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Sunday, August 18

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コペンハーゲン – ストックホルム

デンマークを発ってスウェーデンへ向かう日。ホテルの大きな窓から早朝の街を見晴るかす、この景色もきょうで見納め。最終日にしてやっと朝からクリアに晴れてくれた。これが靄のかかってないコペンハーゲンの街なのか。朝のうちに、日記用のメモ書き。

きょうは今回の旅の最難関を控えているため気が重い。気が重くなっているじぶんを思うと二重に気が重い。憂いつつも、朝ごはんはもりもり食べる。このホテルの朝食も食べ納めだ。きょうはお昼を食べるタイミングがよくわからないため、朝のうちに食べられるだけ食べておく(せこい…)。それにしても朝食はとにかく美味しかった。果実やナッツやドライフルーツ、数え切れないほどさまざまな種類のパン、ヨーグルトにかけるいろんな種類のブランやジャムは見ているだけで楽しかった。日本に帰ったら蒸かしじゃがいもをたくさんつくろう。日本のじゃがいもを美味しく食べよう。

名残りを惜しみつつ、ホテルを後にする。今回の旅の最難関というのは、デンマークのコペンハーゲンからスウェーデンのストックホルムまでの移動手段を長距離列車に選び、途中一度の乗り継ぎはあるものの乗りっぱなしで快適・安心な特急列車をのんびり楽しむつもりだったのだけれど、出発直前にスウェーデン国鉄のサイトをチェックしたらなんと路線工事の都合で途中のある区間をバスで移動しなければならないということが発覚、そこから導き出されるのは、右も左もわからない地で電車から放り出されてバスはどこに停まっているのか、乗るべきバスは分かるのか、そもそも特急に乗って国間を移動する人ってけっこういるんじゃないの、バスは何台用意できるのだろう、渋滞などで乗り継ぎの電車に間に合わなくなったらどうしよう、などなど、あふれ出す懸念事項。のんきな長距離列車移動にまさかのトラップが仕込まれてしまった、というわけなのだった。

コペンハーゲン中央駅で電光掲示板を穴があくほど見つめ、乗る電車を確認。掲示板やホームに“バスで振替輸送”を知らせる貼り紙などあったりするわけもなく、間違えずに正しい電車に乗ることしか今のところやれることがない。列車の号名もないので、時刻表とホーム番線をよく確認するしかない。列車に乗り込むと、行き先を告げるアナウンスの最後にあっさりと、ここからここまでバスで移動します、それからまた電車に戻ってストックホルムまで行きます、という無味乾燥な告知が。事前に情報を得ていなかったら臆病者のわたしはパニックになっていたところだ。緊張状態であったものの、コペンハーゲンからオーレスン海峡を越えてスウェーデンに入ることとなる、このあたりの海の眺めは壮観で、興奮した。大海原をまっすぐ突っ切る、長い、長い橋。このオーレスン大橋ができたことで、二国間をスムーズに行き来できるようになったとのこと。橋はしばらく海底を潜ったのち海上に出て、景色を楽しむことができる。ほわほわした草が大海原を背景に風に揺れていたのが見えたが、あそこは海峡に浮かぶ小さな島を通っていたのだな、と後から地図を見て確認した。薄緑色の綺麗な草、日の光を反射してキラキラ光る海。北欧の美しさ。

大荷物を持った人々の多くはデンマーク・カストラップ空港駅で降りてしまうし、その先のマルメ駅でもけっこう下車してしまったのだけれど、結局は最終目的地が同じ人がほとんどで、運行停止駅のエルムフルト駅 [1]ではみんなで一斉に降りて、スーツケースをゴロゴロゴロゴロ転がしながらぞろぞろ歩いて、駅前のロータリーに停まっていた3台のバスに全員淡々と乗り込んで、何の混乱もなくさっさと出発した。バスの中はダークグレーの座席に深紅のカーテン、今まで乗ってきた列車よりも広々と清々した印象で、運転は丁寧で頗る快適だった。苦もなく目的地であるアルベスタ駅に到着。はー、脱力。やっぱり心配なんかしなければよかった。何の災難もなかった。物事必ず何とかなるのだ。それよりも難なく国境を越えてしまう、という事実にもっと繊細になるべきだろう。

再びスウェーデン国鉄に乗り込み、ストックホルムまでひた走る。特急列車は広くて綺麗で気持ちがよい。車窓からは草をはむ牛や馬が見える。湖沼の多さに驚く。そしてその湖や池の水面の高さにも。この鉄道はなんだか常にちょっと傾いて走っているように感じられて、その少し傾いた窓の目線と同じ高さまで水面がきている。単に線路部分が低いというわけではなさそうだ。どういうことなのだろう、面白い。

