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Monday, November 16

パリで発生したテロの影響で閉鎖していたルーブル美術館やオルセー美術館が、月曜日の午後から再開するという。立ち直りが早い。芸術の都というパブリックイメージのなかで、いつまでも閉めているのは沽券にかかわるとの判断もあるのかもしれないが。学校なども月曜から再開とのこと。フランスの学校の土日事情に詳しくないのだが、もし土日は休みだとするならば、金曜の夜に事件が起きて土日に閉鎖して月曜から再開となれば、それはただの週末と一緒ではなかろうか。

今回のテロ事件の情報をまとめたニューヨークタイムズ紙電子版の特設サイトを追っていたら、状況もやや落ち着きだしたあたりで登場したニュースが、日本の内閣府が発表したGDP2四半期連続マイナスという速報。関係あるのかそのニュースは。

夜、白米、いんげんと油揚げの味噌汁、冷奴と長ねぎ、納豆、鯵のひらき、大根おろし、キムチ、白菜のナムル、ビール。こんな健康によさそうな食事を毎晩のように摂取しているにもかかわらず、くり返し体調を崩すのはなぜだ。

夕食後に赤ワインとポテチ。フランスのことを考える。野蛮な状況に対峙するにあたって、ほとんど喧嘩腰の「ラ・マルセイエーズ」の歌詞の威勢のよさは困りもの。現況を前にして「強さ」ではなく「弱さ」に触れたい気分になって、「弱さ」を代表するような書き手であるロラン・バルトの『恋愛のディスクール・断章』(三好郁朗/訳、みすず書房)を本棚から取り出して、積読の本の束に重ねる。今年生誕100年を迎えるロラン・バルトにかんする企画はいろいろと存在するようだけれど、銀座メゾンエルメスで入手したブックレットを読むと、エルメスは『恋愛のディスクール・断章』をモチーフにしたカレをつくったとのこと。バルトのフランスでの愛され具合がよくわからない。バルトを特集した『ユリイカ』2003年12月臨時増刊号(青土社)も取り出して、収録されている年譜をじっくりと読む。

Tuesday, November 17

フランス大統領は「戦争状態」を宣言するも、近代的な「戦争」の定義からすれば語彙の乱用と呼べなくもなく、「事件」としての処理から逸脱するその強権的な態度をみていると、ネオコンサバティズムの政治的・軍事的スタンスをめぐって、アメリカとヨーロッパの識者がかつて論争していたことなど、遠い昔の出来事のように思えてくる。危機に直面した権力が冷静でいるのは難しい。近代の措定した定義を脱臼させることがポストモダンの流儀であるならば、その現実の光景は、あまりにグロテスクな様相を呈している。

夜、アンチョビとベーコンとほうれん草のパスタ、グリーンリーフときゅうりと玉ねぎのサラダ、バゲットとパテ、赤ワイン。

Wednesday, November 18

先週末に折り畳み傘が壊れてしまったので、代替品として選んだのは「London Undercover」というロンドンにある傘専門店の商品で、インターネットで注文したのは数日前のこと。ロンドン・ヒースロー空港からドイツの倉庫を経由して中国に到着し、それから日本にやってくる物流の流れを追うのは楽しくて、配送される刻々の状況をDHLの専用ページで逐一閲覧する(ちゃんと届くのか心配だというのもある)。折り畳み傘は、本日無事到着。新調した傘を早速使いたいのだが、明日の天気予報は晴れと伝えている。

夜、白米、茄子と長ねぎの味噌汁、豚肉とピーマンのオイスターソース炒め、きのこのナムル、いか明太子、きゅうりと味噌、ビール。

パリ郊外で銃撃戦。パリ、郊外、とくれば堀江敏幸の『郊外へ』か『子午線を求めて』だろうとの連想が働く。前者は所有していないので、講談社文庫の後者を本棚から抜き取り、セリーヌ論としての顔も見せるパリ郊外論を赤ワインを飲みながら読む。

