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Monday, August 1

武田徹『私たちはこうして「原発大国」を選んだ 増補版「核」論』(中公新書ラクレ)。もともと勁草書房から上梓された単行本は中公文庫に入り、そして増補版として中公新書ラクレに移ったのだが、『私たちはこうして「原発大国」を選んだ』というタイトルはいま書店の一角を占領している原発本のなかに加わろうとする魂胆が透けてみえるようで趣味のよいものとはとても思えないのだけれど、というより『「核」論 鉄腕アトムと原発事故のあいだ』という単行本や文庫本のときの書名のほうがずっといいのにどうして変えてしまったのだろう。

夜ごはん、グリーンカレー、馬鈴薯の冷製スープ、赤パプリカにオリーブオイル、アスパラガスに岩塩、麦酒。『天使の入江』(ジャック・ドゥミ監督、1962年、フランス)を鑑賞。

Tuesday, August 2

サミュエル・R・ディレイニー『ダールグレン』(大久保譲訳、国書刊行会)を図書館に返却しなくてはならない。ところで『ダールグレン』の解説を巽孝之が書いているのだけれど、記された執筆日が「三月十一日」とあって、もしも解説文を書きあげたのがほんとうに三月十一日であるならば、十四時四十六分十八秒以前に書き終えたのか以後に書き終えたのか気になるところで、あるいは巽孝之が当日どれほどの震度の場所にいたのかはわからないけれど、おもいっきり揺れている最中に書き終えた可能性もある。ちなみに私はおもいっきり揺れている最中に仕事のメールを送信した。

夜ごはん、白米、味噌汁、鰯の丸焼き、キムチ、麦酒。

Wednesday, August 3

吉田文和『グリーン・エコノミー 脱原発と温暖化対策の経済学』(中公新書)。

夜ごはん、白米、豆腐の味噌汁、鯵のひらき、蒸した南瓜、野沢菜、麦酒。『危険がいっぱい』(ルネ・クレマン監督、1964年、フランス)を鑑賞。

Thursday, August 4

河出書房新社は創業125年を迎えるにあたって名著復活の事業を開始する。これは刊行時、評価の高かったもの、あるいは再評価の気運のあるもの、そしていまあらためて光をあてるべきものなどを、復刊、また時に新訳などで甦らせ、本を愛する方々のお手元に届けようというものである。

と宣言するKAWADEルネサンスだが、「お手元に届けようというものである」という謙虚なんだか偉そうなんだかなくだりに気をとられつつも、シルヴィア・ビーチ『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』(中山末喜訳)とアドリエンヌ・モニエ『オデオン通り アドリエンヌ・モニエの書店』(岩崎力訳)の復刊は素直に喜ばしい事態であることはたしかで、まずはシルヴィア・ビーチ『シェイクスピア・アンド・カンパニイ書店』から読みはじめたのだけれど、私はジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』(市川恵里訳、河出書房新社)にまとめられている第二次大戦後に営業をはじめたコミューンのような側面をもつ二代目シェイクスピア・アンド・カンパニー書店よりも、ジェイムズ・ジョイスが、アーネスト・ヘミングウェイが、ガートルード・スタインが、スコット・フィッツジェラルドが交差する戦前の初代のほうがやはり好みで、エピソードひとつひとつがどれも愉しい。たとえば『ユリシーズ』の第十五挿話(サーシーの挿話)をめぐって、

ジョイスは、長いことこの挿話の原稿をタイプさせようとしていましたが徒労に終わったのです。九人のタイピストがこの試みに失敗しました。ジョイスが私に話したところでは、八番目のタイピストは絶望の余り窓から身投げしかねなかったということです。九番目のタイピストは、彼のドアーのベルを鳴らし、ドアが開くやそれまで彼女がタイプした原稿を床に投げつけ、街路に走り出て以後永久に姿を消してしまったのです。

というなんだかよくわからないエピソードであったり、あるいはたとえば散財癖のあるフィッツジェラルドについて、

可哀相なスコットは、彼の数多くの小説から多額の収入を得たためこのお金を使い果たそうと一生懸命になり、彼と妻ゼルダはモンマルトルで大量のシャンペンをがぶ飲みしなくてはならなくなりました。

とあるのだが、「ならなくなりました」ってなんだ。

夜ごはん、アントニオ・カルロス・ジョビンを聴きながら、ざる蕎麦、冷奴、野沢菜、麦酒。部屋の中がボサノバを流す蕎麦屋みたいな状況に陥る。

Friday, August 5

アドリエンヌ・モニエ『オデオン通り アドリエンヌ・モニエの書店』(岩崎力訳、河出書房新社)を半分ほど。

夜ごはん、新宿中村屋でインドカリー。K’s cinemaで『ふたりのヌーヴェルヴァーグ ゴダールとトリュフォー』(エマニュエル・ローラン監督、2010年、フランス)。鑑賞後、ブルックリンパーラーでBROOKLYN LAGER DRAFTを飲む。

Saturday, August 6

午前中から夕方まで広尾の東京都立中央図書館に缶詰。調べものと読書。昼ごはん、BONDI CAFE。エモン・フォトギャラリーで尾仲浩二「Tokyo Candy Box」。写真集『馬とサボテン』を購入。図書館に戻って調べものと読書のつづき。重田園江『連帯の哲学 1 フランス社会連帯主義』(勁草書房)。時間がなくてつまみ読み。あとがきに

読者はどうかこの本を好きなときに、好きなところだけ、好きなように読んで、何かを得たと感じてくれればと願っている。

とあるので、さしあたり私はあとがきを熱心に読み込み、

これまで私には歴史研究の経験がなく(それどころか高校の世界史すらろくに勉強しなかったことを告白しておく)。

という一節に共感をおぼえる。

夜、身銭を切らない食事とお酒。遠くで神宮の花火大会。しかしなぜだか最初の数発でもう見えなくなってしまい、はじまったと同時に自粛したのかという話に。

Sunday, August 7

午前中、所用で銀座。ブランドショップのショーウィンドウはすっかり秋冬に。昼ごはん、SUZU CAFEでパスタと背徳の麦酒。marimekkoで買いもの。渋谷に移動してツタヤでいろいろレンタル。帰宅後、洗濯物を取り込むと同時に雷雲と雨。TSBラジオ「菊地成孔の粋な夜電波」を聴きながら夜ごはん。白米、梅干、味噌汁、小松菜と青梗菜と人参の炒めもの、鰯の塩焼き、麦酒。

食後、これから読む本の整理。どれから読もうと逡巡しながら候補の一つとしてモーリス・メルロ=ポンティ『知覚の哲学』(ちくま学芸文庫)をぱらぱら。1948年にフランス全土で放送されたラジオ番組のために書かれた原稿をもとにしていて、番組ではメルロ=ポンティ本人が朗読したとのこと。メルロ=ポンティの粋な夜電波。