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Tuesday, August 12

成田 – ヘルシンキ – ストックホルム

にわかに信じがたいことだが、旅に出る回数を重ねるうちに、いろいろな感覚が鈍化してくる。搭乗口の上に掲げられた、Departure/Arrivalを告げる大型電光掲示板が好きなのに、写真を撮るのをわすれた。手荷物検査に必要以上にドキドキすることがなくなった。搭乗ゲートに足を踏み入れた時の、あのvacantな感覚が少し薄まった。飛行機が離陸するときに、あの素晴らしい小説の一文を思い出しもしなくなるような旅はしたくない。

昨年に続いて、今年も北欧へ向かう。今回の旅の目的は、大好きな作家、トーベ・ヤンソンの生誕100周年をヘルシンキのアテネウム美術館で祝う(=大規模回顧展を観る)こと。

飛行機は今年もフィンエアーで、なんだか機内が随分と寒かった。老若男女、そろって毛布をかぶっている光景が可笑しかった。離陸後、海岸線をぐるっとまわって信州の方から日本海に抜けていく。機体がゆっくり助走した後、本気出してグワーッと駆動し、勢いよく飛び立つ瞬間が好きすぎて、ああやはり、旅の愉しみの半分はここにある。田畑を眺め、海を真下に見下ろし、雲の合間をぐんぐん上昇していく一連の運動が好きだ。

たなびく雲を追い抜いてどんどん進む。ロシア上空では、蛇のように蛇行して流れる河が薄雲の合間から見える。いつも、ここに人はいるのだろうか、生活はあるのだろうかと考える。いかなる時も、人が存在する限り、いかなる場所にも生活はある、それはわかっているのだけれども。

フィンエアーは、とびきり機内食が美味しいというわけではない。でも、それほど美味しすぎないところが可愛い。一度目の食事は、牛肉の炒め物(ケチャップソース)、にんじんといんげんのソテー、じゃがいも、パン、バター、クラッカー、クリームチーズ、つくねのようなもの(ミートボール?)、ハム、ポテトサラダ、オレンジのミニケーキ、赤ワイン。その前の軽食では、スナック菓子とビール(カールスバーグ)。デザートにアイスクリームとミネラルウォーター。なんだかんだ言って、とても美味しかった。旅の食事はだいたい美味しい。二度目の食事はクリームソースのパスタにチョコレート、ミネラルウォーター。

今年も、いくつかの島の上で、それから海の上で、白い風車がまわっているのが上空から見えた。昨年も見えた、同じ風車だ、きっと。たとえ違っても、そう思いたければそう思えばいい。海の上でくるくるまわる風車を見ると涙が出そうになるのはなぜだろう。

こじんまりしたヘルシンキ・ヴァンター空港で乗り継いで、ストックホルム・アーランダ空港へ。この乗り継ぎ便で、旅の出会いあり。なかなか離陸準備を始めないので不思議に思っていると、隣に座ったスウェーデン人と思しき青年が、30分離陸が遅れそうだ、ということを教えてくれる。しかも流暢な日本語で。聞けば日本に留学経験もある、日本語を5年間勉強している大学院生だという。彼の話す日本語が、もうなんとも自然で、まるで日本人がしゃべっているようで、本当に驚いた。とても感じのよい、親切な男性で、機上でのおしゃべりを楽しみ、そして着陸後の空港でお別れした。現在も相当の頻度で日本を訪れているようで、いつか街でばったり会えたら嬉しいなと思う。

ホテルにチェックイン後、近くのレストランに食事に出る。美味しいと評判のベルギー料理店で、久しぶりのムール貝の白ワイン蒸し、フリット、バゲットにオリーブペースト、そしてビールは50mlの巨大なヒューガルデン。食事の様子を写真に撮ったら、ビールが味噌汁のようだった。

ストックホルム中央駅のそばのセルゲル広場を散歩しようとしていたが、あまりにも眠いため水を買ってホテルに帰る。