本を買う

「出版業界が図書館のことをあまり快く思っていないという話がありますよね。著者も含めて。業界内の立場によって、あるいは各人によって考え方に温度差があると思うので、あくまで一般論としてですけど。なぜ滑り出しにこんな話題をもち出したかというと、われわれが極度の図書館ヘビーユーザーだという事実がありまして……」

「借りすぎですよね、あきらかに。「超弩級」と言ってしまってもいいかもしれないヘビーユーザーです」

「自宅近くの図書館と、会社近くの図書館、わざわざバスに乗って他区の図書館、あと本気で調べものをしたいときなどには広尾にある都立中央図書館へ向かう、などなど。使い倒しまくる日常を送っているわけです。家のなかには図書館から借り出した本が常時50冊くらい積んである。図書館貸出の限界に挑戦! って感じで」

「対戦相手のいなさそうな挑戦ですね。でも読みきれないほど借りてしまって、他の図書館利用者にはちょっと迷惑な話かもしれません。せっかく読みたいと思っても限界に挑戦とか言ってる困った人に借りられている」

「でも借りた本、全部読んでますから」

「まあそうですけど……」

「しかし自慢じゃないけど、私が借りる本って誰も借りないんだよ。貸出手続きをすると、誰にも読まれてないんじゃないかと訝しく思うほどきれいな状態の本が出てくる」

「マイナーな本ばかり読んでるんでしょうかね。そんなつもりはないのですが」

「予約件数が数10件、あるいは100件を超えているなんて本を借りたためしがない。別にいっぱい予約が入っている本を避けているわけではなくて」

「読みたいと思った本に予約が入ってない」

「じぶんがいいと思っているものが、世の中の位置づけではどうも隅っこにいるらしい。会社の自販機で、お気に入りとして買ってる缶コーヒーがそれだけ突如姿を消すという事態を幾度も経験している人間の本領発揮です。意図せずしてマーケットに逆らっている」

「ちょっと悲哀を漂わせる能力な気もしますが。そういえば最近知ったんですけど、大好きな漫画家いしいひさいちは図書館のヘビーユーザーだそうです! 引越しの際も近所に図書館があるかどうかを条件にするらしいですよ」

「お、援軍登場。力強いんだか心許ないんだかよくわからんけど」

「でもこう図書館ばかり使って本を読んでいると、出版関係の人たちがいい顔しないっていうのはまあ予想のできる反応ですよね」

「買えよって話ですからね。こういう話になるといつも、高野文子の『黄色い本 ジャック・チボーという名の友人』(講談社)に「好きな本を一生持っているもいいもんだと俺は思うがな」って台詞があったのを思い出すんだけど。あるいは、保坂和志が『途方に暮れて、人生論』(草思社)のなかで書いていることに、じぶんとって必要な本は図書館で借りるのではなく買わないと駄目で、そうしないと知への愛は育たないし身につくこともない、たとえ研究書のような5000円くらいするようなものであっても、というのがあって、それはそう思いますよ。買えるのなら買ったほうがいい。まあ実際、むかしはいいと思った本はじゃんじゃか買ってましたからね。でも際限がない」

「ほとんど本を買わない人生だったら、いまごろ本棚の整理に苦労なんかしてません」

「近年、本をあまり買わないようにしているのは、もう本棚に入らないっていう物理的な理由もあったりしますが」

「でもやっぱり、なんだかんだ言っても、手元に置いておきたい本ってありますよ。あんまり本を増やしたくないという思いと、好きな本は買いたいっていう思いとのあいだで板ばさみです」

「で、本日神保町の東京堂書店のカフェからお送りするのは、結局本をたくさん買ってしまったという話です」

「ようやく本題にたどり着きました」

「でも今回私が買った本って、ほとんどが図書館で借りて一度読んだ本なんですよ。図書館で本を借りるという行為が、買う本を選定する下読みになってます。読んでから、これは手元に置いておくべき、と思った本は買う」

