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Tuesday, November 20

我が家にKindleがやって来たヤァヤァヤァ。待ちわびていたわけではないけれどなんとなくヤァヤァヤァ。「予想以上に“紙っぽい”」との感想をちらほら耳にしていたが、実際見てみるとたしかに液晶画面には思いのほか「紙」感があった。近年電子書籍について食指が動かないのはもうこれ以上液晶画面を見つめて目を酷使したくないからで、モニタを見るのが辛いのであって電子書籍に興味がないわけではない。昔はけっこう動向を追っていたのに最近さっぱりなのはもうこれ以上液晶画面を見つめて目を酷使したくないからで、モニタを見るのが辛いのであって電子書籍に興味がないわけではない。

ジャン=ピエール・メルヴィル監督の映画はあらかた観ているのだけれど、というか比較的手に入りやすい、観る機会がそれなりにある作品はすべて観たのだけれど、長編デビュー作『海の沈黙』は2010年の2月から3月にかけて岩波ホールで上映したのをみすみす見逃したがために未見の一本になってしまったのが心から悔やまれる。同時に原作がフランス・レジスタンス文学の最高峰ともいわれるヴェルコールの『海の沈黙』であることを知り、いずれ原作だけでも読みたいと思っていて、先日、ふらりんと入った古書店で『海の沈黙・星への歩み』(ヴェルコール/著、河野与一・加藤周一/訳、岩波文庫)が非常にいい状態で売られていたので買って読んだ。かつてフランス本国でこの作品を世に送り出し、ヴェルコール本人が創始者のひとりでもあった版元として当然のように巻末の解説でEditions de Minuitの名が出てくる。加藤周一はそれを「深夜版」と訳出しているが、堀江敏幸は『象が踏んでも―回送電車 4』のなかで「真夜中の出版社」と呼んでいた(“真夜中”がテーマのエッセイだった)。

夜、しらすのせごはん、油揚げとミョウガとキャベツと長ねぎの味噌汁、鰺のひらき、キムチのせ冷や奴、じゃがいもとさやいんげんの煮物、大根とにんじんのなます、ビール。

Friday, November 23

そういえば日誌に書き忘れてしまっていたけれどキリンジの堀込弟が脱退のニュースはやはり悲しく寂しいものがあって、先日ラジオに兄弟2人そろって出演していたのだけど、2人の出演するメディアをしゃかりきに追いかけているわけでもないので2人そろっているのを聴くのはきっとこれが最後な気がした。早く新しいアルバムをしっかり聴きたいものだ。気づくと口ずさんでいる歌というものは本当にたくさんあるけれど、キリンジの「君の胸に抱かれたい」はその筆頭ともいえる歌で、ほかにもたとえば堀込泰行・永積タカシ・畠山美由紀の「真冬物語」(松任谷由実/作曲、松本隆/作詞)が大変好きで、でもこの歌は知った頃にはとっくに廃盤になってしまっていて、その後せっかく2009年に出た松本隆の『新・風街図鑑』に収録されたのにその事実を知ったのもけっこう経ってからだった。そしてそのアルバムを聴こう聴こうと思いつついまだ聴いていないという体たらく。

昼下がり、近所のカフェで読書に耽る。夕ごはんは、油揚げとミョウガと長ねぎの味噌汁、蓮根のきんぴら、しめじとにんじんといんげんの茶碗蒸し、ビール。

『高峰秀子 暮しの流儀』(高峰秀子・齋藤明美・松山善三/著、新潮社)を寝る前にペラペラ読む。

似たもの夫婦というが、私たち夫婦の性格は全く似ていない。/清潔で誠実で、気前がよくて男前で、つまり私と正反対の男がいないものかとキョロキョロしたら、やや類似品があったので今の夫と結婚した」とか「話があるからお酒がうまいのか、お酒があるから話が出るのか知らないが、とにかく深夜の酒盛りは生活を楽しくする。

といった秀子節を堪能。「うれしいにつけ、悲しいにつけ、花屋へ飛び込む」というシンパシーを感じる一文も(引用文はすべて、もともとは『瓶の中』所収)。

Saturday, November 24

東京都写真美術館で「北井一夫 いつか見た風景」、「操上和美 時のポートレイト」。

原子力潜水艦の寄港や成田空港の建設に反対する人々、過疎化の進む村などを撮影した写真で知られる北井一夫の展示はいくつかの章立てがされていたが、「抵抗」「過激派・バリケード」「三里塚」「いつか見た風景」「村へ」がよかった。というか本当に素晴らしい展示でどの写真も本当によかったのだけれどこれらがとびきり良かった。「村へ」と題された作品群のなかに「田舎道」という一枚があって、それは文字通り田舎のある道を横から撮影したもので、北井一夫が「これでやっていける」と確信したエポックメイキングな一枚であり、また、大辻清司が非常に高く評価した一枚でもあったという。ちなみに北井一夫も被災した東北を撮っていた。

「抵抗」を観ていて先日、日本橋三越で観たイジスの、フランスのレジスタンス運動の闘士たちを撮影したポートレートを思い出した。イジスはブレッソンやブラッサイやケルテスをもっとずっと甘くしたような感触を受ける作風で、タイトルも「パリに見た夢」というものだったけれど、最初期の頃、彼はきわめて社会派である被写体をえらんでいたのだ。

操上和美はモノクロよりもカラーがいい。そして写す対象は風景よりもモノがいい。と、個人的にはそう思った。副タイトルの「ノスタルジックな存在になりかけた時間。 」というのは良いな。

