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Monday, January 1

元日。快晴。InterFMの「The Guy Perryman Show」を聴きながらお節とお雑煮と熱燗。

近所の神社まで初詣に向かう前、郵便受けを確認するとカクヤスから年賀状が届いていた。正確にいうとカクヤスからだけ年賀状が来た。年賀状文化からは完全に孤絶した人生を送っている。

近所の神社はそこそこ立派なので賽銭箱まで長蛇の列ができている。賽銭箱の横に「二拝二拍手一拝」のやり方が掲げてあるが、これまで一度も遵守したことはなく、いつも適当に手を叩いている。無心で。信心がないというか願いごとがないというか、無病息災を願おうにも毎年のようにあらたな疾患を発症するので神に頼むことが見あたらない。

お正月自宅シネマ二本立て。『バズビー・バークリーの集まれ!仲間たち』(バズビー・バークリー監督)と『ラ・ラ・ランド』(デイミアン・チャゼル監督)のミュージカル映画二本をプロジェクターで部屋の壁にうつす。太平洋戦争中のアメリカにおける文化産業の水準の高さをもとに、あんな国に日本が戦争で勝てるはずがないという話はしばしば語られるが、『バズビー・バークリーの集まれ!仲間たち』はそのての典型的な作品で、御都合主義の極みのようないい加減な脚本でも要所要所(ダンスとか音楽とか)でハイクオリティを見せつける1943年公開の映画。『ラ・ラ・ランド』のほうはやや中弛みしつつも愉しんで鑑賞。もっともミュージカル映画というものは基本ツッコミどころ満載なので、それを突き抜けるダイナミズムが欲しいところだが、予告編から期待したほどの高揚感はなかった。

大晦日から元旦にかけて吉田健一『酒肴酒』(光文社文庫)を読む。

お正月は何といっても、飲んで食べて過すのに限る。年末も勿論であるが、例えば、年が改れば、酒屋もまた気を入れ換えて貸してくれるという特典がある。年末年始にかけては、食べることになっているものもいろいろあり、これは全部食べるとして、その他にも個人的に趣向を凝らさなければならない。今住んでいる家の近くの通りに鰻屋があり、その少し先の向う側が酒屋で、酒屋からちょっと先が中華料理屋、その向う側が蕎麦屋、また反対側に渡って少し歩くと鮨屋がある。西洋料理だけがないのが残念であるが、中華料理屋に頼むと豚カツにメンチボール位は作ってくれる。(「仕事をする気持」)

どれだけ食べるんだという話だが、そもそも近所の飲食店が正月からどこも営業しているのは、さすが吉田健一である。

夕食はステーキ、サラダ、シャンパン。吉田健一の向こうを張って食べる。今宵は月が美しい。明日はスーパームーン。

Tuesday, January 2

晴れ。恵比寿へ。

移動中の携帯本は『想い出のカフェ ドゥマゴからの贈り物』(Bunkamura)。Bunkamuraドゥマゴ文学賞事務局が小冊子「ドゥマゴ通信」向けに作家や研究者に原稿依頼した、カフェをめぐる短いエッセイをまとめたもの。1994年刊。そのうちのひとつ、カフェへの関心のなさを生真面目に書く三島憲一の文章は堅物なドイツ思想の感触そのままで、陽気なフランスやイタリアやスペイン、あるいは豊饒なカフェ文化をもつオーストリアなどに比べて、やっぱりドイツは地味で暗いという紋切り型のイメージを体現しているかのよう。

