土地の食べ物、料理があり、お母さんが作ってくれる家庭料理は(ほとんどの場合)とてもおいしい。田舎のB&Bで出てくる朝ごはんは、イギリスの旅の大いなる楽しみのひとつだ。

とあって、世評に反してイギリスの食事はおいしいのかもしれない。イギリスに行ったことがないので、ふつうの旅で家庭料理に辿り着く術がさっぱりわからないけれど。

夜、近所のカフェで夕食。牛すじの赤ワインペペロンチーノ、キッシュ、ムール貝の白ワイン蒸し、赤ワイン。

家に戻って入浴後、ビールを飲みながら読書。森村泰昌『美術、応答せよ!』(筑摩書房)を読む。いろんな人(大学教授や美術家から会社員や小学生まで)からの美術についての質問に対し、森村泰昌が回答する問答集。小山登美夫とのやりとりが殺伐とした緊張感があっておもしろい。

Sunday, April 5

朝、トースト、グリーンリーフと紫玉ねぎのサラダ、珈琲。雨が降る。桜が散る。線路沿いの葉桜を眺めながら、近所のスーパーまで食料品と日用品の買い出しへ。昼、ビーフシチュー、バゲット、赤ワイン。午後、ロバート・キャパの写真「崩れ落ちる兵士」を撮ったのがキャパではなくゲルダであることを論証する沢木耕太郎『キャパの十字架』(文藝春秋)をいまさらながらに読んだ。つづけて、勝木俊雄『桜』(岩波新書)。桜が散りはじめた頃に桜についての本を読む。

夜、白米、塩辛、大根とわかめの味噌汁、豚肉と白菜の蒸し煮、ビール。

大塚幸代が亡くなったと知って驚く。