117

Friday, August 16

k117

コペンハーゲン 1日目

朝5時頃目覚める。ホテルの部屋は15階だったため、窓からは街がぐるっと見渡せる。高い建物がほとんどなく、皆同じくらいの高さに建っている、その眺めの美しさ。しかし、空が、街が、暗い。デンマークの8月中旬の日の出時刻は5時過ぎ、と聞いていたが、6時、7時になっても暗い……。おまけに路面が濡れている。遠くの街並みもモヤっている。朝霧? 靄? もしかして……雨天?! 晴れ女のわたしが来たというのに、どうなっているのか。

気を取り直して、ホテルのレストランで朝食を。きゅうり、パプリカ、ピーマン、ミニトマト、ピクルス、スモークサーモン、ハム3種、ニシンの酢漬け、ミートボール、ウィンナー、マッシュルーム、じゃがいも、デニッシュ、オレンジ、ミネラルウォーター、珈琲。これ全部食べたわたしの胃袋はどうなっているのか。とにかくただでさえ大好物なスモークサーモンとニシンの酢漬けが美味しくてたまらない。太さがいつも食べているものの2倍くらいあるきゅうり、風味豊かなマッシュルーム、ひとくちサイズのほくほくしたじゃがいも、もちもちしたミートボールも加えて6大美味としよう。あとは卵があったらよかったのに、と思っていたらちゃんとゆで卵ケースがあったそうだ。見落とした。卵なしでは生きられないわたしなのに、致命的なミスだ。嗚呼。舌鼓をうっているうちに、レストランの窓の外も、だんだんと明るくなってきた。とはいえ曇り空は変わらず、かろうじて雨が降っていない程度。

きょうはデンマーク国鉄の近郊列車エストーと、普通列車Reを乗り継いでまず北に向かう。最初の目的地はコペンハーゲン中央駅から30分ほどの距離にある海辺の街、クランペンボー。街の中心部から少し離れた土地まで移動するとなると、いわゆる郊外という場所を見ていくわけだけれど、異国の郊外は、といってもポーランドとベルギーとフランスしか知らないのだけれど、みな同じといえば同じであり、違うといえば違う。ベルギーは中央駅の周辺というとだいぶリッチな雰囲気があったけれど、ここは予想以上に素朴な感じだ。でもこじんまりとした森の中に小さな小さな湖が見えたり白鳥が浮かんでいるのが見えたりして、気持ちがぐっと盛り上がった。

クランペンボー駅で下車。ここにはデンマークが誇る世界的なデザイナー、アルネ・ヤコブセンが若い頃にデザインを手がけた「ベルビュー・ビーチ」がある。ベルギーのオステンドでヨーロッパの海を見て以来、外国を訪れたらできる限り海を観に行こうと思うようになった。このビーチでは北欧の海を背景に、青白のストライプ模様の本体に四本脚を持つ、独特の風貌をした監視塔が佇む風景を見ることができる。ビーチまでの道順はあまり把握していなかったけれど、把握も何も、列車を降りれば海が見えるので、そこを目指せばもう目的地なのだった。それにしても辺りは閑散としていて、地元の人々や幼稚園の園児たち、送り迎えの親たちしか見かけなかった。

砂浜にたどり着くと、若者たちがビーチバレーをしている。海に向かって突き出したコンクリートの堤防はあまり広くないけれど、ベンチがふたつ、間隔をおいて置かれている。その突端に可愛い監視塔がふたつ、建っている。近くに寄って見てみると、思っていた以上に素朴なつくり。脚なんか丸太に白いペンキを塗っただけ、という感じ。宇宙人のようにも見えてチャーミング。青と白の色合いは爽やかで好ましい。再び砂浜を散策すると、砂の上に建てられたトイレも白一色で、つる草のようなグリーンがわさわさと絡みついていてなかなかお洒落だ。そばにはヤコブセンデザインのシャワーがひとつだけ、ぽつんと設置されていて、それもとてもいい。

道路を挟んで海岸の向い側には、ヤコブセン設計のレストランと劇場「ベルビューシアター」がある。劇場は外壁に垂れ幕がかかっていて何かが上演されているようだけれど、レストランはビーチパラソルと思しきものがエントランス前に倒れてつぶれていたり、何やら不穏な様子。夏だというのにやっていないのだろうか、そんなはずはないと思うのだけれど。そしてそのレストランの隣に、ヤコブセンも一時期暮らしていたという集合住宅「ベラヴィスタ」がある。窓からは家の中の様子が垣間見える。花が飾られていたり、趣味の良いカーテンがかけられていたり、本が並べられていたり、それぞれの窓を見るのがとても楽しい。海岸線に沿って少し歩く。左手に海。昔話に出てくるような海賊船が水平線に浮かんでいる。舗道の脇にエスキモーらしき巨大な銅像がある。右手を見れば、まあどれもこれも素敵な邸宅だらけ。ガラス張りの温室のような部屋がほとんどの家にあるようだ。ガラス張りの温室、室内テラス……究極の憧れだ。いつかああいう部屋を持ちたい、と夢見る。そこにグリーンをジャングルと見まがうほどに、ばかみたいにたくさん置きたい。そして真ん中にソファを置いて、寝転がって本を読むのだ。

