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Wednesday, October 10

『トリュフォーの手紙』(山田宏一/著、平凡社)を読んでいると、トリュフォーとゴダールが仲違いした際に心を痛め、精神を病んでしまったジャン=ピエール・レオーについての記述がでてくる。

のちにトリュフォーから、ジャン=ピエール・レオーはすっかり精神的なバランスをくずしてしまい、見るに見かねたトリュフォーは、一九六九年に『野生の少年』(トリュフォーはこの映画を自らの分身であり映画的息子であるジャン=ピエール・レオーに捧げている)で野生児の面倒をみる精神科医の役を自ら演じたときに顧問になってもらった有名なパリ・フロイト学派を設立した精神病理学者、ジャック・ラカンにジャン=ピエール・レオーをあずけたという話を聞いた。ラカンは一九八一年に亡くなるものの、それまでジャン=ピエール・レオーの精神科医になるのだが、その後はどうなったことやら。

とある。ジャン=ピエール・レオーがジャック・ラカンの診察を受けていたとははじめて知った。しかしラカンにあずけられたという事実を知って安心するどころかジャン=ピエール・レオーの行く末がますます心配になるのは、私にとってラカンといえば、たとえば最近読んだ『ラカン、すべてに抗って』(エリザベート・ルディネスコ/著、信友建志/訳、河出書房新社)にあるようなきわめて思弁的な精神分析家というイメージよりもむしろ、ロラン・バルトを特集した『ユリイカ』2003年12月臨時増刊号(青土社)での松浦寿輝のインタビューのほうを思い起こしてしまうからだ。

ラカンはもう八十過ぎで、抱きかかえられるようにして現われたのですが、天を仰いで宙を見つめながら、どこからともなく降ってくる言葉を、一語一語ご託宣として途切れ途切れに呟くという感じの話しぶりでした。『エクリ』のあのお経のような文章もこうしたパフォーマンスから生まれたのかと感心しましたね。ところが講演後、せっかくの機会なのでサン・タンヌ病院を見物しようと別の階をふらふらしていたら、講演会場にはヨボヨボとふらつきながら介添え人に抱きかかえられるようにして現われたあのラカンが、裏手の階段をタタタッと勢いよく駆け下りていくところを目撃した(笑)。ああ、喰えないインチキ爺いなんだなと思いましたね。ラカンというのはそういう少々臭いパフォーマンスによって自分の存在を神格化し伝説化し、自分の信奉者のサークルを作り上げ、娘婿のミレールを自分の後継者にすることまで含めて抜かりなく政治的延命を図った人なんだと納得できました。あの人はやっぱり教祖様なんで、ラカン教というのは結局、一種のカルト集団なんだと思います。だからくだらないようだけど、実物を見るということはやはりそれだけでも何らかの意味があるということ。もちろんこれは、『エクリ』がそのパフォーマティヴな演技性まで含めて凄いテクストだということとは一応別の話ですよ。

われらのジャン=ピエール・レオーをこんな人に預けちゃって大丈夫だろうかと思う。

Thursday, October 11

ジャン=リュック・ゴダールの長編映画デビュー作『息切れ』を『勝手にしやがれ』と邦題をつけて日本にもってきた秦早穂子による自伝的小説『影の部分』(リトルモア)がすこぶるおもしろいのだが、本の内容と装丁が合っていない気がしてならない。服部一成のデザインはけっして嫌いではないけれども、主人公の気負いや昏さとこの装丁はだいぶ距離があるような。ともかく内容はおもしろい。

『かもめ食堂』(荻上直子監督、2006年、日本・フィンランド)を鑑賞。むかしシネ・スイッチ銀座で見たとき、もたいまさこの登場シーンで場内爆笑だったのを思い出す。

夜、白米、しらす、油揚げともやしの味噌汁、秋刀魚の塩焼き、大根おろし、ほうれん草のおひたし、茄子の煮浸し、茗荷と葱の冷奴、麦酒。

Friday, October 12

『気仙川』(畠山直哉/著、河出書房新社)。当然のごとく写真は素晴らしいが、文章もまた素晴らしい。津波で壊滅した街並が被写体なので、はたして「素晴らしい」との修辞がはたしてふさわしいのか躊躇いがあるけれども。

仕事で甲府まで出張なので新宿から特急に乗って読書タイム。行き帰りで『洞窟のなかの心』(デヴィッド・ルイス=ウィリアムズ/著、港千尋/訳、講談社)を読了。けっこうな量の本文よりも港千尋の解説文のほうを熱心に読んだことは内緒だ。余った時間に『最悪のシナリオ 巨大リスクにどこまで備えるのか』(キャス・サンスティーン/著、田沢恭子/訳、齊藤誠/解説、みすず書房)を少しだけ読んで、家に帰ってそのつづき。

Saturday, October 13

都内遊覧の土曜日。「ドビュッシー、音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで」(ブリヂストン美術館)→「ヘルムート・ニュートン プライベート・プロパティー」(ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アート)→コレド日本橋の平田牧場でロースかつ膳と麦酒→「イジス パリに見た夢」(日本橋三越本店新館7階ギャラリー)→「宮本隆司 薄明のなかで見よ」(TARO NASU)→フクモリの姉妹店イズマイで休息→「森山大道 LABYRINTH」(BLD Gallery)→「内藤礼 地上はどんなところだったか」(ギャラリー小柳)。

夜、豆腐と油揚げの味噌汁、鮭の塩焼き、大根おろし、ベビーリーフとミニトマト、南瓜の煮物、卵焼き、麦酒。

Sunday, October 14

雑用と資生堂の『花椿』10月号。夜、海鮮丼、玉葱とキャベツの味噌汁、枝豆、麦酒。