4階だけ別会場

「8月から始まったワタリウム美術館での展示、「歴史の天使」展を観てきたので感想をどうぞ」

「この展覧会って前にやった展示の焼き直しですか」

「焼き直し……。言葉の響きが悪い。再構成と言ってよ。多木浩二がワタリウム美術館のために書き下ろした写真論「歴史の天使」を元に、2012年版として再構成した展示だということです。むかし似たような企画展をやってるんですね。多木浩二の追悼って意味で企画されてるとも思うけど」

「あ、そういうことですか!」

「先に気づこうよ。去年の震災直後に多木さんは亡くなってますから」

「憶えてます。そうでしたね」

「この展覧会のテーマは「歴史の天使」ってことで、言わずもがなですけど、ベンヤミンですよね、元ネタとしては。多木さんのテキストでも、ベンヤミンがパウル・クレーの描いた《新しい天使》に触発されて論を進める有名なエッセイ『歴史哲学テーゼ』から、ごそっと引用してました」

「多木さんの文章が展示室のあちらこちらに掲げられてましたね。窓ガラス一面に文字を貼って掲載していたのがありましたけど、あれ、目の弱い人(わたし)には太陽の光が眩しくて最後まで読み続けられないと思うんですけど」

「ワタリウム批判ですね」

「ちがいます」

「多木さんの「歴史の天使」というテキストはそれほど長い文章ではないから会場で全部読んでもらえればいいんだけど、ざっくりとまとめると、一般に歴史の叙述をするうえでは歴史家が見落としてしまう(見落とさざるをえない)もの、大文字の歴史をつむぐにあたっては欠落するような歴史の割れ目、時系列で年表を作成したときに書きあらわせないような歴史の襞、そういったものを表現できるのが写真なんだということですよね」

「はい。テーマはとてもわかりやすかったです」

「で、そういう意図に沿った展示室が2階3階とつづき、最後の4階が鈴木理策なんだけど、なんか、あれだけ変だよね?」

「うーん。個室を与えられてますからね、鈴木理策」

「鈴木理策の写真だけ、今回の展示の文脈として、あんまりつながってないと思うんだけど。だって、あそこだけ、鈴木理策展だよ」

「4階だけ別会場」

「まあ、鈴木理策の写真は好きだからいいものの」

「そうそう、鈴木理策好きだからいいものの」

「多木さんがどう思うか知りたいですね。ちょっと違うんじゃないの? とダメ出しされたりしないかな。大丈夫かな」

「あとチン↑ポムがいきなり出てきますね。あれは意表を突かれました。いちおう事前に参加作家の一覧を見たんですけど、ちょっと違う感じの人が紛れ込んでる感じですよ。ほら。
 ダイアン・アーバス
 アウグスト・ザンダー
 ルネ・マグリット
 マン・レイ
 ロバート・メイプルソープ
 デュアン・マイケルズ
 ジョエル=ピーター・ウィトキン
 クリスチャン・ボルタンスキー
 チン↑ポム
 アレン・ギンズバーグ
 ロバート・フランク
 鈴木理策」

「確かに紛れ込んでる感がありますね、チン↑ポム。で、今回の展覧会、全体的にどうでした?」

「もうちょっとボリュームがあったらいいかなーとは思いましたけど」

「ワタリウム批判ですか」

「だからちがいますって。好きですワタリウム!」

「ここはいつもこんな感じじゃない? 建物の性質上、スペースにも限りがあるし」

「うーん、でも、観た! って感触がもう少し欲しかったかも」

「鈴木理策の雪の写真は観た! って感じだったのでは?」

「そうかも」

「やっぱり4階だけ別会場」

「ところで多木浩二さんは、ずばり、これ! という専門領域が見えにくいですよね。あまりに幅広くて」

「多木浩二という人はちょっとつかみどころのない感じがあって、関心領域が写真や美術や建築、あるいはもっと大きく歴史だとか社会だとかを含めた多岐にわたっているので、たとえば「主著」と呼ぶべきものがはたしてどれなのか難しい。略年譜を追っていくと、『provoke』という写真同人誌を中平卓馬たちと一緒にやったことで有名だと思うけれど、私がそのことを知ったのはずっと後でして。80年代以降に書かれた評論をいくつか最初に読んだあとに『provoke』をやっていたことを知ったので、意外に思った。多木さんの本を読むと理論的な仕事をする印象なので、『provoke』という、なんというか荒くれた雰囲気とは少し違うなあと」

「まずたしからしさの世界をすてろ」

「そうそう。「思想のための挑発的資料」ですから、『provoke』は」

「同志の中平卓馬が編集者から写真に転向したのに対し、多木浩二は写真家からスタートして批評活動をメインにしていったというのが印象深くて。肩書きは評論家ということでいいんでしょうか?」

「この人は肩書きも難しいですね。論及する射程がかなり広いので、ある特定分野に収めるわけにはいかなくて、「評論家」という便利な言葉に落とし込むしかないような感じですよね。『戦争論』とかも書いているし。ただ、多木さんの関心として「イメージを問う」というのはあると思います。ちょっと乱暴な要約ですけど。表象文化論を先駆的にやっていたということかな?」

「多木浩二は本当にいろいろなところで参照されているのに、情けないことにまだ読んだことがなくて、やっといま『眼の隠喩 視線の現象学』を読んでいるところです。この人の書くものは非常に難しい印象があります」

「多木さんの文章は慣れないと取っ付きにくいかもしれないけど、取り上げられているテーマはおもしろいですし、文章の節々から教養が滲み出てますから出来るだけ読んだほうがいいですよ」

「著書のなかではどれを読みましたか?」

「ざーっと挙げてくと、『眼の隠喩 視線の現象学』、『「もの」の詩学 ルイ十四世からヒトラーまで』、『天皇の肖像』、『都市の政治学』、『スポーツを考える 身体・資本・ナショナリズム』、『戦争論』、『写真論集成』、『死の鏡 一枚の写真から考えたこと』、『進歩とカタストロフィ モダニズム夢の百年』、『肖像写真 時代のまなざし』、『表象の多面体 キーファー、ジャコメッリ、アヴェドン、コールハース』あたりですかね」

「けっこう読んでますね。じゃあ、このなかでとりわけ印象深いのは?」

「あんまり覚えてないんだよね、内容を。忘れちゃう。とりあえずこちらもいま、『眼の隠喩 視線の現象学』を再読中なんだけど」

「忘れちゃうって……」

「表象文化論系の本って、読んでいるときはすごくおもしろいんだけど、読み終えて数ヶ月経つと忘れちゃうんですよ」

「でました暴言。でました極論」

「でもおもしろいんですよ」

「説得力がないですよ」

2012年8月11日 スターバックスコーヒー青山外苑西通り店 にて ( 文責:capriciu )