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Monday, August 8

立秋。そして私は蚊に刺された。

定期購読している『みすず』(みすず書房)と『UP』(東京大学出版会)を読む。『みすず』はともかく『UP』の一般的な認知度がよくわからなくて、もしかしたら大学関係者か出版関係者か広報誌好きかミヅマアートギャラリーに置いてあるのをうっかり手にしてしまった人くらいしか読んでいないのかもしれない『UP』だけれど、今月号をひらいてみるならば戦後日本の数学と社会学的多文化論とアラブの政治理論と庭園の話と桂太郎についてと山口晃のぼんやり漫画とツキノワグマの大量出没と須藤靖の最後までボケない文章などを確認できるのだから、より多くの人に読まれたほうがよいお得な情報誌だと思う。

夜ごはん、蕎麦と麦酒。『中国女』(ジャン=リュック・ゴダール監督、1967年、フランス)を鑑賞。

Tuesday, August 9

エドムンド・デスノエス『低開発の記憶』(野谷文昭訳、白水社)。夜ごはん、チキンイエローカレー。

Wednesday, August 10

植田実『真夜中の庭 物語にひそむ建築』(みすず書房)を読了後、ガヤトリ・C・スピヴァク『ナショナリズムと想像力』(鈴木英明訳、青土社)を読了。そういえば私が青土社の雑誌『現代思想』を最初に買ったのはスピヴァクの特集(1999年7月号)だった。

夜ごはん、白米、味噌汁、牛肉とにんにくの芽とキャベツともやしの炒めもの、きんぴらごぼう、麦酒。短編映画を二本、『アントワーヌとコレット』(フランソワ・トリュフォー監督、1962年、フランス)と『ラ・ジュテ』(クリス・マルケル監督、1962年、フランス)を鑑賞。

Thursday, August 11

古川隆久『昭和天皇 「理性の君主」の孤独』(中公新書)。ハーバート・ビックス『昭和天皇』(講談社)や伊藤之雄『昭和天皇と立憲君主制の崩壊』(名古屋大学出版会)にみられる明治天皇を理想として権力を行使した昭和天皇像ではなく、大正デモクラシーの空気をたっぷり吸った君主として裕仁を描く、中公新書の、例によって、これ、単行本でだしたほうがいいんじゃなかろうかと思うような内容の研究書。民主的な立憲君主を目指した昭和天皇像という本書の流れからすると、富田メモなんかはとりたててセンセーショナルに取りあげるような内容ではなく、昭和天皇はずっとむかしからそういう考えの人だった、ということになるのか。「研究対象」として昭和天皇に興味はあっても皇室に対しては特に思い入れはないと記す著者なので、このての話題にありがちなバイアスは少なめ。ただ天皇の戦争責任についてはわりと擁護的(もちろん「まったく責任がない」とは書いてないけど)で、このあたりは時代の流れを考慮すれば「しょうがなかったから責任はない」のか、あるいは「しょうがなくてもなお責任はある」のか、論者によって見解の割れるところかもしれない。

夜、味噌ラーメン、麦酒。『夜霧の恋人たち』(フランソワ・トリュフォー監督、1968年、フランス)を鑑賞。

Friday, August 12

樋口陽一『いま、憲法は「時代遅れ」か 〈主権〉と〈人権〉のための弁明』(平凡社)。震災以後に刊行された書物をひらくたびに目がいくのは著者あとがきのページで、震災の件に触れているか一切触れていないかのどちらかなのだけれど、樋口陽一の本を読んでいたらあとがきを記した時期はただ「三月」と書いてあるだけで「十一日」以前なのか以後なのか判然としないものの、おそらくは以後だろうと忖度しつつ、韜晦ここに極まりとでも呼びたくなる文章に感心するのだった。

シェイクスピアなら “世の中の関節が外れて了った” (The time is out of joint)とつぶやくだろうほどの激しい動きが、眼の前をすぎてゆく。その中でこの本は、新しさを追わない座標をあえて設定したつもりである。

夜、ねぎとろ丼、麦酒。

Saturday, August 13

林央子『拡張するファッション アート、ガーリー、D.I.Y.、ZINE……』(ブルース・インターアクションズ)。

昼ごはん、白米、葱と人参と小松菜の味噌汁、鯵の干物、ミニトマト。時間つぶしに立ち寄った近所の書店で伊藤之雄『昭和天皇伝』(文藝春秋)をみかけてこちらも読んでおいたほうがよいと思うものの600ページ弱ある。

御茶ノ水に移動して、アテネ・フランセ文化センターで『アニキ・ボボ』(マノエル・デ・オリヴェイラ監督、1942年、ポルトガル)を鑑賞。ガラガラだろうと思ってのりこんだら地味に混んでる。目黒に移動して、東京都庭園美術館にある cafe 茶洒 kanetanaka で軽く夜ごはん。のち、夜の庭園美術館で「国立エルミタージュ美術館所蔵 皇帝の愛したガラス」展。

帰り道、木立からのぞむ夜月が美しい。そして私は蚊に刺された。移動中の電車内でT・S・エリオット『四つの四重奏』(岩崎宗治訳、岩波文庫)。

Sunday, August 14

武田百合子『富士日記』(中公文庫)を携えて富士の近くへ。東海道線に揺られて三島まで。が、三島駅についても空に雲がかかって富士山が見えない。無料のシャトルバスに乗ってクレマチスの丘。バスの車内放送で「ジュリアーノ・ヴァンジはミケランジェロの再来といわれ」とあったものだから、ほんとかよそれ、と思わず小声を発してしまったのだが、前方の席に座る女性がちらっとこちらに耳を傾けた様子だったので、あの人は再来派なのかもしれない。クレマチスの丘で観たのは「東海道 新風景 ― 山口晃と竹﨑和征」(ヴァンジ彫刻庭園美術館)、「東海道五十三次―広重から現代作家まで」(ベルナール・ビュフェ美術館)、「富士幻景 富士にみる日本人の肖像」(IZU PHOTO MUSEUM)。食べたのはガレット、あんみつ、パスタ。観て聴いたのはmama!milkのコンサート。

結局富士山をまったく見ないまま帰宅。そして私は蚊に刺された。