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Wednesday, October 17

『日本の島々、昔と今。』(有吉佐和子/著、岩波文庫)を読んでいる。この本は電車の中で他人が読んでいるのを盗み見て興味を持った一冊で、そうした経験は極めて稀だ。だいたい人が読んでいる本を盗み見たところでおっ! と思うような本を読んでいることなんて滅多になくて、最近でいうと、といっても今年4月のことだからもう最近でもないのだけれど、参宮橋にあるパンケーキ屋「ももちどり」で席が空くのを待っていた女性がエンリーケ・ビラ=マタスの『ポータブル文学小史』を読んでいたのを帰りがけに見て、おっ! と思ったくらいだ。

夜ごはん、ごはん+ゆかり、豆腐と茄子と玉ねぎの味噌汁、豚しゃぶしゃぶ(ポン酢と胡麻だれで)、つけ合わせに茹でたキャベツとパプリカとしめじ、クリームチーズのおかか醤油がけ、ビール。しゃぶしゃぶって大量に食べなくてもなぜかものすごくお腹がふくれる。

Thursday, October 18

若松孝二監督逝去の報に衝撃を受ける。中上健次の小説『千年の愉楽』が映画化されると知ったとき、監督が若松孝二だということでどれだけ胸が躍ったことか。大好きな小説は往々にして映画化してほしくないと思うけれど、若松孝二ならば嬉しかった。数年前に下高井戸シネマで『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』の舞台挨拶が行なわれたときに観に行って、井浦新(当時はARATA)もかっこいいけど若松監督! かっこいい! と興奮したことが思い出される。テオ・アンゲロプロスが事故死したのが今年1月のことだ。返す返すも無念。

先日、何かの展覧会へ行ったときにもらってきた「MOTアニュアル2012 Making Situations, Editing Landscapes 風が吹けば桶屋が儲かる」のチラシをじっくり読んでいた。普通、美術展のチラシをじっくりと読むことは少ないが、これに限っていえば4ページにわたってびっしりとテキストが印刷されており、かつ非常に面白い内容だったのでじっくり読まないわけにいかなかった。今年のMOTアニュアルは、東京都現代美術館のサイトによると「本年は、物事の通常の状態に手を加え、異なる状況を設定することで、日常の風景に別の見え方をもたらす7組のアーティストを取りあげる。彼らは自らの手で造形を行うのではなく、他者を介在させ、人々の想像力に委ねる。展示のみならず、パフォーマンスやワークショップ、テキストの要素を含み、一言でその作品の形態を表すことは難しい」とあるように、例年とは少し毛色がちがうようで、チラシは作家全員がじぶんの作品に通ずる文章をそれぞれ寄せたもので、わたしは奥村雄樹というアーティストの、次の書き出しではじまるテキストにとりわけ興味をもった。

「笑っていいとも」で石原良純が自分の娘さんをはじめてスキーに連れていった話をしていた。「娘は小さすぎて自分ひとりでは雪山をのぼれない」と言うと、タモリが「じゃあ誰が上まで連れていったの?」というような質問をして、石原良純は「自分でやりました」というように返答した。これを聞いた瞬間、ふたつの世界が同時に立ち上がるのを感じた。一秒にも満たない短い刹那だったかもしれないが、「自分」の指示対象は石原良純であると同時に彼の娘さんでもあった。

もうこれで全体の文章量の4分の1くらいなのだけれど、このエピソードから文章構造、言語、文脈、現実、世界、と考察がぐぐっと拡張していく様子にぞくぞくし、じぶんをひっぱりあげてくれる文章はどこにでも存在するものだ、とあたり前のことを思った。

夕ごはんは、ごはん+ゆかり、にんじんとミョウガと長ねぎの味噌汁、秋刀魚の塩焼き、ズッキーニとピーマンとキャベツと玉ねぎとしめじのガーリック炒め、ビール。食後に赤ワインとカマンベールチーズをいただきながら『石井好子のヨーロッパ家庭料理』(石井好子/著、河出書房新社)を捲る。実際にはつくれなくても、眺めているだけでいい気分になれる本。平松洋子の解説エッセイを読んで相変わらずの文章の巧さに唸る。

数日前からすぐにものがかすんで見えて、あまり目の調子がよろしくなかったのだけれど、少しよくなってきた気がする。あまり目を使わないようにしなくては。  

Friday, October 19

夜ごはん、ごはん+ゆかり、茄子とミョウガと長ねぎの味噌汁、鰺のひらき、枝豆、茹でキャベツ、さつまいものレモン煮、きゅうり+味噌、ビール。さつまいものレモン煮はこのところ食べたくて食べたくてしょうがなくてようやくつくったものだから非常に美味しくて大満足。

もう少し秋が深まったらハイキングに出かけようと思い、いろいろと計画を練る。といっても何も複雑な行程を組むのではなく、延々と歩きたいだけなのだけれどその土地の地理地形についてはできる限り完全に把握したくて、そう試みた場合、地図を調べて、ちょっとした参考文献などにも目を通しちゃったりして、そういうことをするとなるとわたしの頭脳ではだいぶ時間を必要とする。夜が更けても目が冴えてしまって、深夜、『あたらしい日用品』(小林和人/著、マイナビ)を読み、『ベンヤミン・コレクション6 断片の力』(ヴァルター・ベンヤミン/著、ちくま学芸文庫)をぱらぱら拾い読みしてから就寝。あまり目を使わないようにしなくては、なんてまったく本気で思っていないでしょう。そりゃそうでしょう。世界は無限、時間は有限なのです。

Saturday, October 20

数日逡巡していたが、やはり、ということで朝一番に眼科に行く。わたしの目の調子が悪くなるときは春と秋であることが多いので、眼科の道中に、春と秋特有の気持ちの良い青空を見上げることがしばしばで、きょうもいい天気で、きょうもまた、こーんなにいいお天気なのに病院……とちょっと塞いだ。とはいえもう10年ちかく通っている眼科で、本当にいい眼科で、この眼科に巡りあえて本当に本当に良かったと思っていて、ここに来ると幸せで、でもそれと先生がオノ・ヨーコにとてもよく似ているということはあまりというかまったく関係ない。もう何度診察を受けたか知れないが、毎回毎回オノ・ヨーコは、丁寧な病状説明に加えて目に関するさまざまな知識をわたしに身につけさせてくれて、これからもずっとお世話になるだろうと思うし、目の仕組みや機能、加齢に伴う変化などについてもっと学ぼうとも思い、目に関する本を読んでみようかしらとも思った。バタイユの『眼球譚』は読んだのだった。昔。生田耕作ではなく中条省平の新訳(『目玉の話』)でだけれど。

ランチは数年ぶりに訪れたDADA CAFEでタコライスを食し、たまにはどばーっとまとめて本を買いましょうということで新宿ブックファーストと新宿紀伊國屋をめぐって帰宅。夜、近所の焼鳥屋さんが美味しいらしいので行ってみたらとても美味しかった。

Sunday, October 21

家にいるときは本を読むとき以外はほぼ絶え間なくラジオを聴いていて、ほんとにもう、ラジオがなかったら本気でもうじぶんはだめになってしまいそうな気がする。一人暮らしをしていた頃は携帯ラジオとイヤホンを持って近所の公園に出かけ、公園のなかを歩きながらラジオを聴いたりソフトクリームをなめながらラジオを聴いたり林のなかの木漏れ日がうつろいゆくのを眺めながらラジオを聴いたり、そうしていた頃のことを思い出すとなんともいえない郷愁が胸を衝いて、嗚呼サウダージ、わたしだけのサウダージ。