海岸線沿いに、これまたヤコブセン設計のガソリンスタンド「テキサコ・サービス・ステーション」があるらしいが、残念ながらそれは見つけられなかった。もしかしたら反対側に歩いてしまったのかもしれない。これについては諦めることに。それにしてもとにかく人がいなくて、すれ違う人もほんの二、三人。このあたりはいわゆる避暑地なのだろうか。「地球の歩き方」で紹介されているのだから観光地であることはたしかだろうけれど、なぜこれほど閑散としているのだろう。人混みにあわないのは大いに結構なのだけれど、よくわからない。

雲間から太陽の光が射し込み、海面が輝く。快晴の青空にはほど遠いが、グレーシーな空も異国の海にはよく似合う。雨にも降られなかったし、よしとしよう。

駅まで戻り、再びReに乗って、次はルイジアナ美術館に向かう。ルイジアナ美術館は数多くの世界的なキュレーターを輩出してきた、非常に評価の高い現代アートの美術館ということだけれど、寡聞にしてまったく知らなかった。最寄りのフムレベック駅を降りると、やっと観光客たちに遭遇。ここは観光地なのだな、ちょっとホッとする。

ルイジアナ美術館ではイブ・クライン、ベーコン、ジグマー・ポルケ、カンデンスキー、モンドリアン、ジャコメッティなどが観られて嬉しかった。野外彫刻が点在する庭からはペールブルーの海が見渡せる。海に向かって傾斜する芝生を降りていくと砂浜に近づける。泳いでいる男性をひとり発見。地元の人だろうか。庭にいるときもまた、太陽の光がさーっと射し込み、彫刻や人々の黒い影が明るい緑の芝生に落ちた。

お昼、海に面したカフェで朝食と同じようなものを食べる。何が入っているのか、何が材料なのか最後までわからなかった、でも美味しかったスープ、肉、リーフサラダ、カリフラワーとビーンズのサラダ、魚のほぐした身を固めたもの(見た目は完全にポテサラ)、ミニトマト、巨大マッシュルーム、ビール。

次はデンマークの最難関ともいえる、オードロップゴー美術館を目指す。遠い場所にあるわけではないのだが、バスに乗って行くのがいいらしく、しかし異国のバスは難しいのだ、乗り方が。日本だって乗り馴れていないバスはちょっと辛いくらいなのに。お金をいつ払うのかとか機械からピッと出てくる券があるのかどうかとか、惑わされる。それでもよくよく調べてみれば、歩いていけないこともないことがわかって、いい具合に晴れていることだし、徒歩30分くらいの道のりを歩いて向かった。

この美術館は1900年代前半に建てられた旧館にザハ・ハディド設計の新館が増築された建築が特徴だけれど、じぶんにとって最も重要なのは「ハンマースホイの部屋」があるということで、部屋というか部屋の中の一角だったのだけど、とても空間の密度が高いように思われて、つまりどれもこれもが好きな作品だったので、相当な時間、その場所に佇んで味わうことができた。ハンマースホイ以外にも北欧の画家たちの絵をたくさん観ることができて、それはいかにハンマースホイという画家が異質なのかということを再認識するものだった。

隣には建築家フィン・ユールの邸宅が建てられており、見学時間内に訪れたはずなのだけれど、何らかの事情で内部見学はやっておらず、目的は果たせなかった。とはいえ邸宅も庭もさっぱりと清潔で、親密さを感じさせるいい佇まいだった。外観をしばし眺められたことだけでも満足。美術館併設の、ハディド設計カフェでひと休みして、ショップでデンマーク語で書かれたハンマースホイ図録を購入し、結局帰りも歩いて駅まで向かい、ホテルへ。

さすがにぐったり疲れてしまったが、そこは旅のテンションでもうひと頑張り。コペンハーゲン中心部のラウンド・タワーを観に再び出かける。『地球の歩き方』によると、この円塔は1716年にコペンハーゲンを訪れたロシアのピョートル大帝が馬で、エカテリーナ妃が4頭だての馬車で駆け上ったという逸話があるらしい。ちょっと面白い。てっぺんの展望台まで登ってみたけれど、宿泊しているホテルの部屋が上階なのでむしろホテルからのほうが見晴らしがいい。それほど高くないというところもその逸話の信憑性がちょっと増すような。道に迷いながらホテルまで歩いて戻る。もう疲労困憊だ。ぐっすり眠る。