スターバックスで抹茶&フルーティマスカルポーネフラペチーノを飲んでから東京都写真美術館に向かう。お正月の来場者へのプレゼントとして鉛筆を貰う。しかし以前にもノベルティとしておなじ鉛筆を貰っていて、写真美術館の在庫整理に付き合わされている感あり。展示を三つ見る。「アジェのインスピレーション ひきつがれる精神」。ウジェーヌ・アジェの評価を主導したアメリカの写真潮流にスポットライトをあて、所蔵作品からマン・レイ、シャルル・マルヴィル、アルフレッド・スティーグリッツ、ベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンズ、リー・フリードライダーの作品をならべながら、アジェを近代写真の父を位置づけたニューヨーク近代美術館(MoMA)のジョン・シャーコフスキーの仕事を紹介するキュレーションは明晰で、わかりやすくておもしろい。アジェの写真の継承として日本人写真家(荒木経惟、森山大道、深瀬昌久、清野賀子)を展示するのは、ややとってつけた感がなくはないが、清野賀子の写真をまとめて見れたのでよしとしよう。つづいて「日本の新進作家 vol.14 無垢と経験の写真」。吉野英理香の写真がよかった。美術館併設の売店ナディッフで写真集『NEROLI』(赤々舎)のページをめくったらこれもいい。5000円するので購入は保留。最後は「生誕100年 ユージン・スミス写真展」。ザ・ヒューマニズムという佇まい。文句をつけるとなんとなく人道主義に悖る感じがするユージン・スミスの写真の現代における後継者は、セバスチャン・サルガドあたりだろうか。お正月恒例の橘雅友会による雅楽演奏(とっぷ雅楽)を聴いて美術館をあとにする。

恵比寿駅に向かって歩いていたら、獅子舞が近づいてきたので頭を噛んでもらう。

恵比寿ガーデンプレイスが発行しているフリーペーパー『YEBISU STYLE』に小西康陽の連載(「散歩のとき何か聴きたくなって」)があって、プロデュースした八代亜紀のアルバムジェケットについて書いている。新作の『夜のつづき』ではなく前作の『夜のアルバム』についての話なのだが、『夜のアルバム』のジャケット写真はミリー・ヴァーノンのアルバムから着想されたものだという。

そのアイデアの元には、一枚のアルバムがあった。それは『イントロデューシング・ミリー・ヴァーノン』という、知る人ぞ知るジャズ・ヴォーカルのレコード。作家・向田邦子のお気に入りだった、というエピソードを読んだことがある。

この「向田邦子のお気に入り」という情報をもって意外と広く知られているかもしれないミリー・ヴァーノンだが、昨年末にディスクユニオン新宿ジャズ館を訪れたら重量盤のアナログレコードとして発売されることを知った。一瞬欲しいなと思ったけれど4500円もするので二の足を踏む。昨今のレコード市場の活況からか名盤が復刻というかたちで再発されているが、概して値段が高くて困る。豪華版にしなくていいので安く売って欲しい。

レコードで出して欲しいとずっと思っているのがジョー・ヘンリーの「Scar」で、発売はCDでなされたがレコードで聴くにふさわしいアルバムだと思う。これがレコード化されたら少し高くても買ってしまいそう。

『UP』1月号(東京大学出版会)を読む。

Wednesday, January 3

『図書』1月号(岩波書店)の特集は第7版が発売される『広辞苑』について。野矢茂樹による『広辞苑』の言葉尻を捕らえるかのようなエッセイをおもしろく読む。辞書には言葉の定義が書いてあると考える人がいるかもしれないが、それはかなり違っているとしてつぎのように書く。

厳密な専門用語でもないかぎり、定義を与えようとしても、どうしても規定不足になったり、過剰になったりする。「犬」の項目に「よく人になれ」と書いてあるが、飼い主にさえなつかなかった犬を私は知っている。もしかしてあれは犬ではなかったのだろうか。「櫃まぶし」の項などを見てみると、「飯に細かく切った鰻をまぶした料理。一杯目はそのまま、二杯目は薬味をのせ、三杯目は薬味とともに茶漬けにして食べる」とある。親切というか、おせっかいである。私は、茶漬けにしないで櫃まぶしを食べていたご婦人を目撃したことがある。それならうな重にすればいいのにとも思ったが、そういうものでもないのだろう。いずれにせよ、茶漬けにして食べることは「櫃まぶし」の定義に属することではなく、「櫃まぶしを茶漬けにしないで食べる」というのは矛盾ではない。

昼前に外出。冷たい風が強く吹く。新宿へ。Brooklyn Parlorでハンバーガーとペールエールの昼食ののち伊勢丹へ。靴売場を覗くも何も買わず。ルミネに移動してTOMORROWLANDのセールを覗くも何も買わず。買うときの決断も早ければ買わない時の決断も早いので洋服からは早々に離れて、本日の主目的であるダイニングテーブルの後継を探す。

