109

Tuesday, June 25

午前3時にパッチリと目が覚めて、しばらくYouTubeでマイケル・ジャクソン絡みの映像(フラッシュモブなど)を観て、もう少し眠らないと身体に悪い、とベッドに入ってもまったく眠れなかった。きょうはマイケル・ジャクソンの命日だ。日本時間では4年前の6月26日朝の出来事だったけれど、命日は25日。

毎年この頃はマイケルの歌を集中して聴くことが多いけれど、もうほとんどどの曲でどんな音が鳴っていたか覚えてしまったし、いつだって彼の曲は頭のなかですぐに再生できるから今年はまあいいかな、と考えていた。マイケルが亡くなったときいくつかの本が出て、ひととおり読んだので、晩年の彼のスキャンダルについてはひととおり、本当にひととおりは知ってはいるが、よくわからないし、それ以上知りたいと思う気もない。それより、わたしの家ではクラシックとジャズ、ソウル、ファンク、ディスコミュージックがよくかかっていたので幼い頃の刷り込みというものも大いにあるだろうけれど、初めて、音楽を聴いて身体の芯からビートとリズムに身をまかせたくなる快楽を教えてくれたのがマイケルの音楽であり、加えて超絶したパフォーマンスとはどのようなものかということを示してくれたのがマイケルのダンスだったという、その点においてのみやはりマイケルの音楽はわたしにとって特別な意味をもつ。

今年は『現代思想』2009年8月臨時増刊号(青土社)の「総特集 マイケル・ジャクソン」を、あらためて熟読したいと思った。これは刊行と同時に買って以来の愛読書で、毛利嘉孝、上野俊哉、新田啓子、陣野俊史などといった『現代思想』をずっと読んできた人にとっては納得の面々が執筆しているとのことだが、とりわけ大和田俊之が「紐育滞在記」で書いているマイケルの音楽が内包する黒人音楽の本質や「スリラー」の曲とミュージック・ビデオについての考察は感動的だ。なぜわたしがソウル、ファンク、R&Bといった黒人音楽に惹かれるのか、そして何より「スリラー」で感じていたけど言葉にできなかったことをすべて説明してくれている。

この延々に続くかのように思われる反復の感覚、何も解決せず、というよりは、解決を常に先送りにしながら律動するサウンドこそが、ブルース以来の黒人音楽の特徴だといえるんだ。(p.102)

「片方にブルースやロックンロールに代表される反復音楽があるとして、もう片方にクラシック音楽的な機能和声に沿ったコード進行を持つポップスがある。前者が音楽的な解決を先送りにして宙づり状態のまま延命させる音楽だとすれば、後者は序章やクライマックスやカタルシスがある物語構造を持つ音楽だといえるかもしれない。(p.103)

一四分に及ぶ「スリラー」のミュージック・ビデオでもっとも「不気味」なのは、三分以上も流れ続ける間奏である。六分弱のアルバム・バージョンの倍以上の尺を使い、マイケルは楽曲の間奏部分をひたすら引き延ばすのだ。ヴィンセント・プライスのナレーションが流れ、ゾンビと化したマイケルのダンスが繰り広げられる。だがもっとも重要なのは、その間、ブレイクを挟みつつバックで延々と流れるサウンド——シンセドラムとベース、そして、そう、あのデヴィット・ウィリアムズの不気味なリズムギター——である。恐怖と反復の主題をこれほど見事におさめた黒人音楽の映像がかつてあっただろうか。(p.106)