ほっとしてお腹もすいてきたため、食堂車で販売しているランチボックスを購入。北欧といえば名物料理はいろいろあり、海老をたくさんのせたスモーブロー(オープンサンド)は北欧フードのアイコン的存在だが、北欧に来て4日目、いまだエビを食べていないのだった。というわけでエビがわんさかのったスモーブローを選び、念願を果たした。車内ではほとんどの乗客が本を読んでいる。斜め後ろに座った男性の本を盗み見たらカレン・ブリクセン(イサク・ディーネセン)だった。やはり、といったところか。

ストックホルム中央駅に到着後、すぐにSL(ストックホルム交通局)で多くの交通機関が無料になるトラベルカード(72時間分)を購入。地下鉄に乗ってガムラ・スタン駅で降りる。ここは映画『魔女の宅急便』の舞台になった街だそうで、舞台になった街には諸説あるだろうけれど、この地はわりと信憑性が高いという話だったような(宮崎駿のアニメの熱狂的なファンではないけれど、普通に好きだし、なかでもまじょたくは、とりわけ好きな作品だ)。さすがに中世の薫り残る街といわれるだけあって雰囲気が独特だ。騒音をたてながら石畳の舗道をスーツケースを転がして歩き、宿泊するホテルにチェックイン。17世紀の建物をそのまま利用しているらしく、内装が素敵すぎてぽかんと口を開けて眺めてしまう。部屋もひたすらクリーン。客が変わるごとに、洗面台などの什器ごと取り替えてるんじゃないかと思えるほどの清潔さで、行き届いたメンテナンスに感動した。どんなホテルもこれくらいきれいにしてくれたらなあ、と若干潔癖性の気があるわたしは思うのだった。

日没まで少し時間があるため、再び地下鉄に乗って南下し、スクーグシェルコゴーデン駅まで。スクーグシェルコゴーデンとはスウェーデン語で“森の墓地”という意味で、ここに建築家グンナール・アスプルンドとシーグルド・レヴェレンツが手がけた、広大な市民墓地がある。さあ、今回の旅の大きな目的の2つ目であるグンナール・アスプルンド建築探訪に向かおう。

ちょうど1年前だろうか、広尾の図書館でアスプルンド建築の写真集をじっくり眺め、いつかこの墓地を訪れてみたいと思うようになった。敷地に一歩足を踏み入れただけですでに、この場所の雄大さが感じ取れる。降り出した小雨がまったく気にならないほど、場所の凄さにとらわれてしまう。入ってすぐのところには花崗岩でできた巨大な十字架がそびえ立つ。小高い丘を横目に見て、左に大きな礼拝堂、森の中に入って行くと小さな「森の礼拝堂」、小さなお墓が並ぶ市民墓地が見えてくる。この墓地は「人は死ぬと森に還る」というスウェーデン人の死生観を反映してほぼまったく森に手を入れることなく築かれたとのことで、まさしくすべてが森に溶け込むかのように在る。とにかく桁外れの広さなので、とてもすべてを見ることができず、きょう見られるのはせいぜいこの辺りまでだ。樹々の間を、野生の鹿がエドワード・マイブリッジの馬よろしく見事な跳躍で駆け抜けていくのが見えた。ちょっと後を追いかけてみようと反射的に走り出したが、二、三歩であきらめた。追いかけるなんて、なんてナンセンス。

うちのめされた。どんなに言葉で説明しても、写真に撮っても、この空間の凄さを言い表すことは到底無理だ。実はこの場所は、興味ばかり膨らんでいたものの、もしかしたらストックホルム中心部から遠いかもしれない、と半ば行くのをあきらめていた場所だった。でも、本当に来てよかった。わたしが言うのもなんですが、興味を持たれた方は、ぜひ訪れてみてください。中心部からも近いので。ちなみに1994年には世界遺産に登録されている。

余韻に浸りながらストックホルム中央駅まで戻り、市の中心地へ。セルゲル広場から橋を渡って、国会議事堂などを見て歩く。周りは海だらけ。どこを歩いても海が見える街、ストックホルム。ガムラ・スタンまで戻ってくる。ガムラ・スタンの大広場の雰囲気はベルギー・ブリュッセルのグラン・プラスの迫力、規模、喧噪、華麗さを4分の1、いや5分の1……くらいにした感じだろうか。これはもちろん貶しているわけではなく、こじんまりとしているけど華がある、という意味。やはり迷路のような街だけあって、迷いまくってホテルから遠く海っぺりの方に出てしまったりしたのだけれど、おかげで港の様子も楽しむことができて、疲れたけれど満足。ホテルに戻って眠る。

  1. ここはIKEA第一号店が建てられた場所らしく、それはすぐ駅前にあるらしいのだけれど、確認している余裕はなかった。 []