Thursday, January 4

晴れ。本とレコード。

鯨岡仁『日銀と政治 暗闘の20年史』(朝日新聞出版)を読む。朝日新聞記者による速水総裁時代から現在の黒田総裁時代に至るまでの日銀の歴史を、とりわけ政治との関係性に力点をおいてまとめた好著。読後、金融政策は魔法ではないとあらためて思う。

ホルヘ・ルイス・ボルヘス『語るボルヘス』(木村榮一/訳、岩波文庫)を読んでから、おせちの残りものを掻き集めた昼ごはん。午後は岩﨑周一『ハプスブルク帝国』(講談社現代新書)を途中まで。

Friday, January 5

曇り。寒い一日。本日から出勤。無駄に忙しい。NYダウ平均が2万5000ドルを突破。

帰りの電車で夕刊を読んでいる。新聞の夕刊廃止論はむかしからあって、朝刊にすべてをまとめればそれでよいと考えるのは合理的だと思うが、夕刊に載っている類の記事自体は結構好きである。日本経済新聞の夕刊に掲載される「ウォール街ラウンドアップ」は、ウォール街の連中がいかに金の心配しかしていないかがわかっておもしろい。昨年の10月12日付の記事ではニューヨーク・タイムズの株価が伸び悩んでいる話が書かれていたが、押し下げの理由はハリウッドのセクハラ問題を暴いたスクープに対する訴訟リスクが一因だという。去年後半のアメリカで話題の中心となったセクハラ問題だが、事の本質をさておいてウォール街の関心は株価の動向である。

Saturday, January 6

0時54分頃千葉県北西部震源とする震度4の地震、があったらしい。野比のび太並みの熟睡を得意とするので地震があったことにまったく気づかず。出かけるまでの時間、読みさしの岩﨑周一『ハプスブルク帝国』(講談社現代新書)を最後まで。

快晴。恵比寿へ。キッチン・ボンでボルシチとパンの昼食。

ナディッフアパートで石川直樹「Svalbard」を見てG/P galleryで磯部昭子「LANDMARK」と細倉真弓「JJuubbiilleeee」を見る。恵比寿駅前からバスで移動。中里橋で降りてPOETIC SCAPEへ。尾仲浩二の個展「Slow Boat」を見る。ご本人在廊。『街道マガジン』vol.5を買う。POETIC SCAPEのすぐそばにあるwaltzを覗く。店に入ったら白人の男女がカセットテープを爆買いしていた。ローラ・ニーロの「New York Tendaberry」を買って、waltzのロゴの印刷されたトートバックに入れてもらう。これでwaltzバッグは3つめ。さまざまなメディアに取材されまくっているwaltz。ホームページを見たら今度グッチとコラボレーションするらしい。ふたたびバスに乗って目黒警察署前から目黒駅前に移動。東京都庭園美術館で「装飾は流転する 『今』と向きあう7つの方法」を鑑賞。山縣良和が飛ばしている。iPhoneのアプリでTokyo Art Beatとミューぽんが合体していることをあとで知って割引を逃す。

帰宅。中野の街を特集した『街道マガジン』を読む。インスタントカメラでの写真に添えられた尾仲浩二の文章がいい。

Sunday, January 7

晴れ。終日自宅ですごす。

三島由紀夫『音楽』(新潮文庫)を読む。三島の紡ぐ物語には興味をもてなくて、彼の文体ばかりに目がいく。三島の小説は文体が支えているように思えてくる。

先週オーディオには首を突っ込まないと日記に書いた矢先に気が変わって、Amazonで注文したスピーカーとアンプが届く。インターネット上における口コミ情報を渉猟しながら可能なかぎり安く済まそうとした結果、スピーカーもアンプもパイオニアの製品で揃えて、スピーカーは「S-CN301-LR」をアンプは「A-10」を選択した。レコードプレーヤーがION Audioのオモチャのような品なのが傷だが接続したらさして問題を感じられなかったので、とりあえずはこのままで。iMacと接続して音の確認をしていたら、Radikoでちょうど流れていたのがInterFMの「Lazy Sunday」で、ジョージ・カックルがペリカンの鳴き声のまねをしている。ジョージ・カックルの声で音チェックをする羽目に。

夜、フランス・ギャル死去の報せ。彼女のベストアルバムのLPに針を落とす。