「そのスタンスだと出版界側からも文句をつけにくいかもしれませんね」

「両方を敵に回さないあざとい戦略です」

「今回の企画趣旨ですが、上限額を一万円くらいと決めて、予算内でそれぞれ好きな本を買う設定にしてみたのですが……」

「新宿のブックファースト、紀伊國屋書店、そして東京堂書店をまわっているうちに、予算設定はほとんど無効化しました。完全に予算オーバー」

「途中、恵比寿のナディッフで写真集も買ってますし」

「では順番にそれぞれ買った本を。こちらからざっと挙げると、『建築を考える』(ペーター・ツムトア/著、鈴木仁子/訳、みすず書房)、『知の考古学』(ミシェル・フーコー/著、慎改康之/訳、河出書房新社)、『謎のトマ』(モーリス・ブランショ/著、篠沢秀夫/訳、中央公論新社)、『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(シルヴィア・ビーチ/著、中山末喜/訳、河出書房新社)、『ゴダール 映画史(全)』(ジャン=リュック・ゴダール/著、奥村昭夫/訳、筑摩書房)、『いつも異国の空の下』(石井好子/著、河出書房新社)、『夜よりも大きい』(小野正嗣/著、リトルモア)、『競売ナンバー49の叫び』(トマス・ピンチョン/著、志村正雄/訳、筑摩書房)ですね。すべて図書館で借りて一度目をとおしている本ですけど、これは手元にってことで買いました」

「版元も喜びますよ、きっと」

「みすず書房に3360円、河出書房新社に4893円、中央公論新社に2940円、筑摩書房に3360円、リトルモアに1575円です」

「せせこましい計算ですね」

「大事ですよ、お金の話は。刊行されてから時間の経っている本も結構あるなかで、アマゾンで中古を調べてそちらに流れたりせず、新刊を本屋で購入した非エコノミカルな行為に書店業界から拍手喝采が挙がってもよいのではないでしょうか」

「たまに本屋でお金を使ったからって、いちいち拍手喝采していたらきりがない気もしますが」

「本当は冨原眞弓が翻訳している『シモーヌ・ヴェイユ選集』も欲しかったんですけど、各5040円というみすず書房価格なので泣く泣く断念しました」

「みすずの本を買えるのは富裕層、っていう二年前に出したわたしたちの結論を思い出します」

「ペーター・ツムトアの『建築を考える』は買いましたけどね(キリッ」

「ではわたしの番。『エストニア紀行 森の苔・庭の木漏れ日・海の葦』(梨木香歩/著、新潮社)、『彼女のいる背表紙』(堀江敏幸/著、マガジンハウス)、『知への賛歌 修道女フアナの手紙』(ソル・フアナ/著、旦敬介/訳、光文社)『村のエトランジェ』(小沼丹/著、講談社)、『ページをめくる指 絵本の世界の魅力』(金井美恵子/著、平凡社)、『pen+ 2012年10月号 大人のための藤子・F・不二雄』(阪急コミュニケーションズ)、『Gift』(市橋織江/写真、日販アイ・ピー・エス)、『Matatabi』(尾仲浩二/写真、SUPER LABO)、『HARUKA 綾瀬はるかフォトブック』(講談社)。欲しかった近刊や写真集などを買えてホクホクです。いちおうわたしのほうも出版社別の値段を言っておくと、新潮社に1470円、マガジンハウスに1575円、光文社に500円、講談社に3150円、平凡社に1365円、阪急コミュニケーションズに880円、日販アイ・ピー・エスに2940円、SUPER LABOに5985円です」

「金の話ばかりしないでくださいよ」

「そっちが言い出したんですよ!」

「この並びのなかで『HARUKA 綾瀬はるかフォトブック』が異彩を放ってますが」

「綾瀬はるか、大好きなんです」

「綾瀬はるかと尾仲浩二、どっちが好きですか?」

「比較が間違ってます」

「あとほかにも共通で買った本もありまして。ナディッフでサリー・スコットがシーズンごとに出しているカタログ「ニクキュー」を買ったりした。200円で安いし」

「またお金の話をしてますよ」

「あとは『ローベルト・ヴァルザー作品集 第4巻』(新本史斉、F・ヒンターエーダー=エムデ/訳、鳥影社)、『愛の小さな歴史』(港千尋/著、インスクリプト)、『ヴォイドへの旅 空虚の想像力について』(港千尋/著、青土社)などですね。港千尋の著作は集めようと思っていて。とりあえずお腹いっぱいになるほど買ったので、あとは読むだけです」

「その読むっていうのが問題でして……」

「まず返却期限が迫っている図書館本をどうしよう」

2012年11月某日 神田神保町 東京堂書店 Paper Back Cafe にて ( 文責:capriciu )