192

Saturday, November 29

『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』(矢野久美子、中央公論新社)、『朝露通信』(保坂和志、中央公論新社)を読む。花屋で、注文していた今年のクリスマスリースを受け取る。昨年と同じシックな雰囲気、でもいくらか素朴な感じというか、落ち着いた印象で、素晴らしい出来映え。帰宅して、食卓のわたしの席の真正面の壁に飾った。これでいつでも眺められる。嬉しい。

Sunday, November 30

初台。東京オペラシティアートギャラリーで「ザハ・ハディド展」。昔から建築関連の展覧会を観るたびに思うのだけど、建築について専門的に学んでいない人が建築の展示を観る時にはどのように観ればよいのか。いや、いかようにも観ることはできるのだろうが、ほぼ何も楽しむことができないわたしは観る目を持っていないのだろうか。有機的なデザインでおなじみのザハ・ハディドの作品だが、わたしのなかに取り込んだ際に、わたしのなかにある何物ともまったく有機的に結びついていかないのが残念なことだ。それと新国立競技場は、……なくていいでしょう。あの土地にはそぐわない気がします。まあ、これは専門的なことを何もわかっていないわたしの直感に過ぎない。しかし、『図書』(岩波書店)に掲載されている、新国立競技場建設反対の立場をとる森まゆみの連載は、毎号興味深く読んでおる。

初台駅まで戻り、fuzkueを初訪問。店主の阿久津さんとはほぼ2年ぶり2度目の対面だけれど、どうやら顔を覚えていてくださったようで、それがまず嬉しかった。そして、この東京の地でこのような素晴らしいお店をつくってくれたことがとても嬉しい。これはfuzkueのトップページで書かれている、阿久津さんの想いとコンセプトが限りなく具現化した場所なのではないか。ここに集ってくる人々がいる限り、みんな、まだまだ捨てたもんじゃないよね、なんて思ってしまった。だって、本読みは基本的に果てしなく孤独な営みであるから。ベルギービールのシメイホワイトを飲みながら、ウディ・アレン特集の『ケトル VOL.21』(太田出版)を読み、リラックスして過ごした。とにかくいつまででもいられる、いつでも来たいと思う、ああ、こういうところが家のすぐそばにあったらなぁ、と心から思える場所だった。末長く存在し続けてほしい、と願いながら帰宅。