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Wednesday, March 21

晴れ。銀座へ。お昼はcafe634でご飯、チキンカツ、ジャーマンポテト、きんぴらごぼう、デザートにケーキ盛り合わせ、珈琲。資生堂ギャラリーで「入江早耶展」、ギンザ・グラフィック・ギャラリーで「ロトチェンコ 彗星のごとく、ロシア・アヴァンギャルドの寵児」、松屋銀座で「写真家大石一男 パリコレ30年」、ギャラリー小柳で「ヘレン・ファン・ミーネ Dogs and Girls」、LIXILギャラリーで「佐々木忍 白磁十二支大名行列」「鉄川与助の教会建築 五島列島を訪ねて」「平子雄一 庭先メモリーズ 見えない森」を鑑賞。今日はとりわけどの展示も素晴らしく、充実した心持ちになった。入江早耶には今後も注目したい。日常のなかからアートを立ち上らせるって、往々にしてことさら惹かれる試みではないけれど、もちろん一概にはいえないけれど、けれども、このアーティストの手法はとても鮮やかだ。繊細な美しさとともに“女性性”を持ち込んだところも素晴らしい。資生堂ギャラリーではリニューアルした『花椿』を入手。アートディレクターは澁谷克彦に。この冊子は途切れながらもかれこれ20年ちかく愛読しているので、今までとは判型が変わったことに少し違和感をおぼえるが、きっとすぐ慣れるのだろう。平日、真昼の銀座は春めいてキラキラしていた。マロニエ通りに面したCartierの色合いが好きだ。

Saturday, March 24

雨。久しぶりの目黒区美術館へ。目黒川ぞいにはおなじみのピンク色の提灯が鈴なりになっていたものの、あいにくの寒々しいグレーの空のした、桜の蕾はまだまだ固く、彼らは小雨を被りつつ所在なさげに揺れるばかりだ。今回の展示「メグロアドレス 都会に生きる作家」は大好きなアーティスト、青山悟目当てで出かけたといってもいいくらいで、その青山悟は想像以上に素晴らしかった。この人の展示を観る機会には本当に恵まれていて、コンスタントに活動を追えていると思っていて、最初の頃は気づかなかったけれど、昨年あたりから、ひとつ作品をつくるごとに新しい領域に踏み込んでいくという当人の姿勢を感じ取れるようになってきていて、そのようにじぶんが感じ取れるようになってきているということがとても嬉しい。観るたびに手応えがある。ずしりと腑に落ちる。中目黒まで歩いてdroleでカレーライス、グリーンサラダ、ミルクゼリーのランチ。地下鉄に乗り竹橋に移動して、東京国立近代美術館で「ジャクソン・ポロック 生誕100周年展」、「原弘と東京国立近代美術館 デザインワークを通して見えてくるもの」を鑑賞。美術館を出る頃には雨があがり、太陽の光が射し込んできていた。竹橋駅を出たところの横断歩道を渡りきり、あっ、と思って引き返して大きな水たまりに映った太陽と雲の写真をiPhoneで撮った。こういう一瞬の動きが写真を撮るにあたって大切なんだよなぁと思った次第。前に友人が「雨よりはもちろん晴れのほうが好きだけれど、雨上がりの晴天が何よりもいちばん好き」と言っていて、えー、わたしは一滴の雨も降られたらいやだな、とつぶやいたのだけれど、今日の雨上がりの晴天はその友人に同意したくなるような爽やかさで、めずらしく気持ちがよかった。 渋谷に出向いてパルコミュージアムで『小沢健二「我ら、時」展覧会とポップアップ・ショップ』を鑑賞。ライブCDやら写真やらいろいろ詰まったBOX『我ら、時』を購入。目当てはもちろん「ドゥワッチャライク」と「うさぎ!」。

Sunday, March 25

晴れ。自宅でオタール・イオセリアーニ映画祭。『月曜日に乾杯!』(2002年、フランス/イタリア)、『ここに幸あり』(2006年、フランス)を2本つづけて。キアロスタミの『友だちのうちはどこ?』の砂埃の舞うざらついた映像を目にしたときは約20年後、『トスカーナの贋作』できわめて鮮明なデジタル映像を観ることになるとはよもや思わなかったけれど、イオセリアーニにしても、90年代終わり頃だったか、アテネフランセで『田園詩』を鑑賞したときはまさかイオセリアーニ作品をDVDで、特典映像なんかついちゃったりして鑑賞するようになるとは思わなかった。隔世の感しきり。ちなみに『田園詩』は1994年の岩波ホールが最初の一般上映だったと記憶しているが、このときはどうしても観に行くことができず涙をのんだ。いまはDVDで代表的な作品をほぼすべて観ることができるのだ。 夜、もう一本、『美の祭典』(レニ・リーフェンシュタール監督、1938年、ドイツ)を。この有名な古典を、つい先日ジャック・ゴールドスタインの展示を観たことが呼び水となりやっとこさ鑑賞を果たした。