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Monday, May 8

フランス大統領選挙は番狂わせが起こることなく、エマニュエル・マクロンが勝利。結果の数字だけを見ればマクロンの圧勝にもかかわらず、完勝の雰囲気はない。ルペンは敗北したにもかかわらず、不穏な存在感を保っている。というより、ルペンは敗北しつづけるかぎりずっと、影響力を保つ存在になっている。ルペンの存在が注目されつづけるのは、反政府側の立場から喧しくがなりたてているときなのだから。欧州における極右思想の大半がそうであるように、ルペンの主張は反イスラムとエスタブリッシュメント批判に集約される。反イスラムはともかく、エスタブリッシュメント批判は彼女が大統領になった瞬間に無効化してしまう。大統領はエスタブリッシュメント以外の何者でもないので。いわゆるポピュリスト政治家や政党は、政権運営側に取り込まれた途端にその存在感が低下するのはしばしば指摘されるとおり。ルペンは敗北によってずっと存在感を保つ。ルペンにとって負けるが勝ちのような状況はしばらくつづきそう。

夜、不毛な会社の飲み会。中味のない空虚な雑談を聞いているとイライラしてくる。

Tuesday, May 9

韓国の大統領選挙は文在寅の圧勝で決着。選挙戦をめぐる報道を追うなかでの困りごとは、文在寅(ムン・ジェイン)という名前の発音がなかなか記憶できないこと。しかし文在寅の英語表記はMoon Jae-inで、覚えやすい。Mr. Moon。ちなみに前大統領の朴槿恵(パク・クネ)の英語表記はPark Geun-hye。Ms. Park。Mr. MoonからMs. Parkへ。公園から月へ。うっかりポエティックな大統領交代である。

夜、吉田健一『ヨオロッパの世紀末』(岩波文庫)を再読する。

今までの定説に反して実際には古典主義よりも先に浪漫主義があった。ヨオロッパの文学史の上で或る一定の傾向が現れてそれが殊に顕著になり、これに名前を付けなければならなくなった時にそれがこの傾向の原因になった事情から物語風、あるいは浪漫主義と呼ばれ、マリオ・プラズがその「浪漫主義の臨終」で指摘している通り、浪漫主義が或る段階まで来てそれ以前の時代に対する憬れが生じてこれに別な名称を与えることが必要になったのが古典主義である。(p.9)

Wednesday, May 10

読書。フランクフルト学派の論客たちが言及する〈救済〉の概念を検討する竹峰義和『〈救済〉のメーディウム ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会)を読んでいて印象的なのは、往々にして批判的な文脈でとりあげられることの多いアドルノの文化産業論を「救済」するくだりである。あとがきで著者はつぎのように書く。

第6章は、いまだに何かと揶揄や哄笑の対象にされがちなアドルノの文化産業論にたいして、その批判的なアクチュアリティを擁護することを試みたものである。ある思想家のテクストに登場するひとつの概念を取り上げて、それを矮小化しつつ要約したうえで、この人物の思考全体の問題点がそこに集約されるかのように扱う粗雑な議論が、ことにアドルノに関して頻繁に見受けられることへの苛立ちが執筆の背景にあったのだが、結局は贔屓の引き倒しにすぎないのではないかという不安もなくはない。(p.451)

アドルノの著作をろくに読んでいない人間(わたしのことだ)であっても、「ポピュラー文化に無理解なままに高級芸術に固執しつづけた反動的なエリート主義者というイメージ」(p.283)で、アドルノという人物像が塗りたくられていることを知っている。で、著者がアドルノ批判の例として脚註で呈示したのが蓮實重彦と浅田彰の対談で、この人たちの仕業か! と納得する。

Thursday, May 11

都内中心部の某ホテルで会社の研修。終了後に懇親会があって、一週間に二度も会社の飲み会か! と悲鳴をあげる。飲み会というのは仲の良い人間同士あるいは波長の合う人間同士がより関係を深めるためのツールなので、端から関わり合いをもつ気のない者にとっては苦行でしかない。

夜、ホテルの部屋でテレビを見ていたら、東京都知事と神奈川県知事と千葉県知事がオリンピックの費用について揉めているニュースが流れる。小池百合子に黒岩祐治に森田健作と、かつてのキャスターやタレントが首都圏の知事をやっている茶番はいまさらの話だが、ふだんテレビを見ないのでめいめいの老け込みっぷりに驚く。

Friday, May 12

きょうも研修。きのうきょうと外は暑かったようだが、冷房の効いたホテルの会議室にいたので外界の気温がまるでわからず。

Saturday, May 13

疲れたので休息。天野郁夫『帝国大学 近代日本のエリート育成装置』(中公新書)を読む。

Sunday, May 14

銀座線を使って外苑前で降りて、青山のKIHACHIで昼食。案内されたテラス席は少し肌寒かったものの、新緑の銀杏並木は美しい。青山一丁目から大江戸線で六本木へ。森美術館で「N・S・ハルシャ展 チャーミングな旅」を鑑賞。現代美術としてはかなりわかりやすい部類に入ると思われる内容のインド出身の美術家の展示は、やや説教臭さを感じつつもおもしろく見る。企画展とあわせて丹羽良徳の映像作品「共産主義をめぐる四部作」を上映していたのでこちらも見る。「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」「モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す」「日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする」「日本共産党にカール・マルクスを掲げるように提案する」のどれもよいが、「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」がいちばん好き。