Thursday, November 19

日々の読書がパリに支配されている。パリの桎梏から逃れようと、銀座のナディッフで購入した尾仲浩二が責任編集を担う冊子『街道マガジン』vol.2を読み始めるも、尾仲浩二のtwitterを確認してみたならば、パリフォト参加のためテロ事件の渦中パリに滞在しており、つぎの旅程として向かう先はブリュッセルだという。写真家は事件の震源地を移動していた。しかし尾仲浩二のtwitterは緊張感はまるでなく、呑気な雰囲気で頼もしい。

夜、焼豚、長ねぎ、万能ねぎ、生卵をのせたカレーうどん、ビール。

Friday, November 20

YouTubeに転がっている東進ハイスクールのCMを見ると、数学の講師が生徒に向かって「まず、敵を知ること」と言っている [1]。iPadで読む最新号のエコノミスト誌はパリのテロについてあまたの言葉が費やされているのだが、ある記事を読んでいたらつぎのような見出しに遭遇した。

First, know the enemy

対テロ対策にも応用の効く東進ハイスクールの教えである。「敵を知ること」と述べる講師のつぎに出てくる物理の講師がテロリストのような相貌であるのも暗示的である。

夜、玉ねぎと人参と小松菜のビーフシチュー、バゲットとパテ、赤ワイン。

Saturday, November 21

好天。洗濯物を干してから、横浜へ。道中の読書は吉田健一『ヨオロッパの世紀末』(岩波文庫)。例によってオチがそれかよと思う吉田健一の文章がたまらない。

しかしヴァレリイはヨオロッパが自分が何であるかを問わなければならなくなったと言っている。そしてそれが世紀末の仕事でもあったとここで書いたが、ヨオロッパでヨオロッパ人として仕事をし、生活することを通してでなしに直接にヨオロッパが何であるかということを取り上げてそれに尽きない興味を覚えたのはヴァレリイ自身である。そのことで一つ考えられるのはヨオロッパの文明というのが他のと違って歴史の上で始めて自分を現存するものも含めて他の文明と精密に比較することが出来る状態に置かれた点でも特異だったということで、ヴァレリイはその刺激に一箇の、と書いてその先をどう続けたものだろうか。彼は一箇の明晰な頭脳として反応したのだろうか。しかし国籍がない明晰な頭脳などというものもない。それならばヨオロッパではどういう頭脳が、あるいは精神が育ったのか。これをヴァレリイはこの仕事をするのに不足はない文章で解明している。それで話が簡単になり、ヴァレリイがヨオロッパである。(pp.188-189)

話が簡単になってしまった。

日本大通り駅に到着。神奈川県庁近くの年季の入ったビルにあるCharan Paulinに向かう。象の鼻パークを見わたせる窓辺の席に座り、おばんざいプレート、食後に珈琲。

神奈川県民ホールギャラリーで「鴻池朋子展 根源的暴力」を鑑賞。「鴻池さんは何か大規模なものを計画しているようですよ」と羽鳥書店の人に教えてもらったのが去年のかまくらブックフェスタでのこと。しかし横浜でやるのに、鴻池朋子ほどの作家がなぜ横浜美術館でなく神奈川県民ホールギャラリーなのかは謎だが、展示のなかで既存の美術館という制度への疑いを示していたりしたので、本人の意向もあるのかもしれない。素晴らしい展示内容だったけれど、鴻池朋子の創作力の、これが完成形ではなくあくまで序章として受け取った。

山下公園から中華街へと向かい、途中で買った豚まんを頬張りながら関内駅を目指す。電車を乗り継いで武蔵小杉で下車し、バスで等々力緑地へ。川崎市民ミュージアムアートギャラリーで「鏡 Reflected Images」を鑑賞。無料の展示でありながら、鏡像を主題化した展示構成は明晰で、ビル・ヴィオラの映像やアジェの写真をじっくり味わえる小ぶりながらも良い展示だと思ったが、ほかの鑑賞者が誰もいない。