そう、わたしは「スリラー」のあの不気味な間奏部分がとてつもなく好きなのだ。あそこだけ何分だって聴いていられる。この延々に続くかのように思われる反復の感覚。

『現代思想』を読んでから、やっぱり聴かなきゃだめだ! とDVDをいっぱい引っ張り出してきて、結局2時間くらい堪能してから眠った。

Friday, June 28

昼間は『波止場日記―労働と思索』(エリック・ホッファー/著、田中淳/訳、みすず書房)をぱらぱら捲って、夜は、「それほど金井美恵子ではなかったかもしれなかった焼鳥屋」で、各種焼鳥、大根サラダ、鶏のスープ、ビールをいただく。一杯ひっかけるつもりがついつい食べてしまう、王道パターン。でもきょう初めて食べてみた大根サラダはとてもとても美味しかった。ほんの少しずつだけれど、玉ねぎ、ポテトサラダ、青菜のおひたし、トマトが添えられている贅沢サラダ。大根も歯ごたえがなくなってしまうような細切りではなく短冊切りだった。この焼鳥屋さんのいいところは、まず何を食べても味がいい、というのがいちばんだけれど、どのレシピも(焼鳥以外)完コピはできるわけもないけれど頑張れば少しはこの味に近づけるかな、という、ほんの少し手の届きそうな家庭料理に限りなく近いところ。また料理がんばろー、と思った。

飲み食いしながら各種雑誌の定期購読の話になり、調べてみたらば資生堂の『花椿』が昨年4月のリニューアル創刊時に定期購読料金が改訂されて、4,440円→2,400円とほぼ半額になっていることを今さら知ったのでついに定期購読することにした。

Saturday, June 29

このところ寒くて真夜中に目覚めることが多く、長袖をはおって再び眠りにつく。

お隣の部屋に住んでいるおばあちゃん、朝5時になるとテレビの音がわりと大きめに聴こえてくる(とはいえ全然気にならない程度の大きさ)。4時台はわりと小さめなのは、気を遣ってるのかな。くるみパン、ウィンナー、ほうれん草炒め、ヨーグルト、珈琲の朝ごはんを済ませて上野へ。

東京都美術館で「ミラノ アンブロジアーナ図書館・絵画館所蔵 レオナルド・ダ・ヴィンチ展 天才の肖像」を観ようと開館20分前に美術館に着いたら長蛇の列。みんなダ・ヴィンチ大好きなんだね! 今回は昔から気になっていた「手稿(素描)」を観れたのが嬉しかった。素描にも技法があることを知る。画材や画布の説明を読み、嗚呼わたしは写真の現像方法(ゼラチンシルバープリントとかダゲレオとか)についても版画技法(エッチングとかアクアチントとか)についても理解が覚束ないのに今度は素描の技法まで出てきたのかい、と思う。そういえば自宅の本棚では『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』(岩波文庫)上下巻が積読中だ。

続いて東京藝術大学大学美術館で「夏目漱石の美術世界」展。漱石の美術世界に焦点を当て、漱石の作品に登場する絵画作品を集めたもので、著作の装幀、挿絵、宣材? なども紹介されていて、めちゃめちゃ面白かった。当然のように図録も購入。それにしてもダ・ヴィンチに劣らぬ、いや、それ以上の混雑っぷりにびっくり。壮年男性がうじゃうじゃ。そうだった、おじいさん&おじさんは漱石が大好きだよね!

上野公園のPARK SIDE CAFEで野菜たっぷりミートドリアを食べてから銀座に向かう。リコーフォトギャラリーRING CUBEで「ルシアン・クレルグ ピカソ、コクトー 2人の天才の素顔」、ポーラ ミュージアム アネックスで「ミヤケマイ 白粉花」、シャネル・ネクサス・ホールで「フィリップ ヴァレリー いくつもの夜をこえて」、メゾンエルメスで「シガリット・ランダウ ウルの牡山羊」を観る。シガリット・ランダウが印象に残ったのだけれど、会場で配布されたパンフレットに載っているシュムエル・ヨセフ・アグノンのテキストを読んだらなんともいえずやるせない気持ちになってしまって、この著者はノーベル文学賞を受賞した最初のヘブライ文学作家だそうで、著作は全然出版されていないけれどいつの日か読んでみたいなあ。

三越とユニクロで買い物。銀座のユニクロに初めて入ってみた。椅子があるのがいい。地元のスーパーでお寿司を買って帰宅したら出版社のPR誌が続々と届き始めて、月末の風物だ。お寿司と長ねぎのお吸い物とビールでお腹を満たしたのち、薬局までに切らしてしまった化粧品を買い求めに夜道を歩く。きょうはまだ夜風が気持ちいいけれど、来月の今頃は夜歩いても汗だくになるだろう。それにしても少しずつ少しずつ、でも確実に、日の入りが早くなっている。