お昼はおなじみRue Favartにて、蟹とほうれん草のトマトクリームパスタセット。食後に珈琲。

本郷まで移動して、弥生美術館で「田村セツコ展 〜HAPPYをつむぐイラストレーター〜」を観る。わたしにとって田村セツコというイラストレーターは、イギリスの作家、エニド・ブライトンが著した『おちゃめなふたご』シリーズおよび『はりきりダレル』シリーズでとびきり素敵な挿画を描いていた人物、と記憶されている。小学校低学年から中学に入りたてくらいまで、わたしは一言一句完璧に記憶するほどこのシリーズを読んで読んで読んで読み倒していた。1940年代のイギリスの女子寄宿学校を舞台にしたこの物語から、ラクロスもオイルサーディンも真夜中のパーティーもフランス語のRの発音の難しさも仲間と過ごす喜びも煩わしさもすべて教わった。主人公のふたごを中心にすべての登場人物の女子学生にスポットライトがあたる構成に、わたしの群像劇好きはここからきているとさえ思う。田村セツコの描くイギリスの少女たちはくるくるまつげに蕾のようなくちびる、豊かな髪の毛に球体のような形のいい頭部、そして細い腰とどこまでも伸びやかな手足が特徴的で、当時、これほどメリハリのきいた、ピリッとした絵を描く日本のイラストレーターはいなかった。今ではオノ・ナツメとか中村佑介とかカンバラクニエとか垢抜けた絵を描く人はいくらでもいるけれど、子どもの頃はそんなことは考えずにうっとり眺めていただけだけれど、いま思えばそういうことだったのだと思う。

弥生美術館の帰り、色づいた銀杏を愛でるため東大本郷キャンパスを散歩するのを楽しみにしていたのだけれど、思いのほか遅くなってしまってすっかり日も落ちてしまい紅葉どころではなかった。残念がりつつ帰宅して夜ごはん、しらすのせごはん、豆腐としめじとミョウガの味噌汁、秋刀魚の塩焼き、大根おろし、卵焼き、きゅうりと味噌、ビール。

Sunday, November 25

朝いちばんに武蔵野から世田谷にかけて流れる野川に散策に出かける。ここは前々から一度訪れてみたかった場所で、きっかけは2001年にラピュタ阿佐ヶ谷で行なわれた「ラピュタアニメーションフェスティバル2001」にユーリ・ノルシュテインの作品を観に行ったときにショップで購入した『100年前に降った雨 貫井物語』(野口由紀子/著、ふゅーじょんぷろだくと)という一冊の本、これは武蔵野の水をめぐるドキュメンタリーなのだけれど写真がとてもよくてというかわたしにとって「水と深い緑」というモチーフはこのうえない訴求力を持つためときどき本棚から取り出してはしばし眺めていて、ちょうど紅葉を楽しめる季節でもあるしこの本を導き手にいよいよ行かん、と決行したもので、決して松浦寿輝氏と氏の愛犬・タミーが頻繁に散歩に訪れているから、ではない [1] [2] [3]

『100年前に降った雨 貫井物語』には、野川に注がれる湧水、国分寺崖線、はけの道、野川公園・武蔵野公園、そしてこの地をめぐる水などについて細かく記述されている。放射冷却が起こる冬の明け方の野川や緑にむせかえるような夏の野川沿いの歩道の写真は素直に景色をとらえた何てことないショットではあるのだけれど、そしてすぐ近くに住む人々にとってみれば日常の風景にしか過ぎないのだろうけれど、実際に行ったことのないわたしにとってみればなんとも心惹かれる場所だった。野川の桜が人気スポットで春には人であふれるということは昨年あたりまでまったく知らなかった。

ということでこの本の

武蔵野を東西に一直線に横切るJR中央線は、小金井、国分寺間は崖線の北の縁近くを走ります。野川へは、中央線武蔵境駅下りホーム反対側で単線の黄色い四両編成の電車、西武鉄道多摩川線に乗り換えます。60年代まで、多摩川から採石した砂利を運んだ鉄道です。/一つ目の新小金井駅(野川へはここで下車)を過ぎて数分、突然車窓からの風景が一変。地上を走っていた電車が空中を走る感じになります。空が大きく開け、窓から見下ろすと電車の下をクロスして流れる小川が丘と森を蛇行して箱庭のようです。この小さな川が「野川」です。空の青、地の緑にくっきり浮かぶくじら山は、野川の右側(南側)です。

という一節に導かれてまずこの「箱庭」感を得るために新小金井駅の一つ先、多磨駅まで乗車した。実際、この「箱庭」感が得られるのはほんの一瞬、それもあっけないくらいこじんまりしたパノラマだったのだけれど、電車好き、地図好きにはもう十分に興奮し得る体験だ。多磨駅で電車を降り、人見街道を歩いて野川公園に入る。あとは野川沿いの道をえんえん歩き、武蔵野公園の涯てまで行って引き返した。

そういえばこの本には「中央線武蔵境駅下りホーム反対側で単線の黄色い四両編成の電車、西武鉄道多摩川線に乗り換えます」と書かれていたけれど、現在はすでに武蔵境駅は改築されており反対側のホームではなかった。
新宿まで戻ってきて、ふと思い立って小田急線に乗って参宮橋駅で降り、パンケーキのお店「ももちどり」でお昼をいただく。スープとサラダの変わらぬ美味しさに歓喜する。きょうはきのこのクリームスープだった。それにしても次々と新たなメニューを開発してメニューの数を増やすお店がある一方で、季節がわりのパンケーキはあるものの、基本的に同じメニューをえんえんつくり続けるこうしたお店もある。

  1. 『川の光2』の動物たちはいまどこに? []
  2. 秋晴れの野川公園にて []
  3. 冬の散歩 []