日が暮れて、渋谷へ。東急ハンズで部屋の模様替えのための部材を調達してから、SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERSに立ち寄る。よしながふみ『きのう何食べた?』(講談社)を買う。雑誌をいろいろ立ち読みしていてイギリスの雑誌『the gentlewoman』があるのに気づく。この雑誌、代官山蔦屋書店以外で売っているのを初めて目にした。さまざまな業界で活躍する女性へのインタビューが主で、半分ファッション誌のような体裁の雑誌。ビョークが表紙を飾る号を以前に買った。

喉が渇いてお腹が空く。Goodbeer faucetsで夕食。クラフトビールを2杯(Brew Dog Punk IPAとNide Endless Brown Ale)、しらすアヒージョ、ハウスサラダ、フレンチフライ、ファラフェル。スペイン料理のアヒージョで胃がもたれる。帰りの電車で読んでいた石井好子『いつも異国の空の下』(河出文庫)にもスペイン料理を食べて胃がもたれた話が書いてある。

Sunday, November 22

曇天。風が冷たい。総武線に乗って千葉へ。千葉駅で下車し、寒いので温かいものが食べたいと蕎麦屋を探す。阿づ満庵で鴨南蛮を注文。

千葉市美術館で「杉本博司 趣味と芸術 味占郷/今昔三部作」を鑑賞。杉本博司の写真作品はもちろん素晴らしいが、どこまで真剣なのか不明な人を食ったような設えが好みで、月面のクレーター写真を掛け軸にしてその前に月見団子を置くなどは、バカバカしくて好き。きわめて高いクオリティを追求する杉本博司なのに、この月見団子が安っぽい模型なのもわざとやっているのか謎。展示内容はよかったが、ひとつ設営に失敗していると思ったのは、『婦人画報』で連載した杉本博司が割烹料理店の店主に扮して著名人をもてなす企画記事がパネルとして並んでいるのだけれど、それが細い通路の横に立てかけてある。本(『趣味と芸術 謎の割烹 味占郷』)になっているし、あくまで参考資料として学芸員は考えたのかもしれないが、みんなものすごく真剣に目を通していて通路は大渋滞。それはともかく、割烹企画の一環で杉本博司が板前白衣を着用している写真があり、その見事な似合いっぷりが印象的で、以前に森村泰昌が板前白衣を着ているのを見たときも [2]似合っているなあと思ったが、負けていない。日本を代表する板前白衣の似合う美術家として、杉本博司と森村泰昌を記憶しておきたいと思う。

東京に戻る途中で南船橋によって、IKEAへ。でかい。そして安い。IKEAの商品を見るときの評価軸は安っぽく見えないものはどれかというものだが、それよりなにより、モノがたくさんありすぎて目的をもって来店しないと何を買ったらいいのかわからなくなる。結局、木製のティッシュボックスだけを購入して店を後にする。

東京駅着。有楽町まで歩いて、LOFTでクリスマス向けのリトアニア製の蝋燭を2つ買い、無印良品でバスタオルと足拭きマットを買い、東急ハンズでスキレットを買う。荷物が一挙に増えたところで銀座コリドー街にあるBISTRO jeujeuで夕食。ドラフトギネス、白ワイン1杯(アルデッシュ・シャルドネ)、赤ワイン1杯(マルキ・ド・ボーラン・メルロー)、ムール貝の白ワイン蒸し、地中海サラダ、完熟トマトのチーズ焼き、イベリコ豚バラ肉の粒マスタード焼き、牡蠣のグラタン、牛スジ肉とトリッパのトマトソース煮込み、おつまみフレンチポテト。

  1. 東進ハイスクールCM集 の1分32秒頃 []
  2. 『ku:nel』vol.68(マガジンハウス)の特集「料理上手の台所。」で、森村泰昌は板前白衣姿で登場。 []