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Sunday, January 1

元旦。初日の出を見物に寒さ怺えてマンションの屋上に赴くものの、空には雲がかかって日輪の様子はまるで窺い知れず。きんと冷えた空気のなかで、街全体が仄かに明るくなってゆく光景だけが目のまえに拡がっていた。おせち料理と雑煮、熱燗という定石どおりの正月の献立を堪能したあと映画を二本。お正月映画は劇場ではなく自宅のプロジェクターで半世紀以上むかしの古い映画、『フレンチ・カンカン』(ジャン・ルノアール監督、1954年、フランス/イタリア)と『トップ・ハット』(マーク・サンドリッチ監督、1935年、アメリカ)。どちらも踊る踊るシネマ。『フレンチ・カンカン』におけるジャン・ギャバンの自分勝手にも程があるラストの科白に呆気にとられたり、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの見事な踊りだけあればそれで文句はなかろうといわんばかりの『トップ・ハット』におけるストーリー展開の杜撰さを賞味したり。夕餉はふたたびおせち料理と雑煮。郵便受けをあけてみれば昨年末に投函されていたと思しき『UP』(東京大学出版会)一月号。

夜、マリス・ヤンソンス指揮によるウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートをラジオで。

Monday, January 2

去年にひきつづき新年二日目は東京都写真美術館。ナディフの福袋を横目でみつつ「ストリート・ライフ ヨーロッパを見つめた7人の写真家たち」「日本の新進作家 vol.10 写真の飛躍」「映像をめぐる冒険 vol.4 見えない世界のみつめ方」を、途中に恵比寿ガーデンプレイスタワー38階でのお好み焼きの昼食を挟みつつ鑑賞。今年は「しゃび雅楽」とタイミングが合わず。ふと手にとった受付においてある「nya-eyes」(『モーニング』連載中のカレー沢薫の漫画「クレムリン」とコラボした写美の広報誌)に悶絶。とりわけ四ページ目冒頭のコマにおける、路上のポリバケツを猫が漁る光景を描いた「ストリート・ライフ」の解釈に感動すらおぼえる。

Tuesday, January 3

今年の読みはじめは駒場東大前ちかくの河野書店で昨年購入した『フローラ逍遥』(澁澤龍彦/著、平凡社ライブラリー)。平凡社ライブラリーの版型でもじゅうぶん愉しめたけれど麗容な図版を眺めているとこれは単行本で所有しておくべき書物なのかもしれない。午後、セール行脚として渋谷へ。ユナイテッドアローズとトゥモローランドを物色し、マーガレット・ハウエルのセーター、ブラック&ブルーのシャツを購入。さらにはいつでも堀江敏幸の物真似ができるように万全の体制を整えるため黒のジャケットも買っておく。アンノン・クックでひと息つき、表参道を散策ののち代官山。アパレルショップを冷やかし、代官山蔦屋を漫歩。代官山蔦屋は求める本を捜しにいくより(欲しいと思って端末で検索した書籍が軒並みヒットせず)、何の目的もなくただぶらつくという百鬼園的精神でのぞんだほうがよいかも。夕食はアイヴィープレイスでピザとエール。冷たい夜風にあたりながら帰宅。

Wednesday, January 4

正月三が日が過ぎればクリスマスへのカウントダウンがはじまる。『クリスマス・ストーリー』(アルノー・デプレシャン監督、2008年、フランス)を観る。部屋の白い壁にプロジェクターから照射された映像を目で追いながら、今はなき恵比寿ガーデンシネマでの鑑賞を逃したことを考えたり、デプレシャンの前作『キングス&クイーン』(2004年、フランス)を渋谷のシアター・イメージフォーラムで観たときのこと、ふだん映画館に足を運ぶことにさして意欲的でないのになにゆえ劇場に出かけたのかといえば、こちらもまた今はなき文化出版局の雑誌『high fashion』に掲載された樋口泰人の映画評が契機だったことなどを思い出したりしていた。午後、首に巻く肌触りのいい繊維状のものが欲しかったので、新宿伊勢丹のセールへ。夜ごはん、ソーセージとハム、人参と胡瓜と玉葱のサラダ、バゲット、チーズケーキ、白ワイン。日本的正月の反動のごとく食卓に西洋の風が吹く。

Thursday, January 5

仕事はじめ。

おお神よ、私は働きたくない。(『なみのひとのいとなみ』宮田珠己/著、朝日新聞出版)

Friday, January 6

小寒。『メモリー・ウォール』(アンソニー・ドーア/著、岩本正恵/訳、新潮クレスト・ブックス)を読む。ネット界隈を彷徨くと、年末年始にかけてみんな『メモリー・ウォール』を読んでいた気がする(ここでいう「みんな」とは三人くらいを指す。) 。夜の食卓は、白米、玉葱の味噌汁、冷や奴、焼きハム、焼き葱、人参と大根の膾、黒豆。美術雑誌『四月と十月』を就寝前に。

Saturday, January 7

朝の食卓はセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの七草が必ずしも揃っていない「七草粥」。食後に午前十時の映画、『赤い砂漠』(ミケランジェロ・アントニオーニ監督、1964年、イタリア/フランス)を鑑賞。午後、陸の孤島の東京都現代美術館で「建築、アートがつくりだす新しい環境」を鑑賞してから、六本木に移動して東京ミッドタウンの平田牧場で腹拵え(とんかつ)。森美術館に移動し、「メタボリズムの未来都市展」を鑑賞。一日で建築展をふたつ。会場をあとにするとき腕時計を確認すればもう二十一時すぎ。展望フロアで夜景を眺めつつハイネケンを飲む。

Sunday, January 8

映画を二本。『ラ・ピラート』(ジャック・ドワイヨン監督、1984年、フランス)。フランス人(に限らず欧米人)が突如ヒステリックに激昂して喋るのはあれはいったいなんだろうかといつも思う。ところでジェーン・バーキンが結婚指輪を外そうとしてなかなか外れずほとんど暴れながら外そうとするショットがあるのだが、よほどきついのか外れないにも程があるほど外れない。指輪の号数をまちがえていると思う。つづけて『ローラーとバイオリン』(アンドレイ・タルコフスキー監督、1960年、ソ連)を鑑賞。はじめからもうタルコフスキーは「雨好き」だったのかと、彼の卒業制作で事実上の処女作といえる作品を味わう。昼すぎに外出。東京国立近代美術館で解説がやたらと丁寧な「ぬぐ絵画 日本のヌード 1880-1945」と意欲的な展示スタイルの「ヴァレリオ・オルジャティ展」。閉館時刻ぎりぎりまで。売店で「ヴァレリオ・オルジャティ展」のカタログを購入。夜、めずらしく人に逢い、新宿で食事。