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Wednesday, September 5

このところ半月くらい、夏の疲れがでたのかひたすら疲れてしまって、ばかげた早起きをしているわけでもないのに夜は夕飯をつくって食べて片付けを終えたらもうまるで起きていられず居眠りをしたまま眠りに落ちてしまったりベッドに直行したりと、こんな状況は数年ぶりだしいったいどうしたものか、と思っていたらきょうはひどく調子が良くて気分も冴えている。夕食後は先日読んだ『女ひとりの巴里ぐらし』(石井好子/著、河出文庫)に続いて『いつも異国の空の下』(石井好子/著、河出文庫)を読了。

「海の見渡せるホテルのテラスで、日本の父母に自活出来る様になったし、もう少しパリで働かせてほしい、帰国を延ばす事を許してほしい、という意味の手紙を書いた。
翌日はバスに乗ってモンテカルロ迄ゆき、有名なカジノでルーレットをして遊んだ。さすがに女一人では気がひけたから夜はやめて、昼間のカジノに入りマルセイユでかせいだお金の半分を見事にすってしまった。何もニースやモンテカルロまで行く事もなかったのだが、秋には帰国するつもりだったから南仏も見ておかねばとばかり遠出したのだった。しかしルーレットではすってしまったが、南仏の旅行で私の風邪もすっかりなおり元気になってパリで帰ることが出来た。「仕事の後わざわざモンテカルロに遊びに行く歌手があるかね」オーベルはあきれ顔に私を眺めていた。変な日本人だと思ったらしかった。

と、なんとも勇ましい好子さん。石井好子、石井桃子、高峰秀子、栃折久美子、鴨居羊子……何事かを成し遂げた女性の著す自伝的書物を読むと彼らの知性、才能、勇気、麗しさ、男気、色気、といくらでも言葉を尽くして讃辞を呈したくなるけれどやはり真っ先に感じるのは小気味よさという点で、読んでいる身としてはスカっと爽快な気分になることこのうえない。

昨年から今年にかけて河出文庫から出た石井好子の本は『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』と『東京の空の下オムレツのにおいは流れる』、そしてこの『女ひとりの巴里ぐらし』と『いつも異国の空の下』でそれぞれセットのような装丁で、わたしは特に『いつも異国の空の下』表紙の、荻須高徳の絵(「MARSEILLE, LE VIEUX PORT」)がとても好きだ。河出文庫の表紙画というと今年5月に刊行された『完本 酔郷譚』(倉橋由美子/著)のザオ・ウーキーや『埋れ木』(吉田健一/著)の中山爾郎の絵もとても素敵だしまだ読んでいないのでこれから読むのを楽しみにしているのだが、この中山爾郎という人のことは調べてもほとんど情報が出てこなくてよくわからないのだった。

Saturday, September 8

昨晩は最近ますます天賦の才能に磨きがかかり、そろそろダム行きも検討しつつあるという自他ともに雨男と認める御仁と久しぶりに会い、咽喉が枯れるほどよくしゃべって笑って楽しいときを過ごして精神のみならず胃袋も充実したため今朝は朝食はとらず、そそくさと開館直後の図書館へ向かう。帰宅して少し早めのお昼ごはん。素麺、枝豆、烏龍茶の相変わらずのメニューをいただいてから銀座へ。複数の化粧品を一斉に切らしてしまったため幾種類かの化粧品を購入し、9月に入っても続く蒸し暑さに辟易しながら炎天下を歩く。時折り吹く風は若干涼しいものの、夏到来! と叫びたい気分になる。資生堂ギャラリーで「リー・ミンウェイ展 澄・微」を観る。メインの展示は、子どもの頃から持ち続けている手作りの布製品と、その製品に対する思いを綴った文章を一緒に入れた木製の箱を並べたもので、中身はすべて一般の人々から募集したもの。この募集がかけられていることを知ったときわたしも応募してみたいと思ったのだけれど、すでに応募が締め切られた後だった。

夕方ちかく、乃木坂に移動して国立新美術館に向かって歩く頃にはだいぶ涼しい風が吹き抜け、ああやっと秋が来たかと思ったのも束の間、極寒の国立新美術館で「「具体」ニッポンの前衛 18年の軌跡」を鑑賞するや指先まですっかり冷える。もう冬。最初期の作品として、たとえば野外の公園での展示を目的としたインスタレーション的なもの、極めて立体的な作品やその場に置かれることで成立し得る作品群は往々にして作品との身体的な関わりを鑑賞者に求める作品であるため、触ったり、中に入ったり、乗ったり、といった動作が伴うのものの個々の作品のわきには「触らないでください」「足もとにお気をつけください」「作品の中に入らないでください」という旨の立て札が。「この上を歩いてください」という指示のある作品の横には「この上に乗らないでください」との指示があって混乱する。「われわれの精神が自由であるという証を具体的に提示したい」をスローガンに自由を極めた創作と対峙するわれわれに課せられた、なんという不自由。それはともかく展示はなかなか楽しめるもので、「具体」派を世界に送り出したミシェル・タピエの功罪や解散に至る経過などもひととおり理解。続けて「与えられた形象—辰野登恵子/柴田敏雄」、これはとてもいい展示だった。美術館そばのギャラリー・アートアンリミテッドで「柴田敏雄 water-made 展」を観て、ギャラリー・間で「スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS」のみっちり密度の濃い展示の熱気にあてられたのち六本木ヒルズふもとのフランツィスカーナーでドイツビールとドイツ料理をごくごくもぐもぐ。

Sunday, September 9

いつもの花屋でカラーを買う。カラーといえばいちばんにタマラ・ド・レンピッカの絵が思い出される。レンピッカがもしじぶんの紋章をつくるとしたらその中心にはカラーの花を据えるだろう、といわれるほどレンピッカはたびたびカラーの花を描いた。そういえばフリーダ・カーロ&ディエゴ・リベラもよくカラーを描いたそうだ。かつて文化村ミュージアムで個展が行われた際に購入したレンピッカの画集を眺める。