夜は、みすず書房から届いた出版情報紙「パブリッシャーズ・レビュー」を読み、『装苑』8月号に目を通す。特集「BOTANICAL+FASHION 植物はファッションを刺激する」が楽しい。海野弘が唐草(文様)についての小文を寄せていて、「ギリシアから日本にいたる唐草のシルクロードについては、いつか一冊の本を書いてみたいほどだ」と書いている。ぜひ書いていただきたい。あと7月3日から文化学園服飾博物館で「『装苑』と「装苑賞」その歩み」展が始まるそうで、すごく楽しみだ! とりわけ気合を入れて向かわなくてはならない展覧会がまたひとつ増えた。

Sunday, June 30

きょうはちょいと寝坊、朝4時半に目覚めてまた寝てしまって5時過ぎに起き出して窓の外を見たら地面が濡れていた。夕べ眠る頃、雨は降っていただろうか。思い出せない、ほんの6時間前のこと。

定期購読することを決めたものの目の前にあるならもらおう、ときのうSHISEIDO THE GINZAでもらってきた『花椿』7月号(資生堂)を読む。穂村弘との対談で松田青子が話してることが超面白い。穂村さんに自分は何欲が強いかと訊かれて、「家にいたい欲です。本を読んだりDVDを観たりしてだらだらしたい。会社を辞めた時は本当に嬉しかったですね。会社とか学校ってすごく乱暴だなって気持ちがずっとあって、もう乱暴さに触れなくてよくなるから嬉しいなって思いました」って言ってる。あと「ひとつでも多く読んだり観たりしたいと思いながら毎年終わっていきますね」とも言っていて、今年はちょうどきょうで前半が終わるけれど、こういうふうに思いながら日々を過ごしている人々が少なからず存在するってことはわかってはいるけれど、でも、そのことをあらためて感じられた2013年上半期であったなあ、よかったなあ、と感じた。

朝ごはん、ハムとコーンのピザトースト、珈琲。きょうは美容院。実はきょうから美容院がリニューアルオープンするのでお祝いにお花を贈りたかったのだけど、朝早過ぎて歌舞伎町とかに行かない限り開いている花屋はないだろうからあきらめてワインを買った。美容院に行ったら店頭が笑っていいとも状態でお花がたくさん届いていて、お花じゃなくてよかったかも、と安堵し、しかも少しおすそ分けしてもらえることになり狂喜乱舞した。花はいくらでもほしいよ。バラ、スイートピー、欄、スモークツリーをいただいて、大きな花束になった。コンサートホールでアルバイトをしていた大学生の頃、たくさんお花が届いた日にはアルバイトの女の子たちにも少し分けてもらえた。大輪のひまわりやバラを抱えて電車に乗って家路についた懐かしい思い出が浮かんだ。

花で手が塞がっているのでさっさと帰宅して、お花を活けて、お昼は自宅そばのイタリアンレストランで済ませて、ワインを仕入れに近所のワイン屋へ。割引期間なので。帰宅後は、ひたすら家事雑事に追われる。途中、息切れしてなんだか何をやったらいいのかわからなくなってきてボーッとしてしまう。単にさぼっていただけか。夜は、ごはん、じゃがいもとにんじんと玉ねぎとわかめの味噌汁、カマス、厚揚げと玉ねぎと三つ葉のサラダ、もやしのナムル、ほうれん草のピリ辛あえ、ビール。デザートにアメリカンチェリー。

『図書』7月号(岩波書店)の蜂飼耳の連載だけ読んでベッドに入ったら、隣の部屋から何やらスーパーのビニール袋をがさごそいう音が聞こえてきて、まさか、まさか、まさかまさかのGKBR……とぞっとしながら見に行ったらカーテンと窓硝子の間でカナブンがもがいていた。ので、逃がしてやった。そういえばきょうはお昼を食べに行く途中でしっぽが青銀色のトカゲを見た。もう少しで踏みそうだったのをこらえた。トカゲとかヤモリとか、爬虫類はけっこう好きだ。調べたらしっぽが青いのはニホントカゲの幼体なのだった。知らないことをひとつひとつ、小さなことでもコツコツと、知識を積み上げていく。幼児のように。