余は如何にしてcapriciuとなりし乎

text by SATO Yasushi

capriciu —— この単語をどのように発音するのか、正確には知らない。立ちあげたホームページのタイトルとして採用した語彙であるにもかかわらず、読みかたがわからないのだった。読めないウェブサイト名。人を食ったような話に聞こえるかもしれないけれど、わからないものはわからない。というのもこの言葉、ルーマニア語なのである。

ルーマニア語だ。じぶんも含めてルーマニア語に堪能な人間など、周囲にだれひとり存在しない。いま手元にある直野敦『ルーマニア語辞典』(大学書林)で確認してみるならば、capriciuは「気紛れ、移り気、勝手気まま」というきわめてしっくりくる意味合いの言葉であることは判明するが、残念ながら発音は謎のままである。capriciuという字面から勝手に「カプリチ」ではないかと推測してみたものの、Google翻訳の音声ツールに耳をすますと、パソコンのスピーカーから流れだす機械音は「カプリチュ」と言っているように聞こえる。カプリチュ。うっかりかわいい。それにしてもルーマニア語だ。どうなのかルーマニア語。近年日本においてこじゃれたカフェやアパレル界隈では店名を横文字にするケースがしばしば散見されるけれど、ルーマニア語ともなると変化球すぎてこじゃれているのかどうかも茫漠としている。だいたい正確な読みかたがわからないのは問題だ。大丈夫だろうか、このウェブサイト。

そもそも一体なにゆえルーマニアなのか? という疑問符が読者のあたまに浮かんでいることだろう。しかしながらそれに対する的確な回答も用意できていない。なんとなくルーマニア語にしてしまった。人はふつう「なんとなく」ルーマニア語を採用したりはしないことをじゅうぶん承知しつつ、採用してしまった。定住はおろか旅行としてすら訪れたことのないルーマニアの言葉を、看板として掲げてしまった。生まれてこのかたルーマニアに対しての思い入れなど皆無なのに。ルーマニアと聞いて思い出せる事柄がこれといって特になく、強いてあげればチャウセスクくらいか。共産党時代の大統領として君臨したチャウセスクの処刑模様を、ニュース映像として子どものころに見た記憶がある。1989年のルーマニア革命。しかし当然のことであるがルーマニアでも時は経過した。時代はチャウセスク政権以後、である。いま手元にある永松雄彦・萬田悦生編『変容する冷戦後の世界 — ヨーロッパのリベラル・デモクラシー』(春風社)を参照すると、昨今のルーマニアの政治状況について、つぎのように記述されている。

ルーマニアではこの20年の間、冷戦終結からEU加盟へと大きな変化を遂げた。ただし、とりわけ初期においては共産主義の影響は色濃く残っている。21世紀に入ってからも共産党のエリートが政財界で強い影響力を持ち続けている。1990年代には炭坑夫の騒動のように暴力行為による政権交代という非民主主義的な側面さえ露呈された。しかしながら選挙による政権交代も見られるようになり、民主主義はまがりなりにも機能し始め。(中島崇文「冷戦終結後のルーマニアにおける民主主義の進展」238頁)

ということらしいのだ。そうだったか。とはいえ、これだけの情報でルーマニアに対しての親近感が増幅されるはずもなく、もう少し知識を仕入れようといま手元にある六鹿茂夫『ルーマニアを知るための60章』(明石書店)をめくると、つぎのようなルーマニアの生活事情をうかがうことができる。

このように、昼間からだらだらと酒を飲み、食べ、リラックスする、というのはあまり日本人には馴染みがない休日の過ごし方ではないだろうか。もちろん、皆が皆、毎週土日ともこうした過ごし方をしているわけではないけれども、日本と比べて、休みの日に昼間から酒を飲む機会が多いことは確かである。(100頁)

俄然親近感が沸いてくるじゃないか。なにしろ「昼間からだらだらと酒を飲み、食べ、リラックスする」である。著者は「日本人には馴染みがない休日の過ごし方」と書くが、いやむしろ、日本よりルーマニアを安住の地として選んだほうがよいのではないかという気さえもする。ルーマニア大好き。ラブ、ルーマニア。もう第二の故郷と呼んでも差し支えなかろう。行ったことないけど。さらには今年一月に起こったつぎのニュースを目にすることで、ルーマニアへの関心は頂点に達した。

ルーマニアで1日から新しい労働法が施行され、魔女や占星術師、占い師なども所得税を課税されることになった。魔女たちの一部は、政府に呪いをかけると宣言している」
「魔女のブラタラ・ブゼアさんも「この国の指導者は頭が逆さまに付いているらしい」と憤る。魔女たちに所得税を払わせようとすれば、政治家は呪いをかけられるだろうとブゼアさんは予想、そのための呪文には犬の排泄物と砂ひとつまみ、黒こしょうを使うと明かした。
( CNN.co.jp 「ルーマニアの魔女に所得税課税、呪いで対抗?」 2011.01.07)

ルーマニア、